シュピーリエ編

1.危険な世界

 トーテの街の端、小さな池の周りに双子は来ていた。ティリスが元婚約者と再会し、エインたちがどこかの洞窟に向かってからというもの、大人たちはずっと忙しそうで、まだ子供である双子は暇を持て余していたのだ。

 風は池に足をつけるとバシャバシャと水飛沫を立てる。驚いた魚が蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。

「ちょっと、やめてよ風、濡れるじゃん!」

「えー、悠は炎の魔法ですぐ乾かせるし別にいいじゃん。それにしても、ティリスさんの恋人、あんなに一途な人だったなんて! びっくりしたよー」

「ディランさんのこと、なんだと思ってたんだよ。でもほんと、九年も、すごいよね……僕には真似できない」

「いやーなんかアルバートが勝手に比較して落ち込んでたからー。悠もディランさんが戻ってきただけで落ち込んじゃってるもんねー! そりゃモテな」

「風なぁ!」

 言いたい放題の風に悠がそろそろ反撃に出る、が当の風はあらぬところを見ていて、悠は視線の方向を振り返った。

 みると青い髪の少年が焦った様子で街の外を駆けていた。その後をライオンの様な姿をした魔物が追いかけていく。

「うそ、子供?」

「魔物だ……門番は?」

 池のすぐそこにある街門にはいつも必ず門番がいる。魔物除けがかけられているから魔物には認識されないが、人は入ってこれるため双子がこの街に来た時の様に不審な者が立ち入らない様検問をしているのだ。なぜか今はその門番が見当たらない。

「そんなのわかんないよ! とにかく行くよ、悠!」

 いつのまにか靴を履いていた風は悠の手を勢いよく取ると走り出していく。悠はその手を振り払おうとしたが彼女の勢いの方が強かった。

「危ないって! 誰か大人を呼んでこないと!」

「そんなこと言ってあの子が食べられちゃったらどうするの!」

 風の言葉を聞いて悠は一瞬その最悪の想像をする。後で怒られるだけなら自分も一緒に謝ればいい。そう思った瞬間、足を動かしていた。


 やはり街門の外にも門番は見えない。風たちが旅をしてきた南には平原が広がっていたが、こちらは丘陵が続いていて丘の陰に隠れてしまうと見えなくなってしまうのだ。

 しかし、運良く彼らが追いかけていた少年は街門の近くにいた。風が少し先を指差す。

「いた! あそこ!」

 少年は転んでしまっていて、魔物はじわじわと距離を詰めていく。それが飛びかかろうとしたその時、悠が詠唱した。

「エーフビィ、アイジィ!」

「やった! 悠ナイス!」

 運良く当たった氷は魔物に突き刺さり、叫び声をあげる。そしてその獣は振り返った。鋭い眼光が双子に突き刺さる。

「あっ、やばいかも……」

「逃げよう! エーフビィ・ヴィント!」

 悠が生み出す風は集中力を欠いていて全く魔物に当たらない。そして双子の走る速さより到底素早い魔物はあっという間に彼らに追いついてしまった。

「こわいけど……やるしかない!」

 風は護身用と言われて持っていたナイフを取り出して悠の前に出る。その瞬間、彼女のいた場所に獣の爪が襲いかかるが、風はそれを持ち前の運動能力で軽々と避けてみせた。

「魔物って言ってもあたしより遅いんだ!」

「風! 調子に乗らないで!」

 魔物をおちょくるように動く風に気を取られて悠は魔法の照準が定まらない。なんの魔法を打てばいいのかも分からない。と迷っていたその時、風の動きに慣れてきた魔物が彼女の足を爪で掠めた。飛び散る鮮血。

「いっつ……!」

「風! くっそ……エーフビィ・ヴァッサー!」

 水は勢いよく流れ出て魔物を吹き飛ばす。その隙に悠は急いで風の元に駆け寄る。

「風! 大丈夫?」

「あは……しくっちゃった。あたしは大丈……悠!」

 悠が振り返った時にはもう遅かった。魔物の爪は目前に迫っていて彼の細い腕は切り裂かれる。続いて肩に異様な熱さを感じた。ひどい痛みが足にも走る。キーンという音が響く耳に、風の悲鳴は届かない。

 魔物から双子の片割れを取り返す術を、風は持っていなかった。ナイフは投擲して刺さったが、興奮した獣にはまるで効果がない。どうしたらいいか分からなくて、涙だけが溢れてくる。

 悠が死んじゃったら、どうしよう。どうしよう、あたしのせいだ。あたしが軽々しく助けに行こうなんて言ったから。

 助けられると思った。ほんの少しでも、風はディクライットの城で戦うことを学んだのだ。トーテまで来る旅の途中で沢山の魔物にも出会って、そしてその襲撃を退けてきた。しかし、それはいつも戦闘経験豊富な大人たちがいてのことだったのだ。

 悠はぐったりとしていて動かない。魔物は彼の足を食いちぎろうと振り回していて、その度に血が飛び散る。風は唯一無二の片割れの命が失われていくのをただ茫然と、泣きながら見ていた。

 と、その時、美しい光が走った。

 光だと思ったのは氷の礫だ。それが背中に突き刺さると魔物は悲鳴をあげ、悠を口から離した、その後ろから風の魔法が追従し、魔物を吹き飛ばす。

「君たちは馬鹿なのか!」

「あ……あたし」

 風が答える間も無く魔法を放ったその人は倒れた悠の向こうに立ちはだかった。風はそれを、ただ茫然と眺めていたのだった。

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