16.旅の記憶
「エイン、なにしているの? そろそろ出ないと……」
「はーい、今行きます!」
雪が降る草原のなか、元気な返事をして桜色の髪の青年は旅仲間の元へと駆け戻る。いつも朗らかな彼はふと、自分を呼んだティリスの紫色の髪を見て顔を曇らせた。
「エイン、大丈夫か?」
そんな彼に、声をかけたのはガクだった。彼の瞳には心配そうな色が宿っている。いつも優しい彼はこうやって気遣ってくれる。そんな彼を最初見た時は自分も「銀髪の種族だ、恐ろしい」と思っていたなんて、とエインは差別の根深さにため息をつく。
「大丈夫です。ガクさん、ありがとうございます」
「うん? 大丈夫ならいいんだけど」
にこりと笑った彼の笑顔は作り笑いだ。けれど微笑んだエインに釣られてガクも頬を緩めた。
「それで……何しにいくんでしたっけ」
「本当に大丈夫か? 今日の野宿場所を決めたから移動しようって話だ。少し休憩したしな」
「ああそうでした! 行きましょ行きましょ!」
明らかに大丈夫ではない彼をまた心配そうに見遣りながらガクも彼の後を追って歩いて行った。
その日の野宿の場所は大きな岩で囲まれた場所にするとのことだった。おそらく他の旅人が以前使ったのだろう、焚き火の跡がある近くに一行も野宿の準備をしていく。
エインと結衣菜が魔物除けの魔法をかけ、その範囲内で作業をしていく。まずは焚き火をつけ、腹ごしらえをする。それが毎日のルーティーンだ。
「はー! 重い!」
火を起こすためのの薪を運んできた悠は重いそれをどすんと床に下ろす。たった二ヶ月前は普通の中学生をしていた悠にとっては、こんなことを毎日する羽目になるとは夢にも思わなかったことだ。
「ひんじゃくゆう〜は、いつもへろへろ〜♪」
自作の謎歌を口ずさむのは風で、いつも通り悠はおこり出す。ガクは昨日採っておいた山菜のどれを料理に使おうかと考えながらその光景を眺めていた。
ティリスは悠が集めてきた薪を手際よく割り、結衣菜がそれを受け取って並べていた石の上に乗せていく。それに火の魔法をかけて焚き火の完成だ。
冬のディクライット領内はとても寒く雪も降るので一人では野宿をするのも一苦労だが、こうして仲間がいるとできることは増える。焚き火がよく燃えるようになったタイミングで狼姿のチッタが小ぶりの豚のような生き物を咥えて飛び込んできた。
ガクがそれを受け取るとチッタは人間の姿に戻る。一仕事終えた彼は満足そうだ。
双子はそんな狩をして自炊する生活に最初はギョッとしていたが、さすがにもうディクライットを出てから二週間。二人とも慣れたようで手伝いも板についてきた。
「ガクさん今日はそれ切るの? あたしやる〜っ」
風は意外と料理が好きなようで、ガクが作業していると横から眺めてくるのでやる? と聞いたところ、二人で料理を担当することが多くなった。
火にかけた鍋からいい匂いがしてきたころ、一同は焚き火を囲って各々適当なところに座る。今日はどうだった、明日はどこまで行けるか、そんな話をしながら同じ夜ごはんを食べるのだ。
「それにしてもガクさんが料理上手でよかったよね〜あたしたちだけだったらご飯が寂しくてしんじゃってたよ」
「本当ね。食事って大事」
風とティリスの二人は笑いながら出来上がったスープを啜る。たしかに、と結衣菜も頷いた。
「旅の途中で何も食べれないと泣きたくなっちゃうもんね」
「でもユイナはすごい辛抱強かったよな。あれ、全然食料が見つからなかった時も」
「あ〜ぺぺ砂漠のでしょ? 実はあれめちゃくちゃ辛かったよ」
「え、そうなの」
「たしかにあれは辛かったわね、砂漠は砂と岩ばっかりだから何にもいなくて……」
「どっちかっていうとティリスは暑さにやられてたけどな。珍しくもうだめー溶けちゃうーって弱音吐いて」
「ちょっとガク!」
顔を真っ赤にしたティリスに一同の笑い声が返る。ティリスは恥ずかしそうにしているが、エインはうんうんと頷いた。
「たしかに暑いところは僕らみたいな雪国出身は辛いですよ〜。それで、その時食料はどうしたんです?」
「サボテンを食ったぞ!」
『さぼてん!?』
スープにがっつきながら勢いよくとんでもないことを言ったチッタの言葉に驚いてハモった双子の声にまた笑い声が湧いた。結衣菜がチッタの言葉を補足する。
「もう本当にお腹空いてだめだーってなった時ね、たまたまサボテンがたくさんある場所にたどり着いたの。最初は食べようなんて全く思わなかったんだけど、急に元の世界で聞いたことがあったのを思い出して」
「何を思い出したの?」
「……サボテンステーキ」
「本当にびっくりしたのよ。ユイナが突然、サボテンは食べれる! なんて言い出すものだから、私とガクはすごく心配したわ」
「チッタは棘がついたまま噛みつこうとするしあれ大変だったよな」
「でもそのおかげでどうにかなったじゃん! ……なんかヌメヌメしててあんまり美味しくはなかったけど」
「美味しくないんかい!」
風の華麗なツッコミに結衣菜は笑う。昔の四人が揃って、他の三人もみんな元の世界のことを知っている。本当に九年前に戻ったような感覚で、結衣菜はその穏やかな時を噛み締めていた。
旅はまだ始まったばかりだ。以前よりも危険なこの世界は命を失う可能性がある場所だ。けれどこんな穏やかに進む旅なら悪くない。そう思いながら結衣菜は空を見上げる。
冬の空は高い。キラキラと瞬く星々を眺めて、結衣菜はスープの最後の一口を飲み干したのだった。
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