7.まだ見ぬ変革
闇の魔物たちの襲撃から三日後、ガクはクィードやアリスの助けで旅に必要な食料や衣類、そして馬などを揃えた。
クィードたちが暮らしていたのは街の中心から少しだけ離れた建物の最上階だったが、ほかに誰かが住んでいるようなこともなく、どちらかというと二人が勝手に住み着いていると言った方が正しかった。
アリスが何か作業をしているのを見て、ガクは向かいに腰かけた。
「それ、何やってるの?」
彼女は魔法銃を分解してそのうち一つに何かを詰めている。
「んー、弾込めてんの」
薄緑色に鈍い輝きを放つそれをじーっと見つめて彼女は穴が開いた場所に詰め、トンカチでたたく。
「それ、魔法道具っていうものでしょ。どうやって使うの?」
「え、あんた自分で魔法使えるんだから必要ないじゃない。あのね、あたしみたいなラスバング族は魔法が使えないからこうやって道具に頼るしかないの。誰かに弾に魔法を込めてもらって、それをこの引き金を引くことで向かった方向に発動させんのよ。貴族から拝借したものだから詳しい構造とかはわかんない」
「え、いや魔法とは少し違うんだけど……。そっかあ。便利そうだけど結構面倒なんだな。というか、なんでも盗む癖やめたほうがいいよ」
「そ。久しぶりにディナがいるし、しばらくは補充に困らなさそうね。……ふー。あった時からおもってたけど、ほんとにお人よしよね。そんなんじゃここじゃ生きていけないの。ジェダン政府の犬たちが統制するこの街では管理課じゃないとこじゃ仕事になんかつけないし、あぶれた人間は物乞いになったり盗みで生きて行ったりするしかないの。あんたも路上で暮らしてる人間をたくさん見たでしょ」
「それは……でもディナみたいに別のところに行けばいいじゃないか、なんでずっとここに」
「……あたしたちが逃げただけじゃ、この国は何も変わんないのよ」
アリスの瞳は鋭かった。ガクが言葉に詰まっていると明るい声が部屋に入ってくる。
「おう兄ちゃん、頼まれてたもん、揃ったぞ!」
クィードははいってくるなり彼に大きな袋を渡し、自分も椅子に腰かける。
クィードは顔が広くどこからか急に馬を用意したと言ってきたりする。ガクが付いて行って揃えたのは服だけでそれもほとんどディナに選んでもらった。しかしその時二人があまりに目立つのでクィードに俺があと全部やるからお前らは外出るなと言われてしまったのだ。
そして彼らの住処の中、ガクは荷物の最終確認をしていた。
「あれ、こんなの頼んだっけ?」
ガクは揃えた荷物の中に素朴なマント留めが入っているのを見つけた。
「これ、クィードさんの?」
「? なんだそれ、忘れたがおまけかなあ。正直何買ったかまではあんま覚えてない、すまん! まあお前が持ってた金で買ったし俺は使わねえからもってけ。マントも新調したことだし」
彼の厚意に素直に頷いたガクはマントをその留め具でしっかり固定すると別の疑問を口にする。
「ディナはこれからどうするの?」
「ん〜私はしばらくここに残ります〜。街に戻っても仕方ないですし、戻る理由もないですしね。それにこんな危ない時代でしょう? 自分にとっては安全な場所で暮らすより、大切な人たちと一緒にいた方がいいかなって思ったんです」
そういう彼女の瞳は真剣だった。ディナにとってはあの二人は家族のような存在なのだろう。
「そっか……あの変な魔物がまたいつ入ってくるかわからないし、気を付けてね」
闇の魔物というものの正体はいまだわからず、それは二年ほど前からたまに現れては人々に危害を加えているのだという。
普通の魔物より人間への反応がすさまじく、この漆黒の見た目から彼らは闇の魔物と呼ばれているのだということ以外は、情報を売り買いしているというクィードでもまだわからないのだという。
この街に住んでいるのに彼がガクの種族のことを知っていたのはひとえに彼が情報屋として暮らしているからだったらしい。ディナの住んでいた街にもかつてクワィアンチャーの被害にあった者が住んでいたんだろうとのことだった。
あの町の憎悪に満ちた住人の顔が今でも頭に浮かぶ。それを振り切るように彼は首を振って前を向きなおした。
「そしたら、もう行くよ。クィードさんにアリス、それにディナも、少しの間だけど世話になったよ。本当にありがとう」
「なあに、大したことじゃないさ。ま、そのうちまた会ったら酒でもおごってもらおうかな~」
「酒ぐらいじゃ足りないわよ! どっかの貴族の御曹司でも紹介してもらわないと!」
「あはは、それは俺には無理かな~。でもきっとまた君たちを訪ねるよ」
「ええ、きっとまた、どこかで」
ディナが微笑み、青年は軽く手をあげて彼らの住処を後にする。
これからは一人だ。最初は二人に警戒こそすれど、戻ってきて最初に関わった人間が彼らでよかったと青年は思う。
目指すは東。かつての仲間の一人がいる国へ、そして約束を果たすべき村に。
彼はまだ知らない。この一歩が世界の節目へと繋がっていることに。
物語は動き出す。まだ見ぬ変革を世界は待っているのだから。
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