6.喧嘩と仕事
結衣菜が廊下を歩いていると、悠が焦った様子でこちらに駆けてくるのが見えた。
「結衣菜ちゃん! 助けて!」
切羽詰った様子の彼に半ば引きずられるようにして自分たちの部屋に連れられた彼女は中から人の言い合う声が聞こえてきて焦って扉を開けた。
「だーかーら! お子ちゃま王子には何にも話すことなんてございませんー!」
「正真正銘ガキのお前に子供呼ばわりされる筋合いはない! 俺をなんだと思っているんだ!」
「習い事をサボったりする怠け者なんかはおこちゃまですよーだ! あと女性を大事にしないのも王子様っぽくない!」
「はぁ? お前なんか女のおの字もないちんちくりんだろうが!」
「ひどい! おこちゃまのくせに!」
「ちんちくりん!」
「