14.再会、旅立ち
「本当にアルバート様には言わないで出ていっていいの?」
不安そうな顔をしているのは悠だ。彼ら三人は約一ヶ月前にこの城に訪れて以来、初めて城下町に出てきていた。
これから旅に出るための道具を揃えるための買い物だ。その出発を明日に控えていたが彼らはそのことをずっと一緒に訓練してきた王子には伝えていないのだ。
「だってあの後からアルバート、結衣菜ちゃんにずっと魔法の質問したりしてて一緒に着いてくるとか言いそうじゃん?」
「そんなこと言って風は自分が王子と別れるのが寂しいだけじゃないの?」
「んなわけないでしょ! いっつも悪口ばっか言ってくるんだから。昨日なんか食堂でご飯食べてたらザワークラウト残すのは子供だって言われたんだよ」
「それは風が悪いだろ。好き嫌いするのやめなよ」
「だってあれ酸っぱいんだもん。勿体無いから食べたけどさー」
「食べたんだ、ふふ」
なにかツボに入ったのか結衣菜は爆笑している。いつも通り予想の斜め上のことを言ってくる風に返答するのをやめようと思った悠は不意に尻餅をついた。
「ごめん、全然前見てなかった! 大丈夫か!」
顔を上げた悠の目に飛び込んできたのは太陽のように鮮やかな赤い髪で、鍛え上げられた肉体は服の上からでもわかるほどだ。差し伸べられたその手を取ると、彼の深い紫水晶のような瞳と目があった。その瞳孔は縦長で、まるで獣のそれによく似ている。
悠が言葉を返そうと口を開く前に、結衣菜の半ば悲鳴に似た声が飛んできた。
「ち、チッタ!?」
「え?」
チッタと呼ばれたその人は片手で軽々と引っ張って悠を立ち上がらせると結衣菜の方を見、そして、笑った。
「ユイナじゃん! 久しぶりだな!」
彼の口から出る声は大きい。どちらかと言うと結衣菜に近い顔立ちをしている彼はきっとディクライットの人間ではないのだろう。悠は少し街の人間から注目を浴びているような気がしたが、赤髪の彼がそんなことを気にしている様子は全くなかった。
「この子たちは? ユイナ子供産んだの?」
「ち、ちがうよ! チッタ、本当にチッタなの?」
「オレはオレだよ! トレジャーハンターのチッタ! 一応いろんなところで活躍してるんだけどな!」
「あ、いやそうじゃなくて……うーん」
勢いのあるチッタに結衣菜は説明の方法を失ったようで少し悩んでいた。それをチッタは覗き込もうとして背の小さい結衣菜の前でしゃがむ形になった。それを見て、結衣菜は笑い出した。
「チッタ、あはは、本当にチッタだ! 背がすごい伸びてるけど! チッタだ!」
「だからオレはオレだって〜ってユイナ?」
「チッタ、私、わたし……」
先程まで嬉しそうだった結衣菜は、急にボロボロと大粒の涙を流し始めた。泣き出してしまった彼女にオロオロしているチッタを横に、風が結衣菜を支えた。
「ちょっと場所を変えた方がいいかな……。ちょっと付き合ってもらえませんか、チッタさん」
悠の一言にチッタは頷いた。そうして一行はまた、城下町の雑踏の中に消えていったのだった。
「ごめん、急に泣き出したりして。チッタの顔見たら、安心しちゃって……」
誰もこなさそうな階段裏に落ち着いたが結衣菜はあまり話せる状態ではなさそうだった。チッタはこの状況にまだ首を傾げている。
「結衣菜、腹でも痛いのか?」
「えっと……僕から説明しますね。でもまず、あなたが結衣菜ちゃんとどう言う関係なのか、知りたいのですが……」
「もしかして結衣菜ちゃんの恋人、とか!」
ここまで結衣菜を心配して静かだった風は突然話に入り込んできた。
とっても嬉しそうにそう質問した彼女はチッタが返した「コイビト?」と言う素っ頓狂な声を聞くと急激に興味を失ったようで、結衣菜の隣に座ると悠とチッタの話を聞く体勢に入った。
悠は自分の片割れの相変わらずの自由さに呆れながらも、チッタの返答を待った。
「ユイナはいつだったっけ、結構昔に一緒に旅をした仲間だ! あれ、そう言えばあの時元の世界に帰ったんだよな? 何でこっちにいるんだ?」
「今更!? 普通ならさっき会った瞬間それ思いますよね!?」
思わず突っ込んでしまった悠は赤面してごほんと咳払いをする。そのやりとりの間にだいぶ落ち着いた結衣菜が見かねたようで、立ち上がった。
「チッタはさっき言ってた通り、九年前私がここに来ちゃった時、初めて会った人なの。変な人たちに囲まれて困ってた私を助けてくれて、それからずっと一緒に帰る方法を探してくれた。だから安心して、チッタになら全部話して大丈夫」
「そう言うことだ! それでお前たち、名前は?」
「あたし風、こっちは双子の悠! チッタさん、よろしくね!」
「チッタでいいぞ! ユウもよろしくな!」
「よ、よろしくお願いします……」
右手で風と握手したチッタは悠に左手を差し出した。悠が手を取るとチッタは両手をぶんぶん振ってまたにかっと笑った。何だか太陽のような人だ。結衣菜の方を見ると笑顔を見せていて、よかった、と悠は胸を撫で下ろす。
「あの、そろそろ……」
「あ、ごめんごめん! それじゃあ、行くだろ?」
