13.変化

 次の日、バルコニーではなく演練場へ現れた王子を見て、周りの皆は騒然としていた。彼が現れたことはもちろん、その姿に皆驚いていたのだ。風が明日は演練場で大丈夫と自信たっぷりにいうのでその通りにしたが、一体彼女は昨日彼と何を話したのかと結衣菜は心配になった。

「アルバート! 何してんの!?」

「なにって……訓練しにきただけだが」

「違うって! 髪、髪!」

「ああ、切った」

「何で!?」

 風の指摘通り彼の長かった髪は短く切られていた。前髪は切ったとはいえ少し長いが元々癖毛を活かした長い髪だったため、よく映えている。服も長いマントではなく動きやすい訓練着に着替えてきていた。これまでの彼からは大分見違えたもので、見た目だけでは騎士団の一員と言われてもなにも違和感がなかった。

「どっかの馬鹿は髪を切った方が気合が入る〜っとか言いそうだなって思ってな」

「へぇ〜王子も人の言葉参考にするんだ〜ってその馬鹿ってあたし!? 馬鹿っていう方がば」

 案の定悠に止められた風はモゴモゴ言いながら暴れている。明らかに困った顔をした悠は助けを求めて結衣菜に視線を投げかけている。

「あ、はは……殿下、短い髪もお似合いです」

「それはもういい。さっさと始めるぞ。俺は今日時間がないんだ」

「どゆこと?」

 首を傾げた風を一瞥すると彼は小声で答えた。

「……騎士団の座学の授業に同席するんだよ。あと二刻しかない」

「わ、そっか! じゃあ早く始めないと! 結衣菜ちゃん早く早く!」

「……今日は対人戦です。私に一撃当てられたら終わりで、まずは時間の都合があるアルバート様から。そのあとに悠ね。風は……」

「面白そうだからあたし見学してる!」

 そう言って風は悠を引っ張って近くにいた学生が張った魔防壁の外へと出た。王子がんばれーという彼女の声が防壁の中では少しくぐもって聞こえる。王子は結衣菜の正面に少し距離をとって立つと、姿勢を正した。

「こっちからでいいんだよな?」

「ええ、私も防御させてもらいますが。よろしくお願いします」

 結衣菜の言葉に頷いてアルバートは目を閉じる。

 人の背の高さほどの水の塊を想像する。それが自らの手から現れ、離れ、そして結衣菜にぶつかる様を。

「エーフビィ・ヴァッサー!」

 緊張はなかった。姿を変えたところで自分の中の何かが変わるわけではない。しかし、昨日の風との対話で、自分の気にしていることが心底馬鹿らしくなったのだ。だから、それはいとも容易く現出した。

 先ほどの想像より少し大きな水の塊がアルバートの手から生み出されていく。訓練の手を止めて見物していた者たちがなにやら騒いでいるようだが、くぐもっていてよく聞こえない。集中力を切らさないように彼は塊の大きさを調節し、そして向かいに立つ結衣菜へと力を放った。

 結衣菜が微笑む。何で笑っているのかは彼にはわかっていた。彼女はこうやってこの場で自分が努力しようとすることを望んでいたのだ。それは一重に王子のためを思ってのことだと、彼は理解していた。ならそれに応えるだけだ。

「エーフビィ・ドナー」

 結衣菜の呟きで小さな雷が飛び、王子が放った水の塊は拡散する。簡単には行かない。だからこそ次の手を用意するべきなのだ。

「エーフビィ・ヴィント!」

 形がある物だと相性の良い魔法で弾かれてしまう、なら形のない物なら。

「エーフビィ・メラフ! エーフビィ・アイジィ!」

 結衣菜の元に鋭い風が向かっていったが、それが近くに達する前に彼女は炎の魔法を放っていた。風の形がそれによって顕になり、続けてその進行方向に氷の壁が現れる。またも防がれた攻撃に王子は少し肩を落とした。

 そうして幾度も魔法の応酬は続いていた。しばらくの時間が経ったが未だ彼は結衣菜に一撃も与えられないでいた。あまり体を動かしていないといえ、魔法をこうも連続して繰り出していれば汗が滴り、息が上がる。

 いつまで続くのか。そう思った時、結衣菜が魔防壁の外へと出た。魔防壁を貼った学生がそれを解くと王子が予想していなかった者からの声が聞こえた。

「殿下! お見事でした!」

 凛と通る美しい響き、ティリスの声だった。

「え、ティリス……」

「フウがわざわざ呼びにきてくれたんですよ」

 そう言った彼女の視線を王子が追うと風は舌を出してウインクをする。その仕草に王子はげんなりしたが他にも彼に声をかけるものがいた。

「殿下、お疲れ様でした」

「ユイナ」

「これだけの人数の前で魔法が使えればもう大丈夫ですね」

 そう言って笑った彼女の表情は風によく似ていた。なるほど親戚と頷いた王子は気になったことを口にした。

「まだお前に一度も攻撃与えてないが?」

「え、嫌ですよ痛いですもん」

「はぁ!? もしかしてお前、最初から当てさせる気なんてなかったな!?」

「バレちゃいました? 当てれば終わりって言えば集中してくれるかなって思って。思ったより粘るので疲れちゃって終わりにしました。ふー。冬なのに暑い暑い」

「お前……!」

 おちゃらける結衣菜にアルバートはまた怒りそうになったが、ティリスが微笑みながら口を挟んだ。

「ふふ、でもこれなら次からもここでできそうね、ありがとう結衣菜。それで殿下、もう準備しないと今朝おっしゃってた講義に遅れてしまいますよ」

「本当だ、そんなに長くやってたのか!? ったく、明日からはちゃんと俺を信用して目的を説明してから始めろよ!」

「はーい、行ってらっしゃいませーっ」

 走って去っていった王子を結衣菜とティリスは笑顔で見送る。一つ成長した青年の後ろ姿は、前より少しだけ大きく見えた。

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