第8話 君の身代わりとなって
ワイバーンの爪の一撃を剣で受け止め、返す刃で爪を弾き返す。その勢いのままキースは後ろに倒れているソフィアを抱えると後方へ飛び退きワイバーンと間合いを取る。
「大丈夫かソフィア。」
「あ、ああ……。」
心此処にあらずと行った様子で喪心しているソフィアに、キースは落ち着かせるように語りかける。
「俺が来たからもう安心だ。」
ソフィアの頭を少し乱暴に撫でながらも、平然とした様子をみせながら軽く言ってのける。
少しずつ落ち着きを取り戻してきた様子のソフィアは、キースを顔を見つめると、その瞳からポロポロと涙を流していく。
「あ、あ… キー…ス さん な…んで…」
よほど怖かったのか、ソフィアの声は震えていた。
「組合の職員からソフィアの様子を聞いてな。それでもしかしたらこの場所に居るのかもって、来てみたらドンピシャって訳さ! 我ながら冴えてるぜ!」
キースが冒険者組合に向かうと、ナタリーが焦った様子で駆け寄ってきた。話を聞くと、ソフィアが建物の前で大変な事にたっていたと言う。放心した状態のソフィアはそのまま立ち去ってしまったのだとナタリーから伝えられ、キースはソフィアの事が心配になり彼女を探しだしていたのだ。ナタリーから教えられソフィアが宿泊している宿屋に向かったが、そこに姿はなく、また薬剤師組合などにも顔を出したがソフィアはいなかった。そこで昨日の事を思い出し、もしやと思いここに駆けつけたのだった。
まさかワイバーンがいるとは、さすがのキースにも予想はできなかったが。
キースが到着した瞬間、ソフィアはワイバーンの爪に切り裂かれているところであった。咄嗟に【身代】を発動しその外傷をこの身に移し、追撃の爪を剣で防いだので、ソフィアに怪我は無いはずである。
残ったもう片方の目でソフィアを確認する。精神的に参っているようではあるが、肉体的には問題ないだろう。
剣で牽制しているワイバーンへと視線を向ける。突如現れたキースにワイバーンは怒りの目を向けている。ただ、警戒しているのか、すぐに飛びかかってくる様子はない。
キースは顔に笑みを浮かべ、余裕たっぷりにワイバーンを見据える。まるで危機的状況でもなんでもないといった風に。さも自分が優位にたっているかのように。
その様子にワイバーンも警戒しているのだろう。
ありがたい
ワイバーンが無駄に警戒している間だけ、生き延びる時間が増えるというものだ。キースは冷静に自身の戦力を分析する。
その結果がどうなるのかをキースは理解していた。
自分ではどう足掻いてもワイバーンには勝てないということが。
その先に待っているのは確実な死だけである。
そこは変わらない。
変えることが出来るのは、死ぬまでの時間を引き伸ばす事だけだ。
だがそれで十分である。
時間が長引けば長引くだけ、
後ろにいる存在を確認する。
キースの背中を掴むようにして震えている女性のことを。
「___それだけ出来れば、俺にしちゃ、上出来だろうよ。」
キースは心からそう思い、自然と笑みがこぼれてくる。うだつの上がらない万年D級冒険者の最後にしては、結構いい感じではなかろうか。
「ソフィア、聞いてくれ。」
剣を構えている反対側の手で、ソフィアの肩を優しく抱きしめる。そして震えているソフィアにゆっくりと語りかける。
「俺が時間を稼ぐ。その間に君は走って逃げるんだ。少し怖いかも知れないけど、振り向かず全力で駆け抜けるんだ。大丈夫、何処も怪我しちゃいない。思いっきり走ることが出来るさ。」
「あ、ああ……。」
「大丈夫、君なら出来るさ。」
「で、でも… き、キースさんが…」
「ん? 何を心配しているのかわからないが、俺なら平気だぞ? 長年冒険者をやってるんだ。自分一人だったらどうとでもなるさ。君が安全な所まで逃げたことが確認できたら、しっぽを巻いて逃げ出すさ。」
軽い口調でソフィアに言ってのける。何でもないといった風に。日常の会話でもするように。そこには気負いや重圧といったものをまるで感じない。
キースは優しい笑顔でソフィアに笑いかけるのであった。
「さてと、あちらさんもそろそろ焦れてきたことだし、いっちょやって行きますかってな!」
先程までこちらを警戒していたワイバーンであったが、その様子が先程とは異なっていた。まるでこちらが大したことがない雑魚だと気がついたように。
座っているソフィアを片手で立たせ、彼女に最後の笑みを見せる。
「俺の為に薬を調合してくれてたんだって? ナタリーから聞いたよ。 帰ったら是非治療してくれよな。」
ソフィアの肩を軽く押しのけ、ワイバーンへと駆け出す。
こちらをただの獲物と認識したワイバーンは、その鋭い牙を剥き出しキースへと突進してくる。キースは素早く腰に付けた鞄から拳大の袋を取り出し、それを前方へ投げつける。そしてその袋がワイバーンへとぶつかる前に、手にした剣で勢いよく切り裂く。切られた袋は投げた勢いもあって、中身を周囲に撒き散らしながらワイバーンの顔へとふりかかる。
「グギャァガガガアーーーーーーーー!!!!」
苦悶の表情を浮かべ、その場で暴れ狂うワイバーン。翼をばたつかせ、長い尾をムチのように振り回している。
「今だっ!! 走れーっ!!!!」
鬼の形相をしたキースの叫びに、ソフィアは一目散に走り出す。足元がおぼつかない危なっかしい走りではあったが、それも次第に収まり、流暢な走りへと変わっていく。
その様子を確認していたキースは安心してうなずく。
あれなら大丈夫だろう。
ソフィアを見ていたキースの横を、物凄い速度で何かが通り過ぎる。
暴れ狂うワイバーンの尻尾が、周囲の地面を、木々を、破壊しながら振り回されている。そして地面に埋もれていた大きな岩を砕き吹き飛ばしていた。
吹き飛んだ岩は、物凄い勢いでソフィアへと迫っていく。
「あっっ」
不運な事に、吹き飛ばされた岩がソフィアの足に命中してしまった。
ソフィアはバランスを崩し転倒する。
「っぅうう…… ___え?」
倒れた衝撃に顔を歪めながら、自分の足を確認する。
しかし、そこには何事もなかったように、怪我一つ無い足が存在していた。
「立ち止まるな!!!」
必死の形相で叫びを上げるキース。
剣を杖のようにして立っているそのキースの足が、脛から下が歪な方向に曲がっていた。
「行けぇぇぇーーーー!!!!」
キースの叫びに、ソフィアは再び立ち上がり走り出す。
ただ一目散に、脇目も振らず、全ての力を出し切って。
「そうだ……それでいい……。」
満足そうに頷き、笑顔でソフィアの後ろ姿を眺めるキース。
そのキースの後ろで、暴れまわっていたワイバーンが落ち着きを取り戻すように少しずつその動きを緩やかにしていく。
ワイバーンに投げつけたのは、キースお手製の刺激臭袋である。
様々な薬剤を混ぜ合わせ、凄まじい臭いと刺激臭のする物質を周囲に撒き散らす逸品だ。使ったところで相手を倒せるわけではない。不意に襲ってきた獣に対し、ぶつけて驚いた拍子に退散するだけの代物。つまりただ嫌がらせだ。
「だが、それでもなかなかどうして。特に鋭敏な器官をもってる竜種にはさぞ効くだろうさ!」
竜種はその性質から、かなりの鋭い感覚器官を有している。人程度でも涙が出て咳き込むぐらいの物質だ。人間の何万倍も優れている器官をしている竜種にはさぞ効いただろう。
だが、それもここまで。いくら効くとはいってもたかが刺激臭。いつまでも行動不能にする代物ではない。
すでに回復しているワイバーンは、怒りの表情を浮かべキースを睨みつける。そのあまりの顔に、竜種なのにここまで感情はわかるものなのかと、キースは驚きの表情をみせる。
「ここまでワイバーンを怒らせた人間なんて、もしかして俺が初めてじゃないか? だとしたらやるじゃん俺!」
怒れる竜を前にして、軽口を叩いてみせる。
あくまで戯けるように、相手を馬鹿にするように。
その態度にワイバーンはさらに怒りを増していく。
そうだ。それでいい。
もはやワイバーンにはキースしか目に入っていない。
キースが小馬鹿にすればする程、余計にキースに怒りを向けるワイバーン。
逃げ去ったソフィアのことなど、もう頭から消え去っているのだろう。
怒れば怒るほど、ソフィアの生存確率があがる。
もはやキースにはそれ位しかすることが出来なかった。
片目を潰され、片足は砕かれた。
もはや抵抗するのさえ難しい。
だがキースは諦めない。
「お前さんも随分間抜けな野郎だな? こんな底辺冒険者にここまでコケにされちまってよっ。親が見たら泣くぞ?」
剣を前に突き出し、牽制するように刃先をワイバーンへ向ける。
「さてと。もう少しばかり俺に付き合ってくれよ。底辺冒険者最後の大冒険だ。華々しく散らせてくれよなっ!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます