9.雪合戦

 ディクライットの冬には雪が降る。城の敷地内とはいえど、屋根も壁もないバルコニーは雪が積もっていて、風も吹き込んでとても寒い。

「寒いよ結衣菜ちゃん〜」

「悠はいつも勉強ばっかしてて動かないから弱っちいの!」

 寒さに縮こまる悠に突っ掛かった風は全然平気そうで、同じ服を着ているのにこうも違うのかと結衣菜は首を傾げる。

 風は昨日よりも少し積もった雪の一部を手で掴むと丸めて勢いよく投げる。

 見事に悠の背中に命中したのをみてガッツポーズをした風の顔面に悠が投げた雪玉が命中する。

 無論そこから始まるのは雪玉の往来で、合戦の最中遅れてバルコニーに訪れた王子の肩に雪玉が命中する。彼のもともと不機嫌だった顔は見る見るうちに真っ赤になっていった。

「お、ま、え、ら……」

 いつ終わるのかと眺めていた結衣菜は昨日の王子の怒りようを思い出して震える。その瞬間風が投げた雪玉が王子の顔に命中した。

 自分の顔についた雪をはらって、そして王子もおもむろに雪玉を作ると風に投げ返す。渾身の一撃を避けられた彼は続けて雪玉を投げていき、その中の一つがついに結衣菜の背中に命中した。

「お前はみてるだけか!」

「結衣菜ちゃん!」

 なぜか意気投合している彼らからの雪玉攻撃に、流石の結衣菜も反撃に出る。積もりたてのふわふわな雪は丸めてぶつけてもそんなに痛くはない。

 バルコニーに集まった四人は手が真っ赤になるぐらいまで雪玉を投げあい、そしてしばらく経つと疲れて床に転がった。ふかふかだった新雪はいくらか踏み固められて固まっていて、転がると少し溶けて冷たかった。

 笑い声の中には王子のものも混ざっていた。口を開けて笑う横顔は年相応の青年のようだ。いつもこうやって笑っていればいいのに、と結衣菜は心の中で呟く。

 寒いのに体は火照っている。額に汗の滴が浮いて、それがとても心地いい。ディクライットの澄んだ冬の空を見上げると、白い鳥が二羽連れ立って飛んで行ったのを見て、「なにやってんだろ私」と、結衣菜の声が漏れる。

「本当だな。雪投げなんて子供かシュニートイフェルぐらいしかやらない」

「シュニートイフェル?」

「雪を投げてくるだけの魔物だ。知らないのか? まぁ子供なフウにはぴったりかもな」

「なにそれかわいー! じゃなくて、お子ちゃま王子のアルバートには言われたくない!」

 いつのまに名前で呼び合う仲になったんだろう、と結衣菜は首を傾げる。

 昨日の夕方、風は王子を追いかけてからしばらく戻ってこなかったかと思うと急に部屋に入ってきて「明日はバルコニーでやるよ!」と言い出したのだ。

 昨日の王子への暴言のことは謝ったのだろうか。今日きちんと王子が来ているところをみるときっとそうなのだろうと希望的な考えを巡らせて、結衣菜は一人頷いた。

「さて、と。遊んじゃったね。体もあったまったことだしそろそろ訓練を始めよっか。昨日あの後悠とは一緒にやってみたんだけど魔法は発動しなかったんだ。そんなすぐにできるものでもないから、今日からは私がやるお手本を見てから、それを想像してやってみよっか。まずは何かしらの魔法を発動させること。それが出来ないと何も始まらないからね。とはいえ……なにがいいかな」

 訓練を始めようとした結衣菜の説明を聞いて、風が手を挙げる。

「はいはーい先生! あたし、いろんな魔法が見たい! 結衣菜ちゃんができる魔法、全部やってみて!」

「おい、フウ。無茶言うな。魔法使うのって疲れるんだぞ」

「えー。じゃあアルバートがやってみせてよ! ばーん!」

「風、またアルバート様にそんな無茶振り!」

 止めようとした悠を身振りで制したアルバートは目を瞑る。しばしの沈黙の後、彼が口を開いた。

「エーフビィ・メラフ」

 彼がかざした手のひらの先から紅の炎が生まれ、初めは小さかったそれは花が開くように広がっていく。それは向けた地面に積もっていた雪を勢いよく溶かしていった。やがて煉瓦が敷かれた地面が見えるようになると、彼はフッと炎を消した。

「あっ……」

 声を漏らした悠を王子が見やると、彼は照れ臭そうに目を逸らす。

「いや、すごく綺麗で……」

「綺麗……か?」

「きれー! 凄かった! ねえ結衣菜ちゃん、あたしも炎の魔法がいいー! ……結衣菜ちゃん?」

 彼の魔法をみて半ば自失していた結衣菜は視界が風の覗き込んだ顔でいっぱいになったことでようやく我に帰る。

 考えていたのだ。ひねくれた態度を見せるこの人が、どうしてこんなに美しい魔法を生み出せるのだろうと。彼の手から生まれ出でた炎は、揺れる中に暖かさを感じ、どこか煌めいていた。悠の言葉通り、とても綺麗だった。

 現実に戻った結衣菜はぼんやりと聞いていた風の言葉にようやく頷く。

「あ、ああ……そうだね。じゃあ今日は炎の魔法にしよう」


 そうして真上に輝く太陽が傾き出した頃、ようやくその日の訓練が始まったのだった。

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