第7話 想い、失敗、最悪の遭遇

 日が昇るとともに、町は人々の生活する活気に熱を持ち始める。一日のはじめに腹を満たすものもいれば、働く者のために商売をする者。人それぞれの行動が地肉となり町を生かしていくのである。


 多くの人が活動をし始める中、ソフィアは宿屋の一室で、沢山の薬に囲まれていた。


 痛み止め、解熱剤、化膿止め、止血剤。その他にも色々な効能の薬が多く並べられている。これらは昨夜から徹夜でソフィア自身が調合した薬剤の数々である。


 昨日ナタリーと食事をした後、宿屋に戻ってきたソフィアはすぐに薬の調合に取り掛かったのだった。ソフィアを動かしたのは、罪悪感からか、それとも別の感情なのか。それは彼女自身もわからない。ただ、自分出来る事、それをせずにはいられなかった。


 自分の身代わりになって怪我を負ったキース。少しでも彼の為に、治療に役立てればと思い、寝るのも後回しに調合に取り掛かっていたのだ。


 そうした成果が今目の前にある薬剤の数々である。


「これだけあれば、うん。大丈夫。」


 若干の眠気を感じながらも、調合した各薬剤を袋に詰め、それらを抱え部屋を後にする。作った薬をキースに届けるためた。






 宿屋を出て通りをゆっくりと歩いていく。向かう先は冒険者組合。キースの居場所がわからないので、とりあず組合に行けばそのうち出会えるだろうという思いからだ。もしキースが組合に来なかったとしても、その時はナタリーに頼んでおけばよいのだ。



 冒険者組合の前までたどり着き、早速建物の中に入ろうと歩みを進めたその時、後ろからドンッと押されるような衝撃を受け、そのまま勢いよく地面に倒れ込んでしまった。


「邪魔だよっ! 入口の前でのろのろと歩いてるんじゃねーよっ。」


「……っう…」


 勢いよく倒れた拍子に手足を擦りむいてしまったようで、そこからうっすらと出血していた。


「んだよ、とろくせーな。」


「……っう、 す、すみませ…  あっ……」


 痛む手足を我慢し、後ろにいる男に謝罪をしようとした時、ある光景がソフィアの目に入ってきた。


「あぁ…… 薬が……」


 ソフィアがキースの為に調合した薬剤の数々。それらが地面に、無残にもこぼれ落ちてしまっていた。


「朝っぱらから陰気臭ぇ顔してんじゃねーよ。こっちまで気分悪くなるぜ。」


 男はソフィアを一瞥し、地面に散らばっていた薬を蹴飛ばすと、振り返ることなく建物の中へと入っていった。


 無残にも散った薬の数々。目の前で起こった出来事を、うまく処理することが出来ず、ソフィアはただ呆然とそれ見つめていた。


「何よあいつ!」


 未だ立ち上がることが出来ず、地面に倒れているソフィアの後ろから、怒りを顕にした声が聞こえてくる。


「あなた大丈夫? あ、血が出ているじゃない!」


 振り向くと、そこには心配そうにソフィアを見つめている女性が立っていた。格好からして恐らく冒険者なのだろうその女性は、ソフィアに近寄ると手拭を取り出すと血が出ている箇所に布をあてがった。


「怪我は大したことないようだけど、他にどこか痛む場所はない?」


「あ……」


「あの男……。後で組合職員に報告しておかなくちゃ。」


 未だ怒りが収まらない女性ではあるが、しかしソフィアに対してはむしろ穏やかに、視線を向ける時は優しい瞳に変わっていた。


「大丈夫? 立てる?」


「…もう大丈夫、平気です… ありがとうございます。」


 地面に座ったまま女性に頭を下げる。そして頭を上げると、四つん這のまま散乱した薬へと近寄っていく。そして両の手で引き寄せるように薬をかき集めていく。


「ちょ、あなた!」


「いえ、もう大丈夫です。平気です。」


 ソフィアの行動に驚く女性であったが、その様子を気にもとめずに、ソフィアは感情の抜け落ちた表情でただただ薬をかき集めていた。


 回収した土まみれの薬を抱え立ち上がると、ソフィアはふらつく足取りでこの場を後にしようとする。


「___あなた、本当に大丈夫?」


「大丈夫です。ありがとうございます。」


 心配する女性にペコリと頭をさげ、ソフィアは静かに立ち去っていくであった。







――――――――――――――――――――







 木々に響く鳥の囀りや、茂みから聞こえる虫の音、それらに静かに耳を傾けながらソフィアは膝を抱え顔を埋めるように座っていた。


 ソフィアが今いるのは、町から少し離れた森の中。

 昨日キースと一緒に訪れた様々な薬草が生い茂っているその場所である。


 町でのあの出来事から、フラフラとした足取りで訪れたのがこの場所であった。あの場所から少しでも遠ざかりたかった。そして気がつけばここに向かっていたのだ。


「……私って、本当ダメだなぁ…。」


 膝に顔を埋めながら、ボソっと独り言をつぶやく。自分のとろ臭さに自己嫌悪に陥る。目に涙を溜め膝を濡らす。


「本当駄目ダメ……。」


 逃げるように町を転々とし、そしてたどり着いた辺境の町イデアランであったが、そこでまたもや自分の駄目さが露呈してしまった。


 つくづく自分が嫌になる。


 せっかく徹夜でキースの為に薬を作ったのに、彼に手渡す前に駄目にしてしまった。自分は何をやっているのだろう。


 頭の中をグルグルと定まらない思考が駆け巡る。


「……もうヤダ……」


 緩やかな時間の流れを感じながら、森の中、静かにすすり泣くのであった。







 どのくらいの時間そうしていたのだろう。

 流れた涙はすでに乾き、随分と落ち着いた様子を見せている。




「………薬草採取しなきゃ。」


 顔を上げ、重い体を起こして立ち上がる。

 調合した薬は駄目になってしまったが、ならばまた調合し直せばいいだけだ。そう思いソフィアは森に生えている薬草を、昨日と同じように採取していく。


 昨日とは違い今回は一人での採取である。キースが居た時は、常に彼と会話をしながらの作業であった。ソフィアから話しかけることは稀で、その殆どがキースからの語りかけではあったが、それでもソフィアにしてみれば、とても賑やかな作業であった。


 僅かながら寂しい思いをしながら、それでも黙々と採取を続けている。


 一人の作業がこんなにも静かなものだとは。


 昨日との違いを改めて感じた時、ソフィアはふと違和感を感じた。





 いくらなんでも静か過ぎる・・・・・





 昨日とは確かに違う。だが今のこの様子は明らかにおかしい。それに先程までは、森の中を様々な生き物の声が鳴り響いていた。しかし今のこの状況はどうだ。鳥の声はおろか虫の音すらも聞き取ることができない。



 いったいどういう……


 この状況に疑問を感じるソフィアであったが___




 唐突にそれは姿を現した。



 ああ、だからか。


 驚きと恐怖で顔を歪めるが、それと同時に理解した。


 これのせいで森の生き物は一斉に逃げ出したのだ。





 巨大な翼をもったドラゴンがソフィアの前に現れた。



 そのドラゴンはソフィアをじっと見つめていた。

 威嚇するでも咆哮するでもなく、ただ目の前にある餌を見ているだけのように。実際この生物からしたら、ソフィアなどちっぽけな生き物でしかない。ただ目の前にあるから食べるだけ。その程度の認識なのだろう。


 ソフィアはそのドラゴンを前にして動くことが出来ないでした。

 正確に言えば、それはドラゴンではなかった。

 両の手が翼のワイバーンと言われる竜の亜種である。


 ではあるのだが、そんな事ソフィアにしてみたら大した違いではない。ドラゴンだろうとワイバーンだろうと、この状況が最悪であることには変わらないのだから。


 感情の振れ幅が限界を突破したからなのか、ソフィアの頭の中は、ただ無情にも己の死を待つことしか考えていなかった。


 これから自分はこの生き物に食べられる。


 どこか他人事のように感じていた。






 無情にもワイバーンの爪がソフィアへと襲いかかる。


 爪はソフィアの顔面を捉え、その肉を深く傷つける。


 目は抉られ、血が吹き出し、そして力なく地面へと倒れ込む。


 己の死がすぐ目の前に迫ったその時、ふとある人物の顔が頭によぎった。


 笑顔で話しかけて来てくれた男性。

 その屈託のない笑顔。

 その笑顔がソフィアにも笑いをもたらせてくれた。

 ただの薬草採取が、とても楽しかった。


 彼と出会えて、良かった。



 最後にもう一度、彼の顔を見たかったなぁ……






 これまでの人生を諦め。

 死を受け入れたソフィアにワイバーンの爪が振り下ろされ_____




 __間に合った___




 ソフィアの耳に、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 最後に会いたいと思っていた彼の声。

 死を前に幻聴でも聞こえたのだろうか。


 ソフィアにしたら幻聴でもなんでもよかった。

 最後に彼に会えるのなら。


 そう思い両の目・・・を開くと、そこには____




「言っただろ? お前を傷つけさせたりはしないって。万年落ちこぼれでもそれぐらいは出来るってなっ!!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る