12.騎士団長ティリス

 ティリスの執務室に向かっていたユフィは、焦って駆けてきた新団員の声で城を飛び出した。

──『城下町に闇の魔物が現れた』。 

 城下町の門警備はエイン達の管轄だが、彼らが不在の時は代わりの者がいるはず。ならどうして町に魔物が。

 報告があった街門近くへと向かう道では住人達が城の方角へと駆けていた。逆走するのは騎士団員のみだ。住人誘導に徹する団員達を追い抜いて、先に進んでいく。

 街門を視界にとらえた時、小さな爆発が見えた。騎士団員の誰かが魔法を使っているのだろう。魔物との交戦に備えて両腰に装備していた二振りの剣を引き抜く。

 不意に真横から地面が隆起する。魔法攻撃だ。ユフィは地を蹴って飛び上がり回避したが、その先にいた魔物が体勢を崩す。その隙に魔物の体へと剣を突き刺した。

「エステル! 撃つなら目を開けろ!」

 魔法の発動主が嗜められていたがそんなことは気にしない、目の前の敵に集中するだけだ。それは真っ黒い体をしていて、体に剣が突き刺さったと言うのに全く怯まない。腕を切り落としたが、それでもなおその動きは鈍らず、ユフィは一歩退く。

「攻撃が効かないとは聞いていたがこんな感じだとは……」

 向かってくるその魔物をどうしようか考えあぐねていた時、目の前に紫色の閃光が走った。閃光だと思ったのはその者の動きがとても素早かったためで、次の瞬間、彼女はようやくティリスの姿を認識した。魔物の首は落ち、彼女はユフィの姿を見ると口を開く。流石にもう魔物は動かない。

「状況は?」

「私もまだ……だが闇の魔物が入り込んでいるらしい」

「なるほど。街門の周りを一周してきたのだけど、他からの侵入はなさそうだったわ。ひとまず食い止める!」

 そう言うと彼女は他の魔物へと向かって駆けて行った。先ほどティリスが斬った魔物は赤黒い泥のようなものになっており、その中に魔宝石が落ちていた。

「これは……」

 ユフィが回収しようとした瞬間、すぐ近くで炎が燃え上がった。それは闇の魔物を包み、焼いていく。

 炎が落ち着くと視界が開けた。そこには信じられない人物が立っていた。

 銀髪の青年。その目は紅に染まっているが、紛れもなくユフィが最も会いたいと願っていた相手だった。

 彼女が声をかける前にその場は動いた。騎士団員の一人が何故か闇の魔物を倒した彼に向かって駆け出したのだ。そしてその剣が振り下ろされる。

 反射的に動いていた。彼女が受け止めた剣にはかなりの力がかかっている。男は本気で青年を斬ろうとしていた。

「ね、えさん……!? ヴィティア!」

 庇われた青年は琥珀色に戻った瞳を驚きで見開いた。宝石のようなその煌めきはユフィと同じ色をしている。

 ヴィティアが駆け寄り、元の主人の肩に乗って頬擦りをする。しかし、感動の再会は男の声によって遮られた。

「そいつが闇の魔物を街に入れたんだ! クワィアンチャーの悪魔め!」

 男はユフィに防がれた剣を引こうとしない。その力を流した彼女のもう一つの剣が柄を薙ぎ、一歩引いた彼は再び彼女に斬りかかる。

「そいつの味方をするなんて、何をするんだ!」

「そっちこそ何をするんだ! この男は騎士団に協力して必死で戦っている!」

「しかし、そいつは……」

「くどい!」

 ユフィは勢いよく男の剣を弾き飛ばすと彼の首に剣をかける。それを見て銀髪の青年は叫び声を上げた。

「姉さん!」

「安心しろ。大丈夫だ」

「何が大丈夫だ! クワィアンチャーの悪魔と姉弟とはどういうことだ!」

「ああ、教えてやる!」

 剣を天に突き上げた彼女の瞳は血のように赤く染まっていた。その表情を見て男は腰を抜かして空を仰ぐ。

 空には突き上げた剣に集まるように暗雲が立ち込める。バリバリと不穏な音が鳴り、そしてそれは稲妻となって未だ交戦中の闇の魔物達の脳天に直撃した。

 彼女は続けて魔物達を炎で包み込む。燃え盛る火炎。その後には焦げた赤黒い物体が残り、嫌な匂いが辺りを包んだ。猛攻とその力の凄まじさに、戦いの相手を失った場の全員が彼女を見る。そして、ユーフォルビアは口を開いた。

「私の本当の名は、ユーフォルビア・フィリップス・フォン・キュレン。クワィアンチャー族の国、シェーンルグド王国の生き残りにして王族の末裔だ! そこにいるガイラルディアは我が弟。彼は国が滅びた後に生まれた罪なき者、そして闇の魔物の敵であり、私たちの味方だ! これまでの私とガイラルディアのこの場での振る舞いを見て、それを疑う者は敵と思え!」

 言い切った彼女の言葉を聞いて、周りの者は顔を見合わせる。その中にいたレリエが少し震えた声を絞り出した。

「で、でも、ユフィは髪の色が違うじゃない。クワィアンチャーは銀髪だって……」

「それは私が赤髪の呪われた子として生まれてきたからだ。精霊の声も聞こえるし力も借りれる。今までは力を使わずディクライット族と偽って生活していた。……騙すようなことをして、本当にすまないと思っている」

 俯いたユフィにレリエは口をつぐんだが、周りからは信じられない、やはり危険なのではという声や野次が飛び始めていた。そんな中、徐に皆の前に進み出る者がいた。

 アウステイゲン騎士団の若き団長は長い髪を揺らめかせてユーフォルビアの横に立った。そして何を思ったか、ユフィが持っていた剣の剣先を自分の首の横へと持ってくると、彼女をじっと見つめた。

「団長! 危ないです!」

「離れてください!」

 団員が心配する声を聞いても彼女は動かない。ティリスがいつも凪いでいる剣は地面に突き刺されていて、そこまではかなり距離がある。彼女は丸腰で何をしようというのだろうか。

「ティリス、何を……」

「団長!」

 痺れを切らした団員が今にも飛び出そうとしたその時、ユフィはティリスの輝くエメラルド色の瞳と目があった。彼女の意図を理解すると首にかけられた刃を下ろす。ユーフォルビアの長いため息があたりに響いた。

「全く、そういうのは私以外にはやらないでくれよ? 心臓が凍るかと思った」

「あら、信用してなきゃしないわ」

 首を傾げたティリスは微笑む。こういう時の彼女は自分の信じた事を貫くことに関して、酷く頑固だ。しかし団長という身分で危ない賭けをするのはやめてほしい。そうでなくても友人が自ら危険に身を晒すのを見るのは好ましくない。そう思いながらユフィは彼女が口を開くのを待った。

「皆、これで分かったでしょう? この二人がもし私たちを害する者なら、とっくに私の首は落ちているわ」

「しかし団長……。我々を信用させて後で本性を表すつもりでは?」

「そうです、クワィアンチャーの者を置いておくのは危険です!」

 周りの騎士団員を突き動かすのは教え込まれた差別意識か、異質なる者への嫌悪か。その声を浴びながらティリスはゆっくりと移動する。そして自らの剣を手に取ると、彼らに向き直った。

「まだ理解できないのなら教えましょう。この九年間、ユフィは私たち騎士団と共に数々の任務をこなし、日常を共にしてきました。任務を共にした者も多いでしょう。その日々の中、わたしたちを害することができる機会などいくらでもあった。それが何を意味するのかわかりませんか?」

 彼女は剣を鞘に収めたが、その手は柄から離れてはいない。それでも尚、口を開きかけた団員に投げかけた彼女の視線は今まで見たことがないほど冷たかった。

──凍りつくほどの殺気。

 その瞬間、全員が理解した。今彼女はものすごく怒っているのだ。彼女が発した殺気は一度でも戦闘を経験したことがある者なら感じることができるものだ。

 彼女は普段温厚で、怒った姿は親しいものでも滅多に見ない。そんな団長を目の当たりにして、さらに言葉を続けられるような団員は一人もいなかった。

「もちろん、彼女や彼がもし不穏な動きをしたり、我が国に害を為す者だと判断したら私はこの国の騎士団長としての責務を全うします。ですが今は違う。我が国は現状、ジェダンの方々の難民も多く受け入れている状態です。その人たちに同じ目を向けますか? 彼らの国が昔したことは許されないこと。しかし種族は違えど同じ人間です。もし彼らを不当な考えで差別し、話を聞かずに排除しようというのなら、私が今ここで相手になりましょう」

 彼らの前に立つは剣聖、そして自分達の最も上に立つ騎士団長だ。静まり返ったその場からはついに誰かが手を挙げることはなく、騎士団の面々は俯いている。その姿を見たティリスは小さなため息を吐いた。

「今日のことは団員全体で周知してください。……事後処理は任せます。報告がある者はヴァリアまで。彼ら二人について何かある場合は直接私まで」

 そうして彼らはようやく凍りついた空気から解放され、騎士団業務に戻ることとなったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る