4.ジェダン中央街
ジェダン中央街は砂漠が近いからか建物は土を固めて作ったものが多く、街灯は所々に松明がかけられているがまばらで歩く道は降りてくる帳に飲み込まれてしまいそうだった。
街を行く人々はどこか余裕がなさそうに見えて、そのどこからか視線を感じた気がしたガクはそれから逃れるように進める歩を早めた
途中制服のようなものを着ている集団がいたが、厳しい顔をした彼らが住人の中の一人を指差して駆けていった。何かあったのだろうか。
そんな中ディナは周囲の様子を気にもせず怖がりもせず、どんどん進んでいく。一瞬でも目を離せば消えてしまいそうな彼女を必死で追いかける。
「あ、ありました〜! ここです〜!」
彼女が立ち止まったのは取れかけた看板の前、お世辞にも綺麗とはいえないその場所はどうやら酒場のようだった。
中は雑然としていて、給仕している初老の女を抜けばあとは荒くれ者と言っても良さそうな男達ばかりが談笑しながら酒を煽っていた。
この店は外に比べれば幾分か活気があるようだったが、その場に似つかわしくない若い少女が入ってきたのに気付いた男達の視線が一斉に集中する。
危なっかしいなぁと思いながらも彼はその注目の張本人に促されるままカウンターの席に腰を下ろした。
「で、知り合いってどの人?」
彼女は首を傾げると一つ間を置いて口を開いた。
「うーん、いませんねぇ。少しここでまっててください! 探してきます!」
そう言って店の外に飛び出して行った彼女を止める間も無く、ガクは店の中に置き去りになる。
「うそでしょ……」
こんなところで女の子が一人で歩き回ったら危ないだろうと思う。とはいえ待っていて下さいと言われた手前、知らない街で下手に動くと余計に彼女と再会できないような気がしてガクは首を垂れ、大きなため息をついた。
ディナが戻ってくるまでどうするかと思案する。
ふと、誰かが客に呼びかける声が聞こえた。
「姉ちゃん、おい、姉ちゃん。変わった髪の色だな。なぁ、俺と一緒に飲まねえか?」
戻ってきたディナが誰か悪い輩に絡まれているのだろうか。振り返った彼はその男を見て、自分に声をかけていたことに気づき面食らう。彼の顔を見た男は感嘆の声を漏らした。
「うっわ……美女……」
その男は青い髪で髭を生やしていた。片方の耳と首元に同じ緑色の飾りをつけていて、なぜ両耳じゃないのかガクは少し不思議に思った。
それよりも、だ。
「あの、俺に声かけてます……?」
「は⁉︎ え! 何⁉︎ 男⁉︎」
「男です……」
今の今まで自分のことを女だと思って話しかけていた男の驚愕する顔を見て、ガクは大きなため息をついた。
そして彼はあからさまに残念そうな顔をして隣に座り、カウンターの中にいる男に何かを頼む。
手際よく注がれたその飲み物は上が少し泡立っていて、彼はそれを一気に喉に流し込むとうまそうに飲み込んだ。
男の吐く息から酒の匂いが立ち込め、慣れていないガクは顔をしかめる。
彼の嫌そうな顔も気にせず、男は耳に寄せて小声で呟いた。
「そんな目立つ髪外出しとくとすぐ目つけられるぜ兄ちゃん」
「あっ……」
マントにはフードが付いているのに被るのを忘れていたのに気づき、深く被ったのちに手遅れだろうなとまた小さなため息をついた。
髪はディナが結えてくれているが長いままであるから、それで女性と間違われたのだろうと彼は納得した。
「ともかくだ。お前この街の人間じゃないだろ? 異質すぎる。あと無防備。お前名前は?」
「俺はガクと言います」
即答した彼に男は少し眼光を鋭くする。
「……あー、お前さんこんなところでなにをしてるんだ? まさか迷子か?」
男は続ける。
「迷子なら俺が……」
「いや、クィードって変わった名前の人を探しに来たんですけど、連れがその人を探しに行くと言って出て行ったきりで……」
「はぁん、その連れ、なんてやつだ?」
「? ディナっていう子だけど……」
なるほど……と、男は髭をいじる。
「お前たちが探してたのは俺。俺がクィードだ」
そうして男は飲み干した酒の器を置いたのだった。
ジェダン郊外の雑踏の中を歩く二人の男は、周りの人間よりも抜きん出て背が高い。
