16.戦場へ降る

「っ……痛」

 誰もいない屋上で、ディランは痛みに起こされる。

 たしか、変な男と交戦していた。足に矢を射られて気を失いかけながら魔法を放って……自分が今死んでいないということは当たったということだ。けれど、男の死体はない。生きているのか。

 足の血は止まっているが痛みは残る。痛み止めの魔法をかけて立ち上がった。屋上から下を覗くと未だ互いは衝突していた。ディランは籠城戦の基本を思い出して下唇を噛み締める。ティリスは手を打ってはいるが、それまでの間も犠牲者は出る。

 とにかく、仕留め損ねたのならば追わねばならない。あんな厄介な敵を野放しにしてはこちらの被害が広がるばかりだ。

 ディランは砦の中に入る廊下を駆けていくが、扉を叩く音が聞こえて立ち止まる。少し前までカールハインツの部屋だった場所だ。様子を伺うと少女の声が聞こえていた。

「だれか! だれかいるならここから出して! たすけて!」

 ……少女?

 辺境伯の性格を思い出したディランの顔は青ざめていく。鍵がかかっているようだが壊せば開きそうだ。

「今開ける! 扉の前にいるなら離れて!」

「わかった!」

 扉の向こうにいる少女は扉から離れたようで、ディランはドアノブに手をやると炎の魔法で熱し、すぐ後に氷の魔法で急速に冷やす。急な温度変化で脆くなった扉を蹴破ったそこには、不思議な紋様の服を着た少女が立っていた。

 燃え上がる炎のように赤い髪。左右で色味の違う目を持った少女は涙を浮かべて扉を開けた男に抱きついた。

「怖かったぁ……おにーさん、ありがとう……」

「……君は何でこんなとこに? 子供がいていい場所じゃない」

「来たくて来たんじゃないんだよ! おにーさん騎士団の人? あたしね、弟と一緒にいたの。弟を知ってる? 一緒に連れてこられたんだけど……」

「いや、この砦には僕が知ってる限り子供はいないよ」

「そっか……あたしはトーテのレイ。お兄ちゃんと弟がいて、三人で一つなの。でも変な猫ちゃんにここまで連れてこられちゃった……太ったおじさんはあたしを洋服棚に閉じ込めるし、埃っぽいし臭いし、出れたと思ったらドアは開かないし……」

「変な猫ちゃん? ……レイ、頼る人はいないんだね。」

 ディランのその問いにレイは素直に頷く。納得したディランは落ち着かせるように彼女の肩を叩くと口を開いた。

「……僕はディラン。ねぇレイ、心細い思いをさせてすまないが、もう少しだけここで待っていることはできるかい? 今は外の方が危険だ。君を閉じ込めた太った男はもういない」

「……おにーさん、戻ってくる?」

「ああ、必ず。……そうだ、これを持っていて。試作品だけど使えるはず」

 ディランは道具入れの中から小さな魔宝石がついた指輪を取り出すとレイに手渡した。少女は煌めくそれを見つめると目を輝かせる。

「きれー。これって?」

「隠れてる間、怖い人が来たらこれを相手に向けて『捕らえよ』と言うんだ。きっと君を守ってくれる」

「わかった!」

 素直な少女に目を細めた青年は一つ頷くと駆け出した。自分には今、騎士団員という肩書きはない。けれど九年に渡る目的を果たした今この時、自分がしなければいけないのは自分を支えてくれた祖国への恩を返すことだ。そのためにはまず、この砦を守るために全力を注ぐことが第一優先である。

 一つ下の階のバルコニーに降りるとやはりいた、あいつだ。眼前、下の混戦している彼らに向かって水の魔法を込めた矢を射続けている。

「フォティス! 僕との決着はまだついてないぞ!」

「お前! まだ生きてたのかよしつこいなぁ!」

 素早い反応でフォティスはディランが放った氷の礫を魔法がこもっていない矢で撃ち落とす。

「相変わらずの動体視力だね。君、ラスバング族だろう? まだ少数生き残ってるって言われてたけど、会うのは初めてだよ」

「お前俺の種族のこと知ってんの? でも俺は俺の種族のこと、なんもしらねぇ! 俺はただのフォティス様だからだ!」

「なるほどな、興味ないってね。だがそこにずっといられると迷惑なんだ、みんなと同じ戦場へ降りてもらう!」

「何言って……」

 ディランはフォティスが再び射った矢を炎の魔法で撃ち落とすとそのまま真っ直ぐ駆け出した。不意をつかれたフォティスが避ける暇はなく、ディランの攻撃に備えたが、思いもよらぬ方向に腕を引っ張られる。

「おいっ何してるやめっ……」

 ディランはそのまま風の魔法をバルコニーの地面に向かって繰り出した。二人の男の体が宙に浮いた。

 空はもう白み始めていた。眼下の戦場では聞こえない鳥の声が聞こえる。彼らが落ちるのは戦場の真っ只中、ディランは味方の邪魔にならないよう橋の中腹の開けた場所目掛けて氷の道を作った。

 そして抵抗虚しいフォティスを引きずったまま、その道を一気に滑り落ちていくのだった──。

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