10.魔女の影

 明け方、皆はディクライットへの移動に備えて体を休めていた。

 静まり返った村の中に一筋、アメリアの悲鳴が響き渡る。それを聞きつけたエインはバッシュを拘束していた小屋へと駆けつけたが、そこには青い顔をしたアメリアが立っていた。

「傷の様子を見ようと思って……でも……」

 アメリアの横に立ったエインは恐る恐る扉を開き、そして固まった。

「これは……」

「エインさん、何かあったのー?」

 彼に後ろから声をかけたのは風だった。三人で散歩でもしていたのだろう。チュンとチャチャも一緒にいて、彼女らはエインが開けていた小屋の中を覗こうと身を乗り出した。

「見ないでください!」

 勢いよく扉を閉めた彼の顔面は蒼白していた。普段声を荒げることなどないエインの怒声に、三人の少女たちは肩をすくませ、互いに顔を見合わせる。

「すみません。……これは、あなたたちは見なくていいものです。レリエさんとオリヴァーを、呼んできてもらえますか」

「わ、わかった……」

 絞り出すように少女たちに言葉を告げた彼はまだ落ち着いていないようだった。風は見たことのない彼の表情に鬼気迫るものを感じて、追われるように他二人の騎士団員を呼びに行ったのだった。




「それで、オリヴァーはどう思う?」

 ついこの間養成学校を卒業したばかりの青年は、はるかに上官の魔導部隊長の質問にうーんと唸った。

 ──『先ほどの戦闘で闇の魔物を指揮していた男が、何者かに殺された』。

 そんな情報が入ったのは半刻ほど前のことだ。城へと連れて帰って闇の魔物の情報を得るはずだった彼は、拘束していた小屋の中で血まみれになって息絶えていたのだ。二人はその犯人について話していた。

「そうですね、俺は……」

 犯人には二つの候補があった。一つは闇の魔物の情報が漏れるのを恐れた薔薇の魔女。そしてもう一つは今この場にいる誰か。理由は恐怖に駆られてか、村を壊されたことによる怒りか。

「俺は村人の一人だと思います。薔薇の魔女ってあの、未来が見えるって言って騎士団に協力してくれてたって言う魔女ですよね? そんな魔法に秀でている人がやったにしては変な気がするんです。怒りに任せたような刺し傷だった」

「そうね、私もそう思う。情報が漏れるのを魔女が恐れるならきっと私たち全員を殺しにきてるし。それに、村人の中で一人、姿が見えない人がいるのよね」

「誰ですか?」

 レリエが口を開こうとした時、遠くからエインとアメリアの声が聞こえてきた。

「氷漬けにした闇の魔物を見に行ったのだけど変なの。一匹も残ってない」

「ユイナさんは魔法を解いてないって言っていたし、一部は氷が残ってました。ただ、溶けた跡があったので炎の魔法か何かを使って魔女が回収した可能性が高いです」

 その言葉を聞いてレリエとオリヴァーは顔を見合わせる。

「待って、それならあの男を殺したのは? 魔女の仕業ではなさそうだったわ」

「ですよね……。そうだ、レリエ様。さっき言ってた居ない人って誰ですか?」

「村長よ。スピィエンって言ったかしら。戦闘が落ち着いてしばらくして、みんなが寝静まる前に動きを整理しておこうと思って話に行ったら居なかったの。私も少し探したけど……多分もう戻ってこないと思う」

 レリエの言葉に三人は頷き、エインは口を開く。

「バッシュを殺したのが村長さんなら、動機は十分ですね。村をこんなにされたのなら相当な恨みがあるでしょう」

「でもだとしたら魔女は闇の魔物だけ回収してバッシュは放置ってこと? 変よね。」

「うーん、でも村長さんは魔法が使えないはずですし闇の魔物を足止めした場所は作戦に関わった人間しか知らないはずなので、方法が……それに彼の益になる理由もありませんし、魔物は魔女でしょう」

 エインの言葉に周りの三人は頷く。オリヴァーは手を組み、ブツブツと自分の考えを漏らす。

「じゃあ魔女があの男も殺そうと思ってたけどもう殺されてたからなにもしてない……とか、いや、こじつけすぎか……」

「その考えだとまだ彼の死を知らず、バッシュに近づく機会を窺っているという線もありますね。どれが真実だとしてもここに止まるのは危険なのは間違い無いです。早めにここを立ちましょう。もう日も登ってきました」

 うーん、と唸った騎士団員たち。結論が出ない彼らの姿を朝日が照らしていく。

 はっきりとしない状況と魔女の影に嫌な予感を覚えながら彼らはバッシュを埋葬した。そうしてようやく、村人たちはディクライットの街へと移動を始めたのだった。

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