8.援軍
紫色の電光。結衣菜達を囲んでいたバッシュと魔物達はその衝撃で吹き飛ばされる。
「大丈夫ですか!」
その隙に彼らの元へと駆けつけたのはディクライットにいるはずのエインだった。
「エインくん、どうして!」
「それは……」
エインの後ろから顔を出したのは行方を心配していた風だった。彼女は満面の笑みでガッツポーズをしている。
「へへーん! ヒーローは遅れてやってく……あ、ヒロインか! ……って、ゆ、結衣菜ちゃん!?」
思わず抱きしめていた結衣菜は何が何やらという風を見つめ、そしてもう一度強く抱きしめた。
「何かあったらって私……風、こんなこともう二度としないで」
「結衣菜ちゃん……ごめん。でもあたし、アンの力になりたかったんだ。アンがどんなに妹ちゃんのことを大事にしてるか聞いちゃったから」
でも……と続けそうになった結衣菜にエインの声がかかる。
「説教なら後でいくらでもできます、まずは状況を説明してください!」
「バッシュっていう猫みたいな男の人が魔物達を操ってる! 私たちを生捕りにしろって!」
「そんなことができ……いや、わかりました、もう少しだけ堪えてください!」
結衣菜達が話している間にも弾き飛ばされた魔物達は再び彼らを襲い始めていた。バッシュはまだ倒れているようだがいずれにせよ戦況は変わらない。
エインが電撃を帯びた剣で一閃しても、チッタが狼の姿で噛みついても魔物は何度でも立ち上がる。戦い慣れてないアンには疲労の表情が見え、攻撃の速度も下がっている。疲れを知らない魔物相手ではこちらが力尽きるのは時間の問題だ。
不意にアンが振るっていた剣が弾き飛ばされた。魔物の爪に切り裂かれそうになったアンを庇ったのは、他でもないスピィエンだった。アンの悲鳴が魔物達を刺激して、その攻撃は激しさを増した。血塗れになったスピィエンはかすかに生きているようだが声かけへの応答はなく、アンは完全に戦意を喪失している。
立っているのはエインとチッタと結衣菜。結衣菜の体力ももう限界に近く、チッタとエインも所々怪我をしていた。そして覚えのある一閃が前衛の二人に襲いかかる。
美しい刀身を携えた刀。それを扱うのは紛れもなくバルバローシュと名乗った男で、彼の耳はイカ状に畳まれ、尻尾は膨らんでいる。表情を見るまでもなくその怒りは明らかだった。
先ほどエインに弾き飛ばされたのがよほど頭にきているのか、バッシュは彼に狙いを定めている。エインの電光が迸り、彼の刀の筋を止めた。怒りに染まったバッシュの表情が電撃で紫色に輝く。
「自らを大国と勘違いした愚か者共が!」
「そんな失礼なことを言われるのは初めてですね! 僕はアウステイゲン騎士団のエイン・メルヴィル! 我が国ディクライットの名誉にかけて、貴方の目論みは止めさせていただきます!」
エインは力を込めてその刀を薙ぐ。弾き飛ばされた刀を即座に諦めた男は白い煙に包まれて大きな猫に変身する。その爪の一振りをエインは剣で受け止めるが、獣の一撃と人間の一撃とでは重さが違う。エインの首筋に汗が滲んだ。
チッタと結衣菜は他の魔物を牽制するので精一杯だった。全滅。その言葉が脳裏をよぎった。その時。
「エーフビィ・アイジィ」
呟き。小さな詠唱。しかしそれは冷酷な氷となって女の手から漏れ出る。レリエの瞳の色と同じ氷はあっという間に魔物達を凍らせた。
詠唱を聞いていたバッシュは難を逃れたがその後ろから鋭い剣が襲いかかる。斬りかかったのはオレンジ色の髪を切り揃えた少年だ。
「ふん、こんなに大きな猫の魔物とは、初めて見たな」
「俺は魔物ではない、人間だ! このクソガキ!」
「ちょっとオリヴァー! あんまり挑発しないで、後方支援は私一人しかいないの!」
少年にバッシュの相手を代わってもらったエインを支えたのはアメリアだった。彼女は少年に叫ぶとエインの傷を癒し、続いて結衣菜の前に防御魔法をかけた。
「家を囲んで防御結界を貼るわ。もう一人でいいから魔法を使える人はいる?」
「もう一人……悠ぐらいしか……でも」
「ユウなら大丈夫。食い止めるから呼んできて!」
アメリアの言葉に結衣菜は頷いて動き出した。戦意を喪失したアンと協力して怪我をしたスピィエンを家に運び込むと悠の名を呼ぶ。
「結衣菜ちゃん! 外は……」
「騎士団の人たちがきたの。家の周りに防御結界を張るから手を貸して欲しいって……でも、怖かったら無理をしなくても……」
不安そうな顔をした悠は周りの村人たちを一瞥すると何かを振り切るように首を振った。そして口を開く。
「大丈夫。僕が頑張ってこの人たちを守れるなら。……何をすればいい?」
「悠……ありがとう」
そうして結衣菜たちは再び魔物ひしめく家の外へと足を踏み出したのだった。
五角形の魔法陣。それは空に魔法の水で描かれたものだ。魔導部隊長であるレリエは激しい風で魔物たちを吹き飛ばすと易々とそれをやってのけた。
「今よ! さっき言った場所に立って!」
レリエの指示に従って結衣菜と悠、エインとアメリアは陣を組む。そして皆目を閉じて想像する。村長の家を囲む防壁を。
アメリアが掛け声を発した。それと同時に彼らは空中に描かれた魔法陣へと向けて魔力を放出する。彼らの魔力は糸となって紡がれ防壁を編んでいく。
五人の扱う魔力を使って編み上げた壁は強固で、魔物たちはこちらを認識できているが中に入ることはできない。バッシュが魔法をぶつけてもそれは綻びを見せず、しばらくすると彼らは連なって村を囲む森の中へと消えていった。
レリエがもう魔力を注がなくていいと言ってすぐ、その場にへたり込んだのは悠だった。
「お、終わったの? ……怖かった……」
「まだ油断できないわ。……でもよく頑張ったわね、ユウ。ありがとう」
彼に手を差し出したのはアメリアで、悠はその手をとって立ち上がる。少し赤らんだ彼の頬は礼を言われた恥ずかしさのせいか。ちょっとだけ居心地の悪さを感じて悠は顔を背けた。それを見て微笑んだアメリアが続ける。
「私たちはまだやることがあるわ。ユウ、一緒に怪我人の手当てをしてくれる?」
頷いた彼と一緒にアメリアは怪我人を連れ部屋の中へと入っていった。養成学校を卒業したばかりの新兵だというオリヴァーが森の外を眺めて呟く。
「まだ森にいますね。これでは外に出られそうもない」
「何か方法を考えないとですね。レリエさんの魔力もいつまでも持つわけじゃありません」
「おそらくそれを待っているのでしょう。戦いが長引けが長引くほど、俺たちはどんどん不利になっていきます。エイン先輩、どうしますか」
エインはうーんと呻くと首を捻る。周りの皆も方法を考え始めた矢先、大きな音と共に家の扉が開いた。扉をくぐったのはアンで、彼は出てくるなり口を開いた。
「俺に考えがある」
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