3.教えを乞う
悠はその後、宿屋で療養を続けていた。あの時助けにきてくれたのはディランだった。
彼は街門近くで少年が魔物に襲われているのを発見した門番の一人が外に出て魔物を引きつけ、応援を呼びにいったもう一人の門番とたまたま鉢合わせて来てくれたとのことだった。
だからこそ門番不在だったために双子は外に出てしまったのだが、それによって彼らが助けようとした少年は無事保護されたという。
目が覚めた後の傷の治りは早かったが、もう少し休めと言われた。こんな大怪我をするのは初めてのことで、一緒にいた皆が気遣ってくれているのだ。
しかしあの一件以来風とは顔を合わせていない。彼女は部屋に引きこもって何も言わないのだという。ご飯を持っていくと食べている様子だとはいうが、一緒の部屋に滞在していた結衣菜は部屋に入れないし、周りの人に迷惑ばかりかけて一体何がしたいんだという気持ちになる。
不意にコンコンとノックがあり返事をすると、意外な人物が顔を見せた。若葉色の髪の青年は今大丈夫かい? と、了承を取ると徐に部屋に入ってきて椅子に座る。
彼は座ったがそのまま言葉を発さない。沈黙に耐えかねた悠は口を開いた。
「ディランさん」
「具合はどう?」
「……だいぶいいです。多分もう普通に動けると思う」
「そっか、よかった」
悠はまだ彼が何をしにきたのかわからなかった。安否を確認するだけならわざわざ近くに来て座ったりなどしない。窓の外を見て目が合わないその人に、悠は憂慮していたことを伝えた。
「あの、僕を怒りにきたんですか」
「えっ……いや、そういうわけじゃないよ。普通に傷の具合が心配で。あの時君だけに構ってられなくてそのことが気になっててね」
「そ……う、ですか」
「何か叱られる様なことでも?」
「いや、何かっていうか、全部……。勝手に街の外に出て、みんなに迷惑かけたから……ディランさんがきてくれなかったら僕死んでたし」
「うーん、確かに僕も君たちのこと馬鹿だと思った」
「え」
「はは、でも助けた男の子が言ってたんだ。二人が来てくれたから自分は助かったんだって。わざわざ街の外に出てきてくれてって。誰かを救うために危険を冒すのは馬鹿で愚かな行為かもしれないけど、勇気を伴った立派な行為でもある」
「……でも」
彼は本当に何を言いに来たのだろうか。少年は双子達のおかげで助かったから悪くない、そう言わんとしている感じでもない。
どうしたら、よかったのだろうか。あの状況ではきっと助けを呼びにいったら少年を助けるには間に合わなかった。でもそれで自分が大怪我を負う羽目になってしまった。
焦りや恐怖があったあの状態では魔法はうまく出なかったし、だからと言って風ほど身体能力が高いわけではない。自分にもっと、人を守れるような力があれば。その時、悠はある光景を思い出した。
剣に宿る氷。その煌めきを。
「……意識がなくなる直前。あなたの魔法を見たんです。剣に氷が伝ってキラキラして、とても綺麗な魔法だった。……あれ、教えてもらえませんか」
「え……あれ、すごい難しいけど」
「……あなたぐらいの魔法が使えれば、少しは、少しは誰かを……僕、風を守れる様になりたいんです。あいつ危なっかしいから。この前みたいにすぐ何も考えないで行動するんです。誰かが見ててやらないといけないんです。あいつの馬鹿に付き合ってやれるのは僕ぐらいだから」
「……」
「あなたがティリスさんを守ったように、僕も自分の片割れのことぐらいは、守る力が欲しいんです」
「……本気なんだね」
ディランは悠の決意を聞いた後、どこか遠いところを見つめると長いため息をついた。そして口を開く。
「もう一人そういう変わったやつがいたのを思い出したよ。……ユウ、僕が使ってたのは魔法剣っていう魔法だ。それは誰にでも習得できる簡単な物じゃない。もしかしたら適性がないかもしれない。それはやってみないとわからない。そして、僕から他の魔法や戦い方を教わったとて、この世界は理不尽な死で溢れている。大事な人を確実に守れるかという保証はできない。……それでもいいなら」
ディランの言うことは責任逃れの様に聞こえるがもっともなことだ。それを聞いて尚教えを乞うかどうかは悠の自由だ。ディランは自らの決心を反芻する少年の返答を待つ。
「やります、僕。よろしくお願いします」
もうすぐディクライットでは成人の年になる少年はまだあどけない表情だ。しかしそこに宿った確固たる意志を見て、かつての自分を思い出したディランは、静かに頷いた。
「……そうだ。フウちゃんの方が参っている様だから動けるなら声をかけてあげるといいよ。ユイナちゃんとティリスが行っても無駄だったから、きっと君のことを待っているんだろう」
ディランはそう言うと扉を開けて消えていった。そうか、彼はきっとこれが言いたかったのだろう。それだけいうために僕に魔法を教える約束なんかして、なんと不器用な人か。そう勝手に悠は納得して、少し笑った。
あの時の足の傷は嘘の様に消えていた。自分の知りうる限りの知識では絶対に有り得ない事ができる"魔法"という不思議な事柄をもっと知りたい。そしてもっと強くなりたい。そんな意志が彼を突き動かして、風の待つ宿屋の一室へと向かったのだった。
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