7.奇襲
「結衣菜ちゃん、これで合ってるのかな」
悠は自分がかけた魔物除けの結界を見て首を傾げる。夜を過ごすということはいつ魔物に襲われてもおかしくないということだ。結衣菜と二人で協力して張ったそれはどうにか村人達が活動する場所は賄えたようだった。
「うん。多分大丈夫だと思う。悠があの本持ってて助かったよ」
「いや、ティリスさんが持ってけっていうから……ほんと感謝しないとだよね」
そう言って悠は分厚い本を手にする。表紙には"魔物と対抗策"と書かれていて、それはさまざまな魔物に対する戦い方が書かれているものだ。元は王立図書館の在庫だが、ティリスは悠が読んでいるのを見かけるとなんと部下に頼んで写本を作ってくれたのだ。ありがたくもらう以外の選択肢はない。
その中では基本対抗策の一つとして広範囲の魔物除けについて書かれていた。城下町には大きな壁があるし、騎士団では術者の周りの数人単位での魔物除けしかつけない為なかなか使わない方法らしい。そんな理由でこの本は図書館の奥底に眠っていた。しかし今回のような大人数を魔物の目から隠すにはうってつけの方法である。
魔力の根源である魔宝石を中心に、範囲を指定する石を置いていく。術者がそれに呪文を唱えて魔力をこめていくことでその範囲が魔物からは見えなくなるのだ。
「これで一安心だよ。とは言えディクライットまでの道でも魔物はいたから心配だね……」
結衣菜は今いる面々を見て頭を悩ませる。
双子は戦わせたくないし、戦えたとしても一ヶ月少しだけ戦い方を学んだだけだ。村人たちも皆怪我をしていてガクはそれを治して回っているがそのおかげで体力を消耗している。
今まともに戦力になるのはチッタと自分だけで、その二人でこれだけの数の人を守れるのか、それがとても不安だった。
「ところで悠、風は?」
「あー……えっとー……」
結衣菜の言葉に悠は目を逸らす。嫌な予感がして結衣菜が隣にいたアンに目を向けると彼は首を横に振った。
「ごめん、俺たちじゃフウちゃんを止められなくて……」
「どういうこと?」
結衣菜の言葉には怒気が含まれていた。二人の少年は顔を見合わせると白状する。
二人の話ではフウは結衣菜達が緑地へと向かってすぐ、馬に乗ってディクライットの街へと向かってしまったそうだ。なんの理由があってそうしたのかはわからない。しかし二人は馬に乗れないしあまりに勢いが良すぎた風を追いかけるのは難しかったそうで、悠はかなり落ち込んでいた。しかし魔物が闊歩している中を二人で風を探しにいくよりかは結衣菜達たちを待った方がいいということになったのだという。
今すぐでも風を探しにいこうと結衣菜が口を開きかけたその時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「あー、なるほどねぇ。そういうことか」
振り返ると洞窟の中で出会った男が焚き火に手をかざしていた。急に現れた訪問者に気づいているのはまだ結衣菜だけだ。
「あなたは洞窟の……一体誰?」
「あー、それはなぁ。教えるか迷うなぁ」
男は不敵な笑みを浮かべた。その不気味さに結衣菜が一歩引いた瞬間、後ろからアンが叫んだ。
「ユイナさん! そいつ魔女と一緒にいたやつだ! みんなが連れて行かれた後話してた!」
「なっ…!」
アンの言葉を聞いて男はやれやれというように手を振る。そして次の瞬間には刀を抜いていた。
「ばれちゃあ仕方ねえな。こっちも仕事があるんだ。俺はバルバローシュ。バッシュとでも呼んでくれよな!」
名乗った男は焚き火の近くに設置していた魔宝石をその刀で貫いた。砕けた魔宝石から魔力が拡散する。
「えっうそ……エーフビィ・メラフ!」
結衣菜が放った炎の魔法は男には届かなかった。軽々と避けたその姿はさながら猫のようだ。彼のピンと張った耳が少し揺れる。
「ユイナ! やばい!」
別の所から聞こえたのはチッタの声だ。見ると自分達がいる場所は魔物に囲まれていた。洞窟にいた闇の魔物に似ているが同じかはわからない。チッタが交戦しているところにバッシュが割り込んで斬りかかる。
「魔物除けも認識されちゃえば意味がないってね!」
「お前!」
二人の交戦は続いていて、魔物達はゆっくりと包囲網を狭めてきている。人を襲うような目立った動きはないがどうやらバッシュの指示に従っているようだった。
村長の家に逃げ行った。戦えそうなものは外に残りどうするべきかと考えあぐねている。と、その瞬間、バッシュが口を開いた。
「我は指導者、闇の王の意志を告げるものなり! 闇より出でし悪しきものよ、目の前の人間を全て生捕りにしろ。殺さなければいくら傷つけても構わぬ!」
その言葉で全てが始まった。それまで歩くのみだった魔物が鋭い爪で村人達に襲い掛かる。村人達はそれぞれ武器を持って応戦しているが、数が多く、捌ききれていない。
「っ……エーフビィ・メラフ!」
結衣菜が繰り出した炎の魔法は魔物にぶつかった。それは燃え上がって魔物の腕を落としたが動きを止める様子はない。
「そんなっ!」
魔物の鋭い爪がこちらに向かっていた。やられる。そう思って結衣菜は目を瞑った。しかし乾いた金属音がその目を開かせる。
視界に入るのは少年の姿。アンが剣を携えて結衣菜と魔物の間に割り込んでいた。
「ユイナさんは後ろの方がいい! みんなの援護をお願い!」
結衣菜は頷くとアンに襲い掛かろうとしているもう一匹の魔物の前に氷の魔法で壁を作った。似たような形で村人達のことも援護していく。
負傷者は増える一方だった。生捕りという命令のためか死者は出ていないが、戦えるものは一人また一人と減っていく。そしてついに村長の家の前を守るのはスピィエン、アン、チッタ、ガク、結衣菜の五人だけになってしまった。
対する魔物の数は全く減っていなかった。明らかに不利なその状況の中、精霊に話しかけようとしたガクが頭を押さえて倒れ込んだ。それに気を取られたチッタに向かってバッシュの刀が振り下ろされる。
「チッタ、危ない!」
とっさに結衣菜が伸ばした腕は届かない。間に合わない。と、その時、雷鳴が轟いた──。
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