第6話 女性二人で楽しく食事……?
「女将さん、今日のおすすめは?」
「今日は新鮮な鹿肉が手に入ったからそれを使った料理だな。」
「おおー!それじゃあ、それお願いします!」
「あいよっ!」
「ソフィアさんはどうします?」
「えっ?」
日が暮れ、様々な者が家路へと着く中、二人はナタリーが馴染みとしている食事所へと立ち寄っていた。簡素な室内に、決して大人数が入るという訳でもない店ではあるが、そこには大衆酒場などとは違うどこか趣がある雰囲気があった。
「本日のおすすめは鹿肉だそうですけど、特にこれといった注文がないのであれば、ソフィアさんもどうですか?」
「え、あ…、 はい。 それでお願いします。」
「了解です。 女将さんっ! おすすめ二人前でお願いねっ!」
「あいよっ!」
元気のいい女将が注文を受け厨房へと入っていく。それを眺めているとナタリーが徐に話しかけてくる。
「女将さんのお店の料理、すっごく美味しいんですよ。大衆食堂ではなかなか出すことの出来ない質素ながらも深い味わいが、私好きなんです。」
「……そうなんですか。」
「それに常連にはその人に合うような味付けにしてくれるので、胃袋をがっちり捕まれちゃうんです。私もそんな一人なんですよ。」
えへへっと笑いながらお腹を擦る。その様子から、本当に女将の料理が好きなのだと感じることができる。そんなナタリーの様子を見ていたソフィアであったが、何故食事に誘われたのか、其の理由に思い当たる事がなく戸惑いを見せている。
「……あの、それで。お話ってなんなんでしょうか。」
意を決したようにそう切り出すソフィア。それを受けナタリーは食事に誘った理由を語っていく。
「いえ、特別なお話があるというわけでなないんです。ただ、ソフィアさんが少し気落ちしているご様子でしたので、それで一緒にお食事にでもと誘ってみました。それに、ソフィアさんって、まだこの町に来て日が浅いでしょ? だからこうして食事できる場所も知っておいて損はないかなぁって。」
ソフィアがこの町に来たのはつい先日であり、たしかにまだ町には不慣れであった。そういった意味では地元の人間にこうして案内してもらえるのは、とても助かることは確かだ。
「あの… ありがとうございます。」
ソフィアは素直に頭を下げて感謝の意を伝える。人付き合いがあまり上手くない彼女からしてみたら、こうして人と食事を摂ること自体久しぶりのことである。たとえ目の前に居るのが、友人とかではなく組合の職員であったとしても、人との繋がりにソフィアは少しばかり温かいものを感じていた。
「そんな畏まらなくっていいですよ。それに、ソフィアさんの方が年上なんですから、もっと砕けて接してくれても良いんですよ?」
「い、いえ。 ナタリーさんは組合の職員ですから……。それに年上とか、あまり関係ないと思います…。ナタリーさんは私なんかより立派ですし、相手に敬意をもって接するのは当然です……。」
「ううぅ、私そんな大層なものじゃないですから!! 大人の女性にそんな風に接しられると逆に困っちゃいますよ。」
あたふたした様子でナタリーは手をバタバタさせている。組合に居る時の彼女は仕事中ということもあり出来る女性という印象であったが、こうしていると年相応の女の子であると実感させられる。
「私としては、もっと気楽に接してくれた方が嬉しいんですけどね。あっ、でもだからってキースさんを真似しちゃ駄目ですからね! あの人仕事中にも関わらず、すっごい馴れ馴れしいんですもん! 他の職員や冒険者の方に示しがつかないから止めて下さいっていつも言ってるのに、全然聞いてくれないんですよ!! もういい歳したおじさんなのに!! 本当困っちゃいますよねっ。ソフィアさんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいです!」
怒り心頭といった様子で、頬を膨らませ怒ってみせる。その様子がどこか可笑しくみえるのはナタリーが可愛らしい女の子だからなのだろう。ころころ変わる表情に愛くるしささえ覚える。
「本当キースさんったら駄目なんだから。それに……」
ナタリーは少し曇った表情をしてソフィアに視線を合わせる。
「キースさんから聞きました。角ウサギに襲われたそうですね。」
ナタリーの言葉にソフィアはビクッと肩を震わせる。あの時のことを思い出してしまったのだ。
「経験豊富な冒険者だと言うのに、同行者を危険な目に合わせるなんて。それにウサギなんかで怪我しちゃって……。本当駄目ダメなんだから……。そんなんだからいつまでたってもD級冒険者から抜け出せないのよ。」
「あっ……」
それは違う。キースは悪くない。あれば自分が不甲斐ないから起きた出来事だ。それに怪我をしたのだってキースが身代りになってくれたからであって、本来ならばあれば自分が負った傷である。ソフィアはすぐさま頭を下げナタリーに謝罪する。
「す、すみませんっ! あ、あれは私が悪いんです。私が間抜けなばっかりにキースさんに怪我をさせてしまって……。それにあの怪我だって……。あれは本当は私が負った傷なんです。でも、それをキースさんが身代りになって……。」
「だとしてもです。」
「…えっ?」
「私はキースさんにソフィアさんのことをお願いしました。そしてそれをキースさんは受けました。あの人だって伊達に長いこと冒険者をしていません。本来であれ角ウサギの気配を察知して危険が及ぶ前に対処できたはずです。にもかかわらず、それを許してしまった。そのことに私は怒っているんです。危険に対処するだけが冒険者の仕事ではありません。危険にならないよう行動するのも立派な仕事の一つです。」
凛とした表情でナタリーは答える。そこにいるのは先程までの年相応の女の子などではなく、厳格な姿をした、明瞭な冒険者組合職員のであった。
ナタリーの気迫に押され、ソフィアは息を呑み、どう答えてよいかわからなくなってしまった。自分よりも年下の女の子に、まるでお前はダメだと言われたように思えてしまい、ただ俯くしか出来なかった。
その様子を見てナタリーは、思わずしまったといった表情をする。
彼女を元気づける為に食事に誘ったのに、さらに落ち込ませてどうする。今は冒険者のあれこれなど言うのではなく、もっと別の話題にすればよかったのだと。
「あっ、ご、ごめんなさい! 別にソフィアさんを責めているわけではないんです。あのえっと!! そのっ! 」
「__あんたらいったい何やってんだい……。」
ナタリーとソフィア、二人してよくわからない現象に陥っている時、ちょうど料理を持ってきた女将が二人の前へと姿を現す。
「そんなしみったれた顔してたんじゃ、飯だって不味くなるってもんさ! ほら! 顔を上げてシャキンとしなっ! 美味いモン食えばそんな気分すっ飛んじまうよ!」
「お、女将さんぅぅぅーーー。」
その場に舞い降りた救世主にナタリーは思わず情けない声を上げてしまう。まるで捨てられた子犬のようなその様子に女将は呆れた表情をする。
「変な声出すんじゃないよ! ほら! 鹿肉の盛り合わせだよ! あたしが腕によりをかけて作ったんだ。冷めないうちに食べちまいなっ!」
机にどかりと置かれたそれらは、女将自慢の鹿料理。おすすめと言うだけあって、とても美味しそうにみえる。いや、実際美味しいのだろう、料理から漂う匂いは、すでにその料理が美味しいのだとナタリーに告げていた。ナタリーにはそう思えてならなかった。
「いわぁあっ!! いい匂いっ! ソフィアさん。食べちゃいましょう! 冷めちゃったらもったいないですよ!」
ナタリーは小さくお祈りをした後、運ばれてきた料理に手を付ける。その美味しさにうっとりとした表情を浮かべる。
「おいしぃぃ。 女将さん。私の好きな味付けわかってるぅぅぅ。」
薄く切られた鹿の肉は、軽く火で炙られており、軽く調味料を混ぜて味付けされているそれは、同じく味付けされた葉っぱに包まれていた。
「あっ…」
その料理を目にしたソフィアが何かに気がついた様子をみせる。
「この葉っぱ……」
肉を包んでいるその葉に、ソフィアは見覚えがあった。それは、薬草採取の時に、キースが採取していた葉っぱにそっくりであった。ソフィア自身はその葉について何なのか認識していなかったのだが、まさか料理に使われているとは思いもよらなかった。
薬剤の事については多少覚えがあると思っはいたが、それ以外は本当に何も知らないのだなと、改めて感じさせられるソフィアであった。
運ばれた料理を美味しそうに食べてるナタリーを前に、ソフィアも目の前の料理を手にとり口へと運ぶ。
食べる時、ふとキースの事を思い出していた。
この葉を笑顔で採取している彼の姿を。
「……おいしい…。」
料理を口にし、呟くようにそんな感想をもらすのであった。
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