18.巨狼

「ティリスさん! あれ!」

 エインが示した方向には大きく変身した狼が三匹並んでいた。人の背丈の三倍ほどあるそれは味方と仲間の区別もなく彼らを橋の下へと落としていく。

「あんなに大きい……もしかしてアシッドの報告にあったのって」

「そうです! アシッド村で見た猫も同じように大きく変身していました。きっと魔宝石のっ」

 よそ見をしていたエインに横から狼の牙が迫り、その茶色い頭を柄で殴ったティリスの背後にディクライット族の女が剣を横に振りかぶった。

 素早くしゃがんで避けたティリスは剣で彼女の足を傷つけ、彼女が動けなくなったのを確認すると口を開く。

「あの場所まで行きます! よそ見しないで!」

「すみません! 道を開きます!」

 エインは剣に電光を纏わせる。振り上げた剣から敵に向かって無数の雷が飛んでいった。魔法を器用に周りに当たらないように調整するのは難しい、が今のエインはこういう時のためにこの技を習得していた。

 ティリスの指示下では基本的に相手の命を奪わない事になっている。それは彼女のいいところであり、甘いところで、そしてそれがティリスをティリスたるものにしている所以だ。彼女はこの戦いが始まってから一度も相手に致命傷を与えていない。

 だからこそ命を奪いにくる相手よりもさらに一枚も二枚も上手でならないとならない。それが今のアウステイゲン騎士団の方針であるのだ。そのために彼らに注ぐ電撃は失神こそすれ、死なない程度に調整している。

 命をかけている相手に失礼だ。そんな声もあった。しかし、命無くしてはその後の人生はあり得ないのだ。何人も、やり直すチャンスを奪われることがあってはいけない。それが今の騎士団長の信念で、エインが彼女について行こうと思える理由だ。

 エインたちがいる場所から三匹の大きな狼がいるところまで、道が開けた。失神したら彼らはすぐに意識を取り戻すだろうが、その間味方が体制を整えられればそれでいいのだ。

 巨大な狼たちにもエインの電撃は当たっていた。しかし彼らは微弱な電撃ではびくともしていなかった。エインの首筋に冷や汗が滲む。

「あれは強敵ですよ……」

「見たら分かる、全く近づけない! 魔法部隊はまだ来れないか!」

 あたりは斧で戦う騎士団員が叫んだ通りの状況だった。

 魔法が得意なものと武器が得意なものが入り乱れる戦ではどうしても体力が劣りやすい魔法専門のものは出遅れる。橋の前の方まで進軍できているのは物攻部隊のみのようだった。

 先ほどエインが開けた道も、まだ魔法剣士が進むのでやっとだ。

「近くにいる魔法剣部隊は詠唱準備! 物攻部隊は彼らを援護して下さい!」

 ティリスの指示が飛んだ瞬間、エインは後方に下がった。ティリスを含めた物攻部隊は彼らを守るように取り囲み、陣を固める。幸い巨大な狼たちの巻き添えを食わぬように敵もまばらで、魔法剣部隊を守るのは難しくはない。

「エインの指示に従って詠唱を! 任せましたよ!」

「任されました! 皆さん、正面から行きます! さん、にい……」

『エーフビィ・ドナー!』

 凄まじい雷光がもう日が登ったシュピーリエの砦前に光る。その名前の所以である蜘蛛百合は眼前で繰り広げられる戦いを気にもせず揺れている。

 様々な色が入り混じったその電光は正面で暴れていた赤い毛並みの狼の右足を貫いた。しかし、それはまだ倒れる様子はない。

 ティリスからの指示はない。それは一重に彼女は雷の音が苦手だからだ。だからこそエインに指示を投げて自分は敵の牽制に徹している。それは彼女と共に戦に出た団員の全員が知っていることだ。完璧ではない団長の手助けをするのも、団員の仕事だ。

「目標変更! 彼らがつけている魔宝石を!」

「メルヴィル小隊長! 首元に複数の魔宝石が見えます! どれを狙えば!」

「分からなければ全て撃ち砕くまで! 中央から狙います! もう一度行きますよ! さん、にい……」

『エーフビィ・ドナー!』

 エインの指示に従って次々と雷光が飛んでいく。魔宝石は着実に砕かれていくが、狼の姿に変化はない。最後の一つを狙ったその時、右方の白い狼を牽制していた物攻部隊の一人が鋭い爪で弾き飛ばされて魔法剣部隊の中央に吹っ飛んだ。彼らの陣形が大きく崩れる。

 ティリスの指示が飛んでいた。しかし巨大な狼と人間とでは動きの速さがまるで違う。彼らが退避するのは間に合わない。鋭い牙を伴った口が彼らを飲み込もうとちかづいていた。

 その場にいた誰もが死を覚悟した。しかしそこで諦めては騎士団の恥だ。エインは詠唱の掛け声をあげる。魔法剣士たちは各々得意な魔法を詠唱した。

 放たれる魔法。近づく死の匂い、そして──。彼らは見えない壁にぶつかって倒れる巨大な狼を目撃した。

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