大股で歩くクィードの左耳につけられた耳飾りの緑色の石が街の光に反射する。それはどうやら魔宝石ではないようで、無骨な細工を施されている。
「それで……お前、ディナとどういう関係なんだ?」
急な質問にガクは思わず立ち止まり、避けきれなかった通行人が文句を吐き捨てていった。
関係と言われても何かあったわけではないが、振り向いた彼の鋭い視線に、なにを言わんとしているのか察した銀髪の青年は蛇に睨まれたカエルの様に固まってしまう。
「いや、俺は……」
否定の言葉を続けようと来たその瞬間、立ち止まったガクに正面から勢いよくぶつかる者があった。
転んだ彼が自失しているとクィードがあいつ、と悪態をついて手を差し出す。
「なんか盗られたもんはないか⁉︎」
「えっ、ただぶつかっただけじゃ……あっ」
青年は常日頃首にかけていたペンダントがないことに気づく。それは彼が差別される種族であることを証明するものだが、だからといって失っていいものではない。青い顔をする彼を立ち上がらせた男は少し呆れたような顔で呟く。
「あいつ俺のこと見えなかったのか……追うぞ!」
走り出したクィードを追いかけて、もう一人の男も雑踏の中へと消えて行ったのだった。
しばらく探したが見失ったらしきクィードが悪態をつき、路地裏においてあった樽の上に腰掛ける。
「ちなみに、俺にぶつかってきたのって、どんな人だったんですか?」
「は? お前あんなに派手に転んで犯人の顔も見てなかったのか? あいつは緑色の髪にピンクのでっかいリボンをつけてて……」
と、彼の後ろを緑色の猫っ毛をピンクの大きなリボンで纏めた女が通り過ぎようとする。
「あ!」
ガクの声に驚いたクィードが振り向き、その女もこちらを振り向いた。
『あー!』
どうやら知り合いだったらしい二人。お互いを指差して驚嘆の声を上げるのを、通行人が訝しげにされど関わらないようにと通り過ぎていく。
「なんであんたがこいつと一緒にいるのよ!」
「なんでって……こいつは俺の連れだ。アリスこそなにしてんだ」
アリスと呼ばれた彼女は少し答えたくなさそうに口を開いた。
「あたしは珍しい髪色のよそ者がいたから……どっかの偉い人かなーって」
「で、それか」
クィードが指差した先は彼女の手。そこには金色の丸い形のペンダントが握られていた。
焦ったように隠そうとする彼女の手を俊敏に掴むと男は意図もたやすくそれを奪い取る。
「ちょっと! 」
取り返そうとする彼女の手は背の高い男には届かない。
「あの〜、お取り込み中悪いんだけど、俺はそれ返して欲しいんですが……」
ようやく口を開いたガクに間髪入れずアリスが叫ぶ。
「嫌よ! 私のだもん!」
「お前んじゃないだろ……にしても、なんでこんなの盗んだんだよ。なんの価値もなさそうだけど」
そう言ってまじまじとペンダントを見たクィードは首を傾げる。
それは確かに金色をしているが、特に美しい装飾がされているわけでもなく、言ってみればただの金属の板のようなものだ。少し歪な造形をしているが素材が金であるかも怪しいそれは、持ち主の元で特別な言葉を言わない限り本来の姿を見せることはない。
「嘘! なんでこいつにそんな肩入れする……の、ほんとだ……なんで……」
もっとキラキラしてたのにと明らかに落ち込んでいるアリスを横目に、クィードがガクにペンダントを投げ渡した。
「大事なもんならしまっとけよ。こいつみたいなんがいっぱいいるんだ」
「あ、ありがとう……」
当たり前のように窃盗犯と知り合いであるこの男は何者なのだろうか。そんな不審な男が本当にディナの知り合いなのか心配になってきたガクは再びフードを深く被り直した。
「とにかく、ハイダを探さないとだな。アリス、お前見てないか?」
探している少女とは違う名前にガクは首をかしげたが彼にはそんな疑問を抱いている暇はなかった。
「何であの子? 街にいるはずじゃ……って、まさかあんた!」
何かを早とちりしたらしいアリスの表情を見て、ガクはげんなりしたが彼女の動きは止まらない。胸ぐらを掴まれたガクを見てクィードがおかしそうに笑い、そして声のトーンを一段低くして口を開いた。
「で、あの子とどう言う関係なんだ?」
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