『え?』
三人の声が同時に鳴り響いて、チッタはまた笑った。
「元の世界に戻る方法、探すんだろ? オレも行くぞ!」
歯を見せて笑った彼の表情はまっすぐで、まさに澄んだ空に輝く太陽のようだった。
結衣菜が彼に会えたことで泣いてしまったのはきっとこれまで僕らを一人で守ろうと無理をさせてしまっていたからだろうと思う。そしてきっと結衣菜にとっては彼が一緒に来てくれることが何より心強いことなのだろうと悠は感じ取っていた。
「ええ、よろしくお願いします、チッタさん!」
そうして一人、旅の仲間が増えたのであった。
その日はよく晴れた雲ひとつない天気だった。
そんな気持ちのいい空の下、結衣菜はディクライット城下町から出る門のところまで坂を下ってきていた。連れは悠と風、そしてチッタ。合わせて四人だ。
元々はティリスが二人ほど護衛を付けてくれると言っていたのだがチッタが来てくれるということでその必要はないかと収まったのだった。結衣菜としてはこれ以上騎士団長としてのティリスの手を煩わせたくないと言うのが本音だ。
城門は魔法で開くようになっているが、騎士団員の門番が特殊な魔法を二人同時に使用しないと作動しないようになっている。ティリスから事前に許可は得ているがその都度門番に声をかけなければいけないので少し手間だ。だが闇の魔物とやらがうろついているこう言う時期なら、仕方のない措置なのだろう。
結衣菜がティリスからもらった手紙を取り出すために荷物の中を覗いていると、後ろからおーいと聞き覚えのある声が聞こえた。
「アルバート! え、なんで!?」
「今日の演習がないって言うからエインを問い詰めたらあいつ濁すんだよ。それでお前達の部屋に行ったらもぬけの殻だろ? はぁ、間に合ってよかった……」
追いついた彼は息が上がっていた。本当にさっき知って走って追いかけてきたようだ。
「ったく出ていくならちゃんと言えよな」
「だってアルバート、あたし達と離れたくない〜って泣いちゃうかもしれないじゃん?」
「俺をなんだと思ってるんだ?」
「お子ちゃま王子?」
「ガキに言われたくないな?」
もはや見慣れたやりとりだ。二人はそう言い合いながら目が合うと笑い出した。そして、アルバートは何かを差し出す。彼の掌の上には美しい宝石がついたお揃いのペンダントが三つ並んでいた。
「これ、そこの道具屋で急いで買ったから良いものかはわからんが、旅に出るならつけてけ。魔宝石は何かと役に立つ、はずだ」
「え、なにこれ綺麗! 三人分? ありがとう、アルバート!」
断る間も無く受け取ってしまった風は素直に喜んでいて、そこに水を刺すのも悪いか、と思った結衣菜は深くお礼を言う。そしてなにも言わずに出て行こうとしたことを詫びた。
「いいんだ、どうせフウが変なこと言ったんだろ? いつ会えるかわからないからな。礼だけ言いにきた。……初対面は最悪だったな。声を荒げたり不遜な態度で怖い思いもさせてすまなかった。お前らのおかげで俺は一歩ずつだが前に進めそうだ。……まだ、なにもわからない状態だが、この国を背負って立てるような人間になれるよう、努力はしてみる、つもりだ。だからその、ありがとうな」
「アルバート様……僕こそ怖がって嘘ついちゃったりして本当に申し訳ありませんでした。風はあなたのおかげでここにいても楽しくやれたと思います」
「そうだよ! あたし、アルバートがいたからこんなところに急に来ちゃっても面白かった! 最初はこんな奴がなんで王子なの? とか思ってたけど、今はちょっとだけ王子らしく見えるよ! 頑張ってね!」
「私からもお礼を言わせてください。ティリスからの頼みとは言え、殿下のお側で魔法の訓練ができたのは再びこの地を訪れた私にとって幸運なことでした。これで少しはこれからのことも考えることができそうです。またディクライットに戻ってきてお会いできたら、手合わせしてくださいね」
それぞれの思いを伝え合った彼らはそれじゃあ、と別れを告げた。チッタは退屈していたようで早く早くと急かしている。やっと見つけた手紙を門番に見せるとその魔法で門が開いていく。
堅牢な街の開く音は旅の門出を願うファンファーレのようだ。
この街門の向こうは誰にも守られない危険な世界だ。けれど一人じゃない。それがどんなに心強いことか、結衣菜は深く噛み締め、そして一歩、前に踏み出した。
チッタは先に走り始め、悠はそれに焦ってついていく。開いたばかりの門はゆっくりと閉まっていき、一行を見送るアルバートの姿はまだ見えていて、それに風は手を振り続けた。閉まる直前、手を上げて答えた彼を見て、彼女は最大限の笑顔を返す。いつかまたきっと会えますように、そんな願いを込めて。
空は晴れ渡っていた。どこまでも続く青の中に竜の姿が見えた気がして、結衣菜は少し目を細めた。彼女の胸元に下げた竜の形のペンダントはなにも語らない。でも、何だかきっとうまくいく。そんな予感のする旅立ちの朝であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます