3.シュピレゲイ緑地
ようやくお互いの状況を把握した頃には、チッタは大きないびきをかいて寝ていた。アンが目覚めてしまわないか心配になる。
「そうか、ティリスは騎士団長に……」
「うん、だから城下は比較的安全だよ。でも村の人たちが心配だよね……戻るのにも時間がかかるし。その間にもし何かあったら……」
「ねえ、あたしたちで助けに行くってのはどう?」
頭を抱える結衣菜に口を開いたのは風だった。結衣菜と共に異世界に来てしまったという少女はどちらかと言うとこの世界を楽しんでいるようだった。
「何言ってるんだよ風、危ないだろ!」
「オレもフウに賛成! 目の前で困っている人がいるのに、助けないなんておかしいだろ?」
片割れの暴走を止めようとした悠に別の意見をぶつけたのはいつのまにか目を覚ましていたチッタだ。それを見てガクは半ばため息のような呆れたような、しかし落胆を伴わない複雑な息を漏らした。
「チッタは何も変わってないんだな。安心するよ」
「ええー!! オレは結構変わったぜ! ほら、背伸びた!」
「そういう意味じゃなくてなぁ」
目の前でぴょんぴょん飛び跳ねるチッタをみてガクは微笑む。結衣菜もなんだか九年前に戻ったみたいだなぁと懐かしい気持ちで二人を見ていた。
「とにかく、そういうことなら決まりじゃない? みんなで村の人たちを助けに行こうよ!」
「ほ、ほんとに?」
それまで聞かなかった声を耳にして、一同は振り向く。そこにはアンが立っていた。
「アンくん! 目が覚めたんだね、少し落ち着いた?」
「あれ、もしかしてガク兄と一緒にチャチャを助けてくれた……」
「そうだぜ、久しぶりだな!」
「よかった……。そうだ、俺、思い出したことがあったんだ。魔物たちの中に薔薇の魔女がいたこと……」
「薔薇の魔女?」
「うん、昔この村が魔物に襲われたのもその魔女のせいなんだって。だから見つからないように隠れてたんだけど、その時聞いたんだ。"シュピレゲイのマコツコにはまだ入る、全員連れて行け"って」
聞きなれない響きで皆が首を傾げる中、悠が何か思いついたように口を開いた。
「シュピレゲイって、目玉焼き緑地って呼ばれてるとこだよね?」
「うん、多分そうだと思う。俺は行ったことないんだけど……」
アンの返答を聞いて悠は頷き、そして持っていた地図を机の上に開いた。アシッド村があるところを指で指し示す。
「ここが今いるアシッド。で、こっちがシュピレゲイ緑地。ここがそのマコツコって場所なら、もしかしたら……」
「なるほどな! ここに行けば村の人たちがいるかもってことか! それなら早く行こうぜ!」
「そうしよ! 早くしないと大変なことになっちゃうかもしれないし!」
「おう!」
道筋が見えて勢い付いたチッタと風は立ち上がり、今にも部屋から出ていきそうだ。それを見て結衣菜は二人の前に慌てて飛び出した。
「ちょ、ちょっと待って! 助けに行くのはいいよ。私も村の人たちのことは心配だし……でも、子供たちはここで待っててもらう」
「ええ! ちょっと、結衣菜ちゃん!」
風は驚いたが他の二人の子供はそうではないようだった。悠は呆れた顔をしている。
「風、結衣菜ちゃんがいうことはもっともだよ。僕らが行ったって力になれることがあるとは思えない。むしろ足を引っ張るだけだと思う」
「でも……」
「そういうこと。魔物がたくさんいるのがわかっているところに行くの。演習とはまったく違う。悠も風も戦い方を少し学んだだけで、まだ一回も実戦はしてないでしょ? あまりにも危険なの」
「でも、結衣菜ちゃん」
「風」
風を見つめた結衣菜の目は大人のそれだった。かつてこの世界に来た時味わったような恐怖は、なるべく味合わせたくないのだ。彼女たちはまだ、普通の子供だ。叶うことなら元の世界に戻るまでそのままでいてほしい。
「わかった。残るよ」
やっと首を縦に振った風を見て頷くと結衣菜はアンが持っていた魔物除けを依代にして今いる家全体に魔物除けをかけた。
絶対に家から出ないように。子供たちにそう告げたかつての少年達は、ここからそう遠くないシュピレゲイ緑地へ向かって出発したのだった。
「こうやって三人で歩いてるとあの頃に戻ったみたいだな」
「あはは、そうだね。もう会えないと思ってたから、嬉しい」
「俺も知り合いに会えてよかったよ」
結衣菜とガクが談笑する中、チッタは狼姿になったり戻ったりして走り回っている。こういうところも九年前と何も変わらない。以前よりひと回りもふた周りも大きくなった彼の金色の毛並みが太陽の光を反射してキラキラしている。
「私もああやって走れたらなぁ」
「変身する魔法ってないのか? ほら、前に見たことあるだろ。あの時は別人に変身だったけど」
「ああー、できるのかなぁ。今度試してみよ。あれ? なんだろ?」
結衣菜は丘を超えた時に不意に出てきた不思議な石をみて首を傾げる。滑らかな曲線を描いた巨大な石は真ん中が繰り抜かれたように穴が空いていて、不自然に並び立っているのだ。
「これなに!」
チッタは穴をくぐり抜けて遊んでいる。結衣菜は石に近づくと触ったり覗いたりしたが、別段普通の石と変わったところはないようで、首を傾げる。
陽はもう落ちかけていた。斜陽が石の穴に差し込み、光り輝く。それを見て結衣菜は目を丸くした。
「あ……」
「これが目玉焼き緑地って呼ばれる所以だね。こんなの、なんで作ったんだろう」
差し込んだ陽で目玉焼きのように見える石をみて眩しそうに目を細めながらガクが言う。相変わらずチッタは楽しそうだが、疑問が残る。
「着いたのはいいけど、村の人たちはいなさそうだね……」
「そうだな……"マコツコ"ってなんなんだろう」
二人が考え込みそうになった時、遠くの石の近くからチッタがおい! と叫んだ。
「ここなんかあるぞ!」
彼らが覗きに行くと石の下に何か紋章のようなものが描かれていた。その下に文字が書かれているが、結衣菜は読めずに首を傾げる。
「あ……これ、古クワィアンチャー語だ。待ってね。……んーと、掠れてるところもあるけど、石全部の穴に同時に魔法を通すと、何かが現れるらしい」
ガクはかつてこの世界に分たれていた言葉を翻訳する。彼は家に伝わるその太古の言葉を両親から受け継いでいるのだ。所々見えないところを省略して大まかな意味を伝えると、チッタが口を開いた。
「じゃあ魔法出せばいいんだな! エーフビィ・メラフ!」
「え、チッタ魔法使えたの!? じゃないエーフビィ・メラフ!」
チッタが一つの輪に炎を通したのを見て、結衣菜は慌ててそれに追従する。彼女が他の全てに炎を通すと、それに呼応するように地響きが発生した。
体制を崩したチッタを結衣菜が支え、地響きが収まるのを待っている。先ほど文字が書かれていた石の下の地面がみるみるうちに隆起していく。そこに現れたのはポッカリ開いた洞窟だった。
「こ、これ……」
「"マコツコ"ってやつだろうな……」
「よし! 行くぞ!」
彼ら二人はチッタの止め方を知らない。止めても聞かなそうな彼を追いかけるように、結衣菜とガクもその洞窟の中へと足を踏み入れていったのだった。
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