19.彼の事情
そうしたのち、気が動転しているディランを彼が出てきた民家に運び込んで再び外に出た彼らは顔を見合わせた。
ティリスは泣きながら走り去り、結衣菜もそれを追いかけて行ってしまった。その場に残ったのは双子とガクとまだ怒っているチッタ、そしてエインの五人だ。
「エイン、なんであいつのこと庇うんだよ! ティリスはずっとあいつのこと待ってたんだぞ!」
「しってます。分かってます…でも、ディラン先輩は、ティリスさんを助けるためにずっと一人で、戦ってきたんです」
「全部知ってたのか? ならなんでディランが生きてるって、ティリスにそれをすぐ言わなかったんだよ!」
「できなかったんです!」
トーテの街にエインの叫び声がこだました。鳥たちは勢いよく飛び去っていったが、夜が明けたばかりの街にはまだ人は少なく、振り返るものはいない。そんな反応が返ってくると思っていなかったチッタは驚いたまま固まっている。
「取り乱して、すみません。……でも、本当にできなかったんです。ティリスさんと先輩は呪われていて、このままでは死んでしまう。そんな手紙が、先輩の元に届きました。薔薇の魔女から届いたそれには、呪いは愛し合う男女にしかかからない。そしてそれは彼らが一緒にいることによって進行が早まる。とありました」
「薔薇の魔女……」
再び現れたその名前にガクは目を伏せる。エインは自分を落ち着かせるように大きく息を吐くと、言葉をつづける。
「ティリスさんにそんなこと伝えたら、責任を感じてディランさんのことを探しに行ってしまうでしょう? それで彼女が死んでしまったら、それが怖かったんです。おそらくさっき家族がいるなんて嘘をついたのも、それが理由でしょう」
「……ってことはオレ、勘違いしてディランのこと殴った?」
「……そういうことになりますね。あの言葉は僕も許せませんが」
言葉通り、エインも必要以上にティリスを傷つけたことに怒りを感じていた。彼女は自分に愛想をつかしたからいなくなってしまったのかもしれない、そんなことを呟いていたことがあったからだ。
「……とにかく、それで先輩は旅に出ました。解呪の法を探しているうちに薔薇の魔女は協力者ではなく、呪いをかけた張本人だということがわかりました。そしてもう時間はあまり残されていないということも」
「時間って……後どれくらい?」
「今日を含めてあと二日。あと二日で二人は命を落とします」
エインの言葉は重かった。周りの全員が押し黙り、誰かが口を開くのを待っている。その静寂を断ち切ったのは謝罪の言葉を綴ったエインだった。
「……ずっと黙っててすみませんでした。僕、本当は一人で魔女のところに行こうと思ってたんです。この前のアシッドの戦いの時に、魔女の痕跡を見つけたんです。それに彼女の居場所を探る魔法をかけ、居場所を見つけました。それにかかっていた呪術の反撃に遭いましたが、なんとか目的の場所は得られたんです。それがこのトーテの近く、魔宝石の洞窟というところです。実はこの地域に闇の魔物が出ているというのは本当ですが、僕は担当じゃなかったんです。でもどうしても、抜け出す理由が必要で……これでどんな咎めがあってもいい。騎士団を追い出されても、それでも僕は先輩とティリスさんを失いたくないんです」
「エインさん……」
風は口を開いたがその先をうまく綴れずに口を閉じる。エインはそれを見て眉を顰めて微笑んだ。
「僕は今から先輩を連れてそこに向かおうと思っています。皆さんは全てを、ティリスさんに伝えてくださいませんか? そしてどうか、止めないでください」
「止めるもんか! オレも一緒に行く!」
「えっ……」
「そうだ。俺にとってもチッタにとっても、ティリスは仲間であり友人だ。俺も一緒に行くよ」
一歩前に進み出たチッタとガクを見て、エインは呆けた顔をしていた。その顔を見て二人は微笑んだ。
「そうと決まれば早いとこ魔宝石の洞窟に向かおう」
「ディランを呼ばなきゃな! あっお前らはどうする?」
チッタは振り向いて双子を見た。二人は顔を見合わせると首を傾げる。
「あたしたちも行くよ! ……っと、言いたいところだけど、行っても足手まといになりそうだから今回はやめとくよ。この前結衣菜ちゃんに散々叱られたばっかりだし」
「それに二人に本当のことを話す人が必要だしね。……時間がないんでしょ? 僕らは街からは出ないから安心して行ってきて」
双子の言葉は大人三人が思っているより大人びていて、彼らは微笑んでお互いを見合った。そして頷き、当事者であるディランを呼びに再び家の戸を叩いたのだった。
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