おっさん冒険者の成り上がり！ スキル【身代】しか使えない無能おっさん冒険者と、スキル【一人だけしか回復】出来ない底辺女冒険者。そんな無能二人が合わさる時、それは神をも恐れぬチート能力へと進化する！

第9話 命、散る

「ゴホッ！　ガハッ　はぁ…はぁ…　＿＿＿まぁ、粋がってはみたものの、実際はこんなもんだよな……。」

　おびただしい量の血が口から吐き出さる。ため息とともに、乾いた笑みを浮かべるキースは、かすむ目で必死にワイバーンを捉えようとするが、もはやその姿を確認することすら困難になっていた。

　全身を爪で切り刻まれ、片足は折れ曲がり、左腕はとうの昔に食いちぎられていた。内臓は強力な尾の一撃によりすでに潰されており、息を吐いているのか血を吐いているのかわからない。

　満身創痍という言葉がここまで似合う人間もそうはいないだろう。普通ならばとっくの昔に諦めていたであろう。しかし、キースは未だ悪あがきをしていた。それが自分に残された最後の仕事だとでも言うように。

　震える腕で剣を構える。しかし腕に力が入らないのかまとも構えるのすら難しかった。

　見るからに死に体。

　放って置いても時期に死ぬだろう。

　しかし、そんなキースを前にしてワイバーンは常に警戒しながら攻撃を繰り出していた。本気で襲いかかればすぐにでも仕留められるというのに。

　ワイバーンは未だあの刺激臭袋を警戒しているのだ。

　キースは笑いが止まらなかった。まさかあんな嫌がらせがここまで時間を稼げるとは、思ってもみなかった。

「それもまっ、ここまでだろうな。」

　既に大量の血が流れ出しており、体を動かすのすら困難である。

　もういいだろう。

　時間は十分に稼いだ。

　後はもう死ぬだけだ。

「付き合ってもらって悪かったな……。」

　剣を構えていた腕が降ろされる。もう剣を持ち上げる力すら残っていなかった。

　それを確認したワイバーンが勢いよく突進してくる。

　目の前の死に損ないにとどめを刺すために。

　キースは己に近づいてくるワイバーンをその目でしっかりと見据える。

　己の命を刈り取るその相手の瞳を。

　その瞳からは相手を殺そうという意思しか伝わってこなかった。

「随分と憎まれたもんだなぁ……。」

　突進の勢いそのままに、ワイバーンの尾が勢いよく突き出される。

　それがキースの見た最後の光景＿＿＿＿＿

　ではなかった。　

　キースの前に突如、影が現れた。

　その影によりワイバーンを見ていた視線が遮られる。

　先程まで見据えていたのは殺意のこもった瞳であった。

　だが今は……。

　透き通ったイエローグリーンが特徴の、とても綺麗な瞳が目の前にあった。

　その澄んだ瞳からは殺意など程遠い、とても優しい感情がみてとれた。

「ごめんなさい……」

「な、んで……。」

　突然目の前に現れたソフィア＿＿＿＿＿

　＿＿＿＿の腹部を、ワイバーンの尾が貫いた。

　キースの顔面に血しぶきが降りかかる。

　尾はソフィアの腹部を完全に貫通しており、大量の血が流れ出している。

「……クっ！　ッソがーーーーーー！」

　キースは腰の鞄から袋を取り出し、ワイバーンの顔面めがけ乱暴に投げつける。それを見たワイバーンは物凄い勢いで、距離を取るように後ろへ飛び去る。今投げつけたのは刺激臭袋などではなく、単なる薬草を積めば袋だ。だがそんなこと知る由もないワイバーンは、必要以上に警戒し距離をとる。

　尾に貫かれいたソフィアの腕を取って手前へ手繰り寄せる。体に力の入らないキースはソフィアを受け止めると、そのまま後ろへ倒れ込んでしまう。

　貫かれた腹部は明らかに致命傷。だがキースは迷うことなくその傷を【身代】を使い己へと移す。すでにボロボロの体だ。今さら傷の一つ二つ増えたところで同じことだ。

　いや、それよりも＿＿

「ば……かやろう……。　なんで戻っ……て来た……。」

　腹を貫かれ、上手く喋ることが出来ないが、それでも、必死に言葉を発しソフィアに語りかける。

「ごめんなさい…」

　目に涙を浮かべ、そして優しい表情で笑いかけてきた。

「戻ってきちゃいました。」

　そう言うソフィアの顔は、どこまでも優しく、どこまでも美しく。

　そして綺麗であった。

　物凄い勢いで振り下ろされる尾がキースの目に入ってきた。

　偽物の袋だと気付いたワイバーンが再び襲いかかってきたのだ。

　動かない体を無理矢理動かし、最後の力を振り絞ってソフィアの体を掴みお互いの体の位置を入れ替える。

　キースに出来る最後の抵抗。

「あっ…」

　地面に押し倒されたソフィアは、キースの顔をただ見つめるしか出来なかった。

　血塗られたキースの顔。

　その痛々しい様子とは相反し、それは、とても優しい表情であった。

　ワイバーンの一撃が、キースの身体を引き裂いた。

　引き裂かれた身体はボロ雑巾のように宙を舞う。

　ちぎれた上半身から鮮血が吹き出し内臓がばら撒かれる。　

　周囲に血の花を咲かせ、そして散ってゆく。

　散った花びらは、ゆっくりと地面へと舞い落ちていった。

　その光景をソフィアはただ黙って見つめていた。

　言葉が出なかった。

　また身代わりをさせてしまった。

　本当なら彼は死ぬべきではなかったはずなのに。

　死ぬべきは自分であるはずなのに。

「あ、あああ……」

　涙が止まらなかった。

　嫌だ。

　死んでほしくない。

　死ぬべきは自分だ。

　だがソフィアには、どうすことも出来なかった。

　もし【スキル・身代】が自分に備わっていれば、即座に発動させたのに。

　自分には何もない。

　自分に備わっているただ一つの【スキル】すらも、使い方がわからない。

　何故、どうして。

　なんで自分はこんなにも使えない人間なんだ。

　グチャくちゃになった感情をソフィアは処理することが出来ず、ただ呆然とすることしか出来なかった。

　地面へと投げ捨てられていたキースの口が僅かに動く。すでに死んでいても不思議ではない身体。最後の力をふりしぼって。キースは言葉を発する。

「………ぃ　　…げ　　ろ……」

　ワイバーンの爪が心臓めがけ振り下ろされた。

　心臓を貫かれたキースは、最後にソフィアのみつめ＿＿＿＿

　＿＿＿＿＿その瞳から光が失われた。

　ソフィアはキースの最後をただただ見つめていた。

　先程まで微笑んでくれていた顔から、一切の表情が抜け落ちていく瞬間を。

　魂が抜ける瞬間を……

「＿＿＿＿＿ぃぃいいやぁあああああああああああああああああああああああああ

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああ！！！！！！！！！！！」