12.切り裂く風

 ティリスが砦の屋上から勢いよく駆け降りるともう皆自分の配置につくため移動しているようだった。

 屋上はディランに任せた。自分もやるべきことをやらなければ。砦内にあんな敵が入り込んでいるなんて思っていなかった。先ほどの襲撃の際に取り逃したのだろうか。それともあの身体能力で外から登ってきたのだろうか。

 いずれにせよ、今のティリスにはそれを図る術はない。他に侵入した者が全て地下牢でおとなしくしていることを祈って砦の門の内側まで降りた。

 ティリスに気づいたハイデマリーが表情を明るくする。モーリッツやその他の団員も一緒だ。

「ティリス様!」

「用意は!」

「整っています!」

 扉はもう持ちそうになかった。少し離れた位置でしゃがんで待機している物攻部隊、その後ろで立って指示を待つ魔導部隊。ティリスも物攻部隊の一番前にしゃがむと扉の動きを待った。

 がんがんと扉を叩く音。石造りの扉は開けるのも閉じるのも一苦労だが、こういう時には最大限の耐久力を発揮する。しかしそれももう限界だ。

 派手な爆発音と共に扉を構成する石が吹き飛んだ。そのいくつかは癒魔法部隊が張った結界にぶつかり弾ける。開いた穴からジェダンの軍勢が雪崩れ込んだ。

 騎士団はまだ動かなかった。ティリスの手が無言で彼らを制止しタイミングを見計らっている。ジェダンの者たちはまっすぐ向かってくる。太い廊下のそのちょうど真ん中ほどに彼らが辿り着いたそのとき、ティリスが手を振り下ろした。

 魔導部隊の詠唱。それは唱和となって廊下に響き渡る。次の瞬間、砦への侵入者達の足元が眩く輝き出した。

 巨大な魔法陣。それはゆっくりと網のように変化していく。その光に足を取られた侵入者達は次々と倒れていく。彼らの足元には魔宝石が散りばめられており、それを繋ぐようにして魔法陣が設置されていたのだ。

「総員、各組に分かれて作戦遂行! 道は私が開けます!」

──剣聖の一閃。

 ティリスがそう宣言した次の瞬間にはもう彼女の姿は皆の中から消えていた。誰よりも素早いその剣筋は扉のすぐそこまで続く。倒れる敵達の中、対する彼女は一人で幾人もの敵を斬り続けている。その剣筋は流れるように美しい。

「ティリス様に続く! エーフビィ・ファング!」

 ハイデマリーの一言で他の皆が動き始めた。恐ろしい数の魔法が飛び交い、金属のぶつかりあう音が砦内を埋め尽くす。

 ティリスが開けた道を伝って他の騎士団員も前へと進んでいく。

 モーリッツに飛びかかった狼をハイデマリーの防御魔法が弾き飛ばす。その後ろから斬りかかってきた女の剣を腕輪で受けたモーリッツは逆の手で彼女に殴りかかり、それは女の小さな盾で受け流される、と思った瞬間、別の攻撃が女を吹き飛ばした。

 冷たい。水飛沫を浴びたモーリッツは攻撃が飛んできた方向を見る。屋上には砦内で交戦した男が立っていた。長い金髪が風に揺れている。

 あんなに遠くから、当てたのか? いや、まぐれだ。こんなに人がいれば誰かしらに当たる。たとえそれが味方であっても。

 次の一矢が再び地面に刺さる。これは外れても次は外れるとは限らない。

「上に気をつけろ! 弓兵がいるぞ!」

 誰かが屋上めがけて魔法を撃ったが、距離がありすぎて届かない。代わりに矢に乗せられた水の魔法がこちらに打ち返された。巻き込まれて倒れる騎士団員、その動揺に乗じて勢いづくジェダンの軍勢。

 と、その瞬間、屋上で大きな爆発が起こった。男の他にも誰かがいるらしい。爆風で吹き飛ばされた男の矢の雨が止む。

 一瞬、皆の注意がそちらに向いた。その時ようやくモーリッツは自分の体が宙に浮いていることに気づく。次の瞬間には全身の痛みと真っ赤な視界に目が眩む。

 なにが、起こった。

「モーリッツ!」

 ハイデマリーの声が聞こえた。しかしモーリッツは薄れゆく意識の中ぼんやりとその光景を眺めていた。黒いバンダナをつけた男が手を振るうたび、激しい旋風が舞い続ける。ああ、仲間が飛ばされていく。守りたくても力及ばなかったその人が巻き込まれるのを見ながら、モーリッツは目を閉じた。

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