2.繋がらないピース

 しばらく経つとディナの話のおかげで少しだけ、ガクの記憶にないことがわかるようになってきた。

 実は彼が前回遺跡に訪れた時から目覚めるまで、九年もの年月が経っていたこと。

 ガクを助けたのは正確にはディナじゃないこと。黒髪で傷だらけの男がガクを匿って欲しいと頼んできたこと。彼も一緒にとディナは申し出たが、彼はそれを断って何処かへ去ってしまったのだという。

 謎が増えてしまったといえばそこまでだが、彼が遺跡で目覚めた後どういう経緯でここまできたのか、なんとなく空白部分は予想をつけることができたのだった。

 ディナの献身的な世話によって怪我は回復し、体を動かせるようにもなってきた。街を見回ろうとするとディナが制するので庭で軽い運動をするしか無かったが、それでも一人で移動するぐらいの事はできるという確信はあった。

 そろそろ出ていくと言って扉の前に立った彼に、ディナが心配そうに問いかける。

「これからどうするんです?」

 彼女の薄い水色の瞳は明るいところにいると瞳孔が縦長に見える。ガクはジェダンというこの国特有の狼に変身することができる種族のことを知っていたが、彼女がそれを自分から言わないのでその話をすることは無意識のうちに避けていた。

「うーん、行こうと思っているところといえば二つあるけど、どっちからというのはまだ決まっていないかな。どちらにせよディクライットだ。長旅になるから少し準備をしたいとは思うかな」

 ディクライットはこの大陸の中では一番大きな国だ。広大な領地内には数々の街があり、ガクの目的地の一つ、かつての仲間が働いているはずの城下町は大陸を大きく東西に分断する山脈の麓に都を築いているので、かなり長い旅になるだろう。もう一つの目的地である村も、そこから少しの距離しか離れていない。

「なるほど。あ、旅の準備をするならここから徒歩で東に半日ほどで行けるジェダンの中心街がいいですよぉ。あそこならなんでも揃います〜」

「よかった。まずはそこに行くことにするよ。いろいろ世話になったね。今はなにも返せるものがないけれど、この恩は必ず」

 青年が別れの挨拶をしようと手を差しだすと、彼女は驚いて手を引っ込めた。不思議そうに首を傾げる彼に誤魔化すようにディナは微笑み、そして彼の手を取った。

「私のことはいいんですよぉ。久しぶりに人とたくさんお話ができて楽しかったです〜。それより、道中気をつけてくださいね」

 そう言って彼女がガクの手を離す。彼はありがとうと返すと微笑んで扉を開け、そして家の外へと出た。

 東に半日か、お金は前の旅のものが運良く残っていて街につけばなんとかなりそうだが、それまでが大変だなとガクは肩を落とした。早く見知った人に会いたい。そう思って彼は歩き出す。

 すると、不意に背中に衝撃が走った。

 痛みに呻きながら振り向くと、白髪に緑の瞳をした青年が棍棒のようなものを持って立っていた。

 突然のことに頭が追いつかない。ガクが茫然としているとその青年は口を開いた。

「忌々しいクワィアンチャーめ! ディナが優しいからって誑かしてどういうつもりだ! おいみんな!」

 憎悪の目。これをガクは知っていた。

 咄嗟に反応する前に腹への痛みが来て、地に足をつける。

 地面が見えた。沢山の足音。

 ああ、忘れていたけど、またこれか。嫌だなぁ。ディナが街を歩くなと言ったのはこの人たちのことを知っていたからだったんだ。

 繰り返し浴びせられる星屑色の髪を持つ種族への憎悪、罵言、暴力。

 倒れ込みそうになったその瞬間、空を切る風の音が街の人達の行動を遮った。

 青年は小さな女性の体に肩を担がれ、街門の方へと歩き出す。

「……私も街を出ます。一緒にいきましょう」

 声は先ほど家を出るまで聞いていた彼女のものだった。

「……どうして」

「こんな人たち、私……。もう、戻るつもりはありません」

 ディナの声は震えていた。二人を止めようと追いかける街の住人達の声に彼女は風の魔法の詠唱を返す。

 怒りに震える鮮烈な旋風。怪我をした者もいるだろう。その後彼らが街の外まで追いかけてくることはなかったのだった。

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