3.精霊と種族

 思っていたよりもジェダン中心街への道のりは長かった。

 街には頼れる人がいるというディナの言葉を道標に、石と岩ばかりの砂漠を進む。

 怪我はそこまで酷いものではなかったが、久しくあんな扱いを受けていなかった青年にとっては、心的外傷の方が大きかった。

 前を進むディナの後ろ姿はとても小さく、ガクを助けたことによってあの街にいられなくなった彼女のことを考えて彼は罪悪感に苛まれていた。

 彼女の名前を呼んで声をかけると、ほとんど体を隠すぐらい長い彼女の髪が揺れて振り返る。

「なんですか?」

 世話をしてくれていたときのふわふわとした雰囲気とは違う彼女に、青年はなんと声をかけたらいいのか迷った。

 首を傾げるディナが前を向いてしまう前に、彼は口を開いた。

「その……ごめん。俺のせいで街を出ることになっちゃって」

「ガクさんが謝ることじゃないですよ。あんな人たちならどのみち最終的には街を出ていたと思います」

 そう言った彼女の目は少し揺れていた。明るいせいか彼女の瞳の瞳孔がいつもより鋭く見える。

「でも……ねぇ、君はさ。俺が何で街の人に襲われたか、知ってるの?」

「えっと、詳しくはわかりません。私もあの街に住んでまだ日が浅くて……。でも、あの人たちはあなたを嫌っているようでした。私があなたを助けた時も銀髪の種族などなにをするかわからない、街も危険だと猛反対されて……だから外には出ないようにって言っていたんです」

「そっか……でもね、あの街に限ったことじゃないんだ。俺たちクワィアンチャー族……銀髪の種族はみんなから疎まれてる。そういうのがあるんだよ」

「そう……ですか。でも、私にはわかりません。中央街にいた頃はそんな話聞いたことなかったです。私、あんまり世間のこと分からなくて……」

 箱入り娘か何かだったのだろうか。自分が住んでいた街のこともわからない世間知らずを自称する彼女は何か特別な事情を抱えているように見えてガクは言葉を失った。

「私のことはいいんです。とにかく、ガクさんが謝ることじゃありませんよ。それに私、久しぶりに知り合いに会えるので嬉しいんです。きっかけを作ってくれてありがとうございます」

 予想に反して礼を言われたガクがしどろもどろしていると彼女はおかしそうに肩を揺らした。

 鈴のように綺麗な笑い声が響く。

「ガクさんって本当、面白い人ですね〜。さぁ、いきましょう。中央街へはまだ結構ありますよ〜!」

 そうして彼女は前を進んでいく。プラチナブロンドの柔らかな髪が、風に揺れていた。




 ディナの家で休んでいるとき、時たまガクは彼らと会話をすることがあった。

 窓を開けると彼らの声は聴きやすい。

 風がそよいで青年の星屑色の髪を撫でる。

「今がいつだって?」

 ──だから、あの時から九年近く経ってるんだって。

「俺がいなくなってからだよな……九年か、みんな生きてそうな年で安心した」

 九年前、青年は彼が目覚めた場所──カル=パルディア遺跡の中である儀式をした。

 それは崩れかけていたこの世界のバランスを取り戻す儀式で、青年はそのバランスを取り戻す代償として九年もの月日を失ったのだ。

 彼にはその間の記憶はなかった。そもそも、九年間どこにいたのかすらわからない。ただ、代償を払い終わったからこの世界に戻された。そういうことだと青年は解釈していた。


 ──みんなが生きていられないような長い時間ここを離れると、お前も死んだ状態で戻ってくることになるぞ。

「うえ、ほんとに? だから俺も成長してるのか。まただいぶ背が伸びた気がするんだ」

 ──あっちのことよく知らないけどな。別の世界から来たっていうあの女の子ならわかったりするんじゃないか?

 青年はかつて目的地を同じくして共に旅をした少女のことを思い出す。

 ある日突然別の世界からこの世界に飛ばされてしまったという少女。

 あんな印象的な旅、忘れるはずもなかった。世界のバランスを取り戻す儀式の過程で彼女は無事元の世界に帰ることができたのだ。

「ユイナのこと? あの子はもう会えないよ。帰っていったの知ってるでしょ」

 ──お前精霊以外のことは何も感知できないのな。あの子、こっちに戻ってきてるぞ。

「えっ……でも」

 ──そんなこ……り……。

「ウォレス? 聞こえないよ?」

 青年は美しい顔を少し顰めたが彼の耳に精霊からの言葉が返ってくることはなかった。

「なんか最近、うまく聞こえないことが多いな」

 窓を閉めながら彼はまた小さなため息をついた。




 それからかなりの時間、日も傾き始めた頃、ようやくジェダン中央街と呼ばれる街が見えてくる。

 道中は魔物も現れた。そのどれもがこの砂漠のせいか飢えによって凶暴ではあったが、同時に弱ってもいたので、ディナの魔法でほとんどがどうにかなっていた。風の魔法だけは得意なんです。と彼女はいう。

 ガクも精霊の力を使うことがあったが、目覚める前と少し感覚が違って、嫌な予感を覚えた。精霊さんたちの力が鈍っているような気がする。思い返せば、普段なら彼に所構わず話しかけてくる彼らは、ほとんど声を発していなかった。たまに声が聞こえると思えば何やら文句のようなものばかりだった。

 目覚めてからなにかとわからないことが多い。ユイナが戻ってきているという精霊の言葉も気になるが、まずは旅の準備をしっかりしなければと彼は自らの足を進めていった。

「よかった〜日が暮れる前につきました!」

 ディナは嬉しそうに手を叩き、ガクはそれを見て微笑む。この歪な二人旅にも少し慣れてきたと感じる頃合いだ。ジェダンという国の中央街にしては壁は高くないが、そこに備わった扉が開け放たれているのを見て、ディナが首を傾げた。

「今日は見張りがいないんですね」

「見張り?」

「ええ、いつもはここが閉まってるので、抜け道から入るんです。でもよかったですね〜! 入りましょう〜!」

 いつもと違うという街門に不信感を覚えながらも軽い足取りの彼女に釣られるようにジェダン中央街と呼ばれる街に足を踏み入れた。

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