20.宿敵の元へ

 目的地は魔宝石の洞窟。ディラン、エイン、ガク、チッタの四人は馬とスペディを駆って平原を進んでいく。

 若葉色の髪の青年は美しい毛並みを持った黒馬をガクの隣に並んで走らせる。彼の瞳は先程ティリスと慮外の再会を果たした時よりも明るく、芯があるように見えた。彼は進行方向を向きながら口を開く。

「ガクさん……だよね。僕はこの九年間薔薇の魔女を追い続けてきた。行く先々で彼女は貴方の行方を探ってたんだ。一緒に行くには危険だと思うんだけど……」

「大丈夫。慣れてるさ。それにティリスが危険なのに街でおとなしく待ってる方が落ち着かない」

「……ありがとう。そうだ、貴方に会ったら伝えなきゃいけないことがあったんだ。アシッドという村を知っているでしょ?」

「うん、昔住んでたよ」

「……何年か前、手がかりを追ってアシッド村を訪れたことがあった。そこの村のアンっていう子に頼まれたんだ。クワィアンチャー族のガクって人に会ったらこう伝えてって。俺たちはずっと待ってる。この村で。だからどうか、必ずもう一度会いに来てほしいって」

「アンが……そうか、アンにあの魔物除けを渡してくれたのは君だったのか」

「えっアンに会ったの?」

「ここに来るより先にアシッド村に戻ったんだ。村は闇の魔物によって滅ぼされてしまったけど、アンを含めて村の人たちは無事だ。ありがとな、伝言を覚えててくれて」

「いや……そうか、あの村もう……」

「アシッド村を襲わせたのは薔薇の魔女だって言ってた。だから俺も行くべきなんだよ」

「なるほど。僕が訪れた時も魔物の襲撃にあったんだけどその時は魔女が置いていったものに魔物を引き寄せる呪いがかかってたんだ。……やっぱりアンに渡したものだけじゃなくて村全体に魔物除けをかけておけばよかった……」

「ディランさんのせいじゃないよ。アンは貴方に感謝してたし、あの子が逃げ延びれたから村のみんなも助かった。みんな今は城下町にいるんだ。今のところは安全」

「よかった。ディクライットに戻ったら彼に会いに行くよ」

「うん。アンも会いたいと思う。……まずは薔薇の魔女をどうにかしないとな」

「ああ。魔女は多分闇の魔物をけしかけてくる。僕は前それで死にかけたけど、ある人のおかげで光の魔法が効くってわかった。……みえた、魔宝石の洞窟だ」

 魔宝石の洞窟は彼らを待ち受けるようにその口を開いている。日没前のそれはまるで燃え盛る炎のように光を反射していた。

 馬を降りて近くに繋ぐとディランの愛馬、デュラムが心配そうに低くいななく。ディランは彼の美しい毛並みを撫でると目を細めた。

「大丈夫だよ。心配せず待っていて」

「先輩、行きましょう」

 振り返った青年は決意したように頷いた。そうして四人は禍々しい魔力を放つ洞窟へと足を踏み入れたのであった。




 中に入ってすぐ、チッタとガクは洞窟内の雰囲気に顔を顰めた。

「うー、なんだか、いやな予感がするー」

「精霊たちも話をしていない。まずいかも……」

 外ではなにやらふざけていた精霊たちの声は今ガクには届いていなかった。前にもあった違和感を覚えて彼は口をつぐむ。

 その時、ひんやりとした空気が四人を包んだ。先導していたエインが後ろに合図を送る。

「……何かきます!」

 エインの手からいつもの電光ではない白い光が迸る。走ってきたそれはやはり闇の魔物だった。エインの魔法を受けた魔物の左腕が崩れ落ち、バランスを崩したところを彼が首を斬り落とす。

 その断末魔に応えるように、別の咆哮が洞窟の奥から聞こえた。少なめに見積もって、五、六体はいるが、狭い通路では行手を阻むのに十分な頭数だ。

「ガクさん!」

「ああ!」

 エインの声かけに応えたのはガクで、彼は目を瞑ると精霊に呼びかけた。

 とてつもない輝きを放つ光。一瞬昼になったのかと見まごうほどのその光の中に闇の魔物たちの姿が浮かび、彼らが硬直する。それに目掛けて金色の毛並みが飛び出していく。

 狼に変身したチッタは真っ先に突っ込んで魔物たちに阻まれた道を切り開いていく。エインの電光も走り、ガクが放った炎が一体ずつ魔物を仕留めていく。

「今です! 先輩は先へ!」

 エインの言葉にディランはハッとして駆け出す。彼らが道を開いてくれたのは自分のためだ。九年追いかけた宿敵を倒すためにここまできたのだ。

 彼は風の魔法で自分の進む道を開けると洞窟の奥へと走っていった。闇の魔物の攻撃を受けて怯んだチッタが楽しそうに笑う。

「オレたちもさっさと倒して手助けに行かなきゃな!」

「ええ、魔女を倒した後に魔物が出てきたらカッコつかないですもんね!」

 三人の闇の魔物との交戦は続いていく。暗闇の先にあるのはある一人の男の物語だ。


 その頃、ディランはようやく宿敵と対峙していた。

 洞窟の先にある広場、そこに彼が追い続けていた薔薇の魔女、アルベルティーネが立っていた。

 地に着くほど長い黒髪、黒い服、髪に差された赤い薔薇。そして血のように赤い瞳は彼を見とめるとその姿を射抜くように睨みつけた。彼女の整った顔に張り付いた口の端が妖艶に引かれる。

「ようやく来たか。この洞窟を見つけるとはな。いい研究場所だったのに。……すこし、話をしようか」

「お前とする話などもうない。闇の王の復活などさせない!」

 ディランは元から、魔女と話をするつもりはなかった。そのタイミングはもうとっくに過ぎていたのだ。

「お前の攻撃は芸がないな。全く、つまらん上に女性の話もまともに聞かないとは、モテないぞ」

 魔女は高い声で笑う。それは魔女と呼ぶにふさわしい不気味さを伴っていた。再び寒気を感じてディランは構える。

 来るとわかっていた。現れた闇の魔物に光の魔法を浴びせると魔女は不機嫌そうに眉を顰めた。

「ほう……以前とは多少違うようだな」

「あいにく、僕にはもう後がなくてね」

 青年は瞳と同じ海色の魔宝石が嵌め込められた剣を引き抜く。魔法を宿しやすいように造られたそれに願いを込めた。煌めく氷は冷気を伴って剣に魔力を宿した。

 柄まで降りて来た冷気を感じて彼は顔を上げる。不敵な笑みを浮かべている魔女はずっと追い求めていた相手だ。自分の人生を滅茶苦茶にした張本人と対峙する。

「僕はディラン・スターリン。エドワードとシャンテルの息子。故郷を捨てたものにしてただ一人の女性を愛す騎士だ。薔薇の魔女アルベルティーネ。両親の仇にして傲慢なる闇の使者。僕は今ここで、お前を倒す‼」

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