13.新たな目的地

「それで結衣菜ちゃん、次はどこに行くの?」

 アシッドへと旅立ったかと思えば次の日にはディクライットに戻って一週間。ようやく闇の魔物の襲撃の後処理も落ち着いてアシッド村の人たちも城下町に慣れてきた様子だった。

 彼らはアシッドからディクライットに戻り、ちょうど門を開けてもらったところを闇の魔物に襲われたのだ。門番の騎士団員も気づいた時にはもう遅かったという。

 結衣菜達といえば城に戻ったところ、王子にあんなに焦って追いかけたのに戻ってくるのが早すぎると爆笑され、次はどうしようかと考えあぐねていたのだ。

 アシッド村へと訪れたのはかつての仲間であったガクに話を聞くのが目的であったが、彼もこの世界に戻ったばかりだという話だった。結局のところ、元の世界に戻る有効な手がかりは得られなかったのだ。

 ただ、ガクの話と照らし合わせるとどうやら結衣菜達がこの世界に飛ばされてしまったのはガクが戻ってきた頃と近い、もしくは全く同じなのではないかという憶測が立った。

 だとしたら何らかの理由があって戻されたかもしれないのだ。ただ、そのことを知っていそうな人達は前回の旅の最後で世界のバランスを戻すための儀式で命を散らしていた。

「それならパリスレンドラー族を探すのは?」

 口を開いたのはガクだ。彼も城内の寮に住んでいる姉、ユーフォルビアと再会して以来、彼女と一緒に過ごすことが多く、城に滞在している。

 城下町に滞在しようにも彼が闇の魔物の襲撃から街の人を守ろうとした事実は避難していた住人たちは知らない。しかし城内であればティリスが騎士団員を諌めていたのもあって彼に危害を加えることはない、というのも理由の一つだった。

 風はガクの姿を見とめると口を開く。

「ガクさん!」

「がぅ!」

 ガクの代わりに返事をしたのは薄い青緑色をした猫の魔物だ。それは風に飛びつくと背中から生えた小さな翼をバタバタと羽ばたかせた。風はそれを抱っこすると目を丸くする。

「なにこれ、猫!?」

「ヴィティって言う魔物だ。昔俺がうろ覚えで呼んでたから自分のことヴィティアって名前だと思ってる。仲良くしてやってくれ」

「へー! よろしくね、ヴィティア! ってそうか、この子、ユフィさんが飼ってるって言ってた子か!」

「ああ。姉さんが預かってくれてたんだ」

 隣にいた悠もヴィティアを撫でると目を細める。双子は猫が好きなようだ。

「それで、ガクさん、パリスレンドラーって?」

「この世界に生きる種族の一つだよ。その人たちは世界のバランスを取るために他の種族から突然生まれてくるんだって。必ず僕らのような双子か、三つ子なんだとか」

 首を傾げた風をみて、先に口を開いたのは悠だ。風は彼が説明したその種族のありように顔を顰める。

「それって変じゃない? 何かのために生まれてくるなんて意味わかんないよ。悠が読んだ本、間違ってるんじゃないの?」

「風。ガクはそのおかげでずっと酷い目にあってきたの、九年を失ったのだって……」

 いつもの正義感の強い風にガクの事情を知っている結衣菜は口を開く。理不尽に世界の運命を背負わされているガクが苦しんでいるのは、前回の旅で何度も見てきたのだ。

「あ、あたし……」

「いいんだ。受け入れてる。それに俺たちのように種族として宿命を背負っていなくても、みんな様々な状況で生まれてくる。それと同じようなものだと思っているよ」

「そっかぁ。ガクさんは大人だなぁ〜どこかの王子とは違って」

「俺がなんだって?」

 腕を組んで見下ろすアルバートを見つけた瞬間、風は変な声をあげてガクの後ろに隠れた。背の高い彼の後ろから顔だけ出して王子に文句を飛ばす。

「何にも言ってないもん!」

「どうせまたおこちゃま〜とか言ってたんだろ。成長しない奴め」

「成長してるもん! アルバートの方が」

「生憎だが今日はお前と喧嘩しに来たんじゃないんだ。ユイナ、頼まれてたあれ、わかったぞ」

 王子は目の前でぴょんぴょん跳ねている風を華麗に無視すると結衣菜に紙束を手渡した。

「本当ですか! ありがとうございます……どれどれ……あれ、これってディクライットの国内ですか?」

「ぎりぎりディクライットだ。近くに砦があってジェダンの国境の警備をしてる場所に当たる」

 結衣菜が開いた地図の一部を王子が指し示し、双子が同じ動きで覗き込む。

「これ、何がわかったの?」

「さっき言ってたパリスレンドラー族の子たちが住んでる町だよ。実はアルバート様に頼んで調べてもらってたんだ。その子たちって、別の種族から生まれるでしょう? でもなんでパリスレンドラー族だってわかるのか気になって調べたら、生まれる前にお母さんがお告げを受けるらしいの。だからそういう噂を探したんだ」

「ユイナ、いつのまに王子様に頼み事をするような子に……」

「ユイナは俺の恩人だからな。少しは力になりたいし、これは自分で言い出したんだ。お前も王子なんだろ? なら俺と立場は一緒だ。遠慮する必要はない」

「いや、国があるのとないのとじゃだいぶ違うと思うんだけど……」

「そうか? まぁここにいる三人は俺のこと多分王子だと思ってないからな」

「ちょっとだけなら思ってるよ〜?」

「お前! 少し黙ってれば調子に乗って!」

 結局喧嘩を始めた二人はどこかに去っていく。その後ろ姿を見てガクはなんとも言えないため息をついた。

「いつもあんなんなのか?」

「うん、初めて見るとヒヤヒヤするよね」

「僕はこの一ヶ月半で心臓が何回も爆発したよ」

「はは、風みたいに元気な子が妹だと大変だ。そしたらまずはこのトーテって街に行くとするか」

「え、ガクはディクライットに残るんじゃ」

「うーん、姉さんもいるし本当はそうしたいんだけどね。やっぱりまだ慣れなくて。ティリスに守られっぱなしってのもなんかむずむずするし」

「それはとってもよくわかる」

「ね。それに、俺が戻されたのは代償を払い終わったからってだけじゃない気がなんとなくしてるんだ。精霊さんたちの動きも鈍いし、たまに声が聞こえない時もある。ユイナが前にこっちに飛ばされた時は世界の崩壊が近いからって言うのが理由だっただろ?」

「たしかに。私たちのように世界を移動する人間は観測者だってオリゾントの人達が言ってたよね。何かが起きる時呼ばれるって」

「そうだ。俺も精霊たちのことが気になるからパリスレンドラー族の人達とは話がしたい。だから着いて行ってもいいか?」

 銀髪の青年の目はいつになく真っ直ぐだ。彼は九年前なら俺は世界の理とは関係ない、関わりたくないと言っていた。当時のパリスレンドラー族のエリスを困らせていた彼とはもう違う。ガクの決意を感じた結衣菜は深く頷いた。そうしてまた、旅の仲間が増えたのだった。




 こじんまりとした部屋の中、青年の小さい声が響く。人を探していたユーフォルビアは、その部屋が気になって覗き込むと見知った顔の男が何かをしていた。

「ガクを見なかったか? ……エイン。何をしているんだ?」

「わ、ユフィさん。驚かさないでくださいよ」

 焦った様子の彼は手元に置いてあった何かを炎の魔法で包み込む。後に残ったのは炭と焦げた匂いだけ。

「今燃やしたのはなんだ?」

「なんでもないです。それより、ガクさんならさっき見ましたよ。食堂の方へ向かわれてました」

「……そうか。わかった、ありがとう」

 ユフィは部屋から出て行こうとすると思い出したように振り向く。その眼光はいつもよりも鋭い。

「もう一つ聞こう。お前、薔薇の魔女とは関係がないんだよな?」

「……はい。皆さんと同じ、魔女の予知の恩恵を受けた騎士団の一員です」

「……そうか。ならいい」

 ユフィは扉を閉めて去っていく。エインは炭になった残骸を握りつぶし、粉になったそれがパラパラと机に落ちる。なぞった指にシミがつく。

「……誰に咎められようとも、僕は僕が思う最善の策を試すだけです。先輩、僕を許して下さいね」

 彼はそのまま机に炭で魔法陣を描き、一人だけの部屋に魔法の詠唱が響く。それが魔法陣から漏れた炎に焼かれた痛みの嗚咽に変わっていくのを聞いた者は、誰もいなかった。

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