10.進入経路

 痛み。腕に痛みを感じて起き上がると視界には瓦礫が広がっていた。その中に一人、白髪の男が倒れている。頭を押さえて立ち上がったディランは彼を軽く揺する。

 どうやら床を割られ落ちた衝撃で気絶していたらしい。下からは上の階は覗くことはできず、戦闘の音は聞こえるが、それだけで状況を把握するには情報不足だ。

「うっ……うう。ディランさん……? あっ俺」

 気づいた男は飛び起きる。突然起き上がった彼は頭痛に呻いた。

「あまり激しい動きはしない方がいい。モーリッツ、あの暗殺者たちに見覚えはある?」

「いや、ない。多分ジェダン国防軍だ、でも一体どこから……」

「手引きした者がいるんだろう。くそ、あのたぬき男、ティリスに馴れ馴れしいしこの件もきっとあいつだ。絶対許さない……」

「まぁでもティリス様が事前に気づいてくれてよかった。コレが明るみになればようやくあいつを解放してやれ……いや、でも砦への侵入経路が漏れてるとすると、危ないのはティリス様だけじゃない! こっちだ!」

 戦闘から外れた二人の男は勢いよく部屋から飛び出す。モーリッツが向かった廊下を駆けていたその時、突然の爆風が二人を襲う。

 体ごと吹き飛ばされたモーリッツが廊下の壁に叩きつけられた。彼の頭からは鮮血が流れ、その白い髪を赤く染めていく。

「大丈夫か! 動かないで、ジィ・ハイレグト」

 ディランの手からは暖かい光が迸り、モーリッツの頭の傷はみるみるうちに塞がっていく。

「止血か、ありがとう……危ない!」

 モーリッツがディランを突き飛ばして飛び退く。その一瞬の後、ディランがさっきまでいた場所に水の魔法の渦が襲いかかる。飛び立った水が彼らを濡らし、魔法がぶつかった壁には鋭い矢が突き刺さっていた。

「なーんだ、外しちゃったか」

 男の高い声。心底残念そうな言葉を吐いた彼は大きな弓を持って二人を見遣った。

 剛健な弓を支える鍛えられた腕。女と見まごうほど美しく長い金髪。鋭く細められた瞳は獲物を屠る狩人のそれだ。新しい矢をつがえた彼は再び照準をディランに合わせて口角を上げた。

「次は動かないでくれよ? 面倒だから」

「そう言われて大人しく射られるとでも?」

「あはは、そりゃそうだ! でも俺の水の魔法の威力はすごいぞ! エーフビィ・ヴァッサー! ぐちゃぐちゃになれ!」

 弦を離すその瞬間、男の詠唱に合わせて水の魔法が生成され、それは勢いを増して矢を飛ばす。しかし、矢を放った本人は弓ごと後ろに吹っ飛んだ。

 ディランが網のように張った雷の網に水が触れ、感電したのだ。気絶した男を見てモーリッツは呆れた顔を上げた。

「こいつバカだ……」

「こんなのに構ってる暇はないよ、いこう」

「ああ!」


 砦の地下へ続く階段を降りると、そこにはもうすでに騎士団員が何人か交戦していた。地下牢に閉じ込められた犯罪者たちが脱獄でも期待しているのだろうか、興奮したように野次を飛ばしている。

「そうか地下から……モーリッツ、他に侵入できそうな場所はある?」

「いや、ここ以外に俺は知らない。あとはハイデマリーが……」

 流れてきた火球を避けてモーリッツが侵入者の一人を殴り飛ばす。ディランは氷の魔法で階段への道を塞ぐと自身の剣にも氷の魔法を込めた。

「とにかくここで食い止める!」

「おうよ! これよりこの場はモーリッツ・ファルケンハインが指揮を取る! 魔導部隊、下がれ! 詠唱準備! 癒魔法部隊は可能な限り敵を捕縛しろ!」

 騎士団員の体制が大きく変わった。物攻部隊が前に出て敵の侵入を拒み、魔導部隊と魔法の得意な魔法剣部隊の者は後方でモーリッツの指示を待つ。

「一で風魔法、二で土魔法! 行くぞ! 前方、散開! 一!」

 モーリッツの掛け声で前に出ていた団員たちは一気に回避体制に入った。次の瞬間、後方から凄まじい風圧がジェダンの侵入者たちを襲う。

 巻き込まれた侵入者たちはなすすべもなく地下を通ってきた洞窟へと押し出される。彼らが砦内へと戻る間も無く、モーリッツの掛け声が続く。

「二! 上方!」

 侵入者たちの上方から一気に土が崩落し、逃げ遅れた人間が瓦礫の下敷きになる。その魔法は砦への入り口を塞ぐまで続いた。砂煙に包まれた辺り一体は悲鳴と状況の見えない不安で埋め尽くされる。

 不意に視界が開けた。誰かが放った水の魔法で砂煙が水分を得て地に落ちたのだ。急に湿った空気に咽せる者の声だけが響く。

──緊迫。

 一瞬、その場の全員が状況を把握する為のそのほんのひととき、先に動く者がいた。狼に変身したジェダンの男に捕縛の魔法をかける癒魔法部隊の男。

 それからかなり数を減らした敵を戦闘不能に追い込むのにそれほど時間はかからなかった。

 彼らの侵入をギリギリのところで阻止した彼らが、砦を包囲する軍勢を見ることとなったのは、それから約二刻後のことだった──。

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