11.ミアー
真っ暗な闇の中、声だけが響く。
「いらない」
違う。
「不必要なもの」
違う。
「災いを呼ぶ悪魔の子」
違う……。
「出て行け」
違う!
どんなに否定しても声は追ってくる。これは夢だ、いつもの悪夢だ。ユーフォルビアは燃え盛る炎のように真っ赤な髪を振り乱して闇の中を走っていく。
走り着いた先には、少年がいた。星屑の色を滑らかにうねらせた髪は肩のあたりで綺麗に切り揃えられている。琥珀色の瞳を持った彼に向かってユーフォルビアは叫ぶ。
「おまえだ、お前のせいだ。お前のせいで両親は! お前のせいで私は一人なんだ!」
少年の細い首に手をかけた。今にも折れてしまいそうなそれに力を込めると、彼の美しい顔は苦痛に歪んでゆく。
そしてそれはみるみるうちに今にも消えてしまいそうな儚い青年へと成長していった。ユーフォルビアがかけた手を押さえて彼の薄い唇が開く。そしてそれは呪詛を吐いた。
「お前のせいだ。お前のせいで俺は長い時を失った」
「違う」
「違わない。お前のせいで俺は犠牲になった」
「違う、私は……」
手を下ろしてユーフォルビアは首を振った。否定の言葉は彼には届かない。
──幸せになることが許されると思うな。
「違う、私は!!」
自分が叫んだ声で目が覚めた。冷や汗が額を伝い、ベットにシミを残す。
この夢を見るのは何度目だろうか。九年前、唯一の肉親である弟を失ってから彼女はずっとこの呪いに苦しんでいた。
顔を洗い、着慣れた制服に腕を通して部屋を出て行こうとしたユフィの背中に飛びつくものがいた。
「がぅ!」
「ああヴィティアか。おはよう」
小さな翼が生えた猫の魔物は亡くした弟が置いていった形見のようなものだ。彼を肩に乗せてようやく部屋の扉をくぐる。
これが彼女にとっての日常の始まりである。
ユーフォルビア・フィリップスはアウステイゲン騎士団の一員だ。けれど、彼女の生い立ちは他の団員とは大きな違いがあった。
『ミアー』──不必要なもの。そんな名前をつけて捨てられた。彼女は今は亡きシェーンルグド王国の王太子夫妻の元に生まれた王女だった。
『精霊の寵愛を受けしクワィアンチャー族の者は必ず星屑色の髪を持って生まれてくる』。銀髪の人間しかいないその国で、炎のような赤い髪で生まれた彼女は呪われた子として扱われたのだ。
それからは孤独な人生を送った。銀髪の種族の王太子夫妻が捨てられた赤髪の女の子、ミアーを探している。その噂に縋って両親を探していた彼女はついにそれを見つけたが、そこには二人の間で幸せそうに笑う銀髪の子供の姿があった。
彼のせいでユーフォルビアの居場所は奪われた。そして彼を守ろうとした両親は、娘に会うことなくその命を散らしたのだ。
そうしてユーフォルビアはガクを憎んだ。愛されなければ、全て滅んでしまえばいいと画策し、そして失敗した。彼はずっと探していた姉だと、あなたの居場所はずっと空けてあったのだと、言ってくれたのだ。
しかし犯した罪に対する罰は必ず与えられるものだ。彼らが二人で幸せに暮らすことは叶わなかった。ユーフォルビアが弟を巻き込んで滅ぼそうとした世界の崩壊はすぐそこへと迫っていたのだ。
──そうして彼女の唯一の肉親は、世界のバランスを取る使命を背負って生まれてきた御子たちと共に犠牲になった。
そのことをずっと後悔していた。朝目が覚めるたびにそのことを突きつけられる。自分が彼らの犠牲の代わりになることができれば。そう提案した時にはもう後の祭りだった。彼は彼女にこの世界を見守っていてほしいと告げて、去っていったのだ。
「ユフィ。大丈夫かい?」
穏やかな声で我に帰るとそこには背の高い男が立っていた。彼は大きな荷物を下ろすと、短いため息を漏らす。
「ああ、すまないヴァリア。呆けていた」
「いつもよりも長めに、ね。雪送りの儀も近いのにそんなことで大丈夫かい? 何かあったのなら聞くけど」
彼のその物言いもいつものことだ。ユフィが騎士団に入った頃にはもう結婚していた彼は愛妻家として有名だ。子供との仲も良好らしい。
そんな彼は出会った時からずっと自分の様子を心配してくれている。それはティリスに頼まれてか、彼の生来の性格か。
「そうだな。しかし、闇の魔物の脅威が消えないこんな状況で儀式なんてできるのか? お前も本当は家族を城に呼び寄せたいぐらいだろう」
「はは、本音を言うとそうなるね。闇の魔物は脅威だ。でも城下も騎士団が守る一つで、私たちは自分の家族だけではなく町に住む全ての人を守るのが仕事だ。だから私は仕事を優先すればいい。そうすれば家族も守れる。だろう?」
「ふむ……お前はいつでも騎士団員だな。私に家族がいたらそんな振る舞いができるかな。私も雪送りの儀の準備でティリスに呼ばれていたからもういくよ。ありがとうヴァリア」
「ああ。あ、そうだ。昨日の夜、レリエたちが急に城下を飛び出して行ったらしい。アシッド村の方向で何かあったみたいだよ。彼らが戻ってきたら忙しくなるかも」
「へー、他には誰が?」
「エインとアメリア、後は居合わせた新人らしい。名前は……なんと言ったかな、忘れてしまったが」
「あいつら大事な時期なのに周辺警備ばっかりで大変だな。わかった、頭に入れておく」
ユフィが手を上げていなくなったのを見るとヴァリアは荷物を開け始める。
「ほんと、大事な時期なのにな」
何年も共に過ごしてきた仕事仲間の二人はついこの間婚姻の約束をしたばかりだ。落ち着いてその準備をすることもできない不憫な彼らを思って、ヴァリアはまた小さなため息をついたのだった。
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