17.彼の所有物<モノ>

──静寂。命の危機を感じた時、必ず全てがゆっくりとした動きになる。それは目を瞑っていても同じことだ。しかし、ティリスが目を瞑った瞬間、事は起きていた。

 首筋から消える金属の感触。そのナイフと共に、馬乗りになっていた男の体重も消えていた。ティリスが目を開けると、彼は水の魔法で吹き飛ばされていた。彼女のピンチを救ったのはエインと、それに率いられた団員たちだった。

「ティリスさん! しっかりしてください! 僕たちがいます!」

「ふふ、殺されるつもりはなかったのだけど……ありがとう!」

 元より、ティリスはこんなところで諦めるつもりはなかった。自分が今ここで死ねば、何より自軍の士気は落ちる。それが目的で敵の指揮官を探していたのは自分なのだ。そんな馬鹿な真似はしない。

 ティリスは地面に落ちた剣を取ることもせず駆け出す。その手には短剣。チェニェクの捕縛から逃れるために手に忍ばせていたものだ。

 その攻撃は再び彼の腕輪で防がれるが、ティリスは次の瞬間飛び退いた。思わぬ反応をされたチェニェクは彼女の目線の先を見る。


 ──そして、間に合わなかった。


「っ……ぁぁああああああ!」

 チェニェクが押さえた腕の先にはあるべき腕輪と手はついていなかった。睨みつけた先、そこにはかつての彼の所有物<モノ>が立っていた。

「……ッハァ……ハァ。はは、これで、お揃いだなぁ!」

 リュディガーは先のない腕を向けてかつての主人に風の魔法を放っていた。その切り口からは恐ろしい量の血が噴き出していて、立っているのが不思議なぐらいだ。

「お前……くそが! 変身も出来ない下等生物が俺たちに楯突くなんて! ……でもまだ、お前の首輪は取れてない。流石に自分の首は取れないだろう! はは、あははははは!」

 チェニェクは切り裂かれ床に落ちた自分の左腕ににじり寄ろうとする。剣を取り戻したティリスが、その前に立ち塞がった。

「要するに、これを壊せば解決。ということですね」

 彼女の微笑みはリュディガーに向けた物とは違い、酷く軽蔑に満ちたものだった。しかしチェニェクは、血に塗れ戦場に立つ彼女に底しれぬ美しさを見た。見惚れてしまった男は反論する余裕もなく、彼女が剣で腕輪についた魔宝石を砕くのを、ただ、見ていた。

「ぁぁ……」

 黒い男の声が戦場に漏れた。それは諦めの声とも落胆の声とも聞こえた。

 彼の眼前で剣を振り上げたティリスを見て、チェニェクの瞳は恐怖の色に染まる。ジェダン族の男の体は白い煙に包まれ、そしてその場から黒い狼の姿は一瞬にして消え失せた。後には赤い血溜まりが残っていた。

「逃しましたか……だけど私たちがやらなければいけないことはまだ沢山あります。バルツェットさん。力を貸してくれますね」

「ああ、もちろん……!」

「ハイデマリー、彼の救護を! エインとモーリッツは私に続いてください!」

『はい!』

 その時、彼らが戦っていた位置に揉み合っている男二人が氷の道を伝って落ちてきた。ディランは地面に剣を突き立てて着地する。すぐ後に着地したもう一人の男は大きな弓を持っている。

「ディラン!」

「あの時の弓兵……! ティリス様、私もここに残っていいですか! 彼を援護します!」

「わかりました、ではエイン!」

「はい!」

 ティリスはエインを伴って駆け出していく。目指すは橋の奪還だ。そこまで進軍できれば大方の目標は達成できる。夜もほぼ明けている。もうすこし、もう少し耐えればきっと……。そうしてエインとティリスは戦場を駆けて行った。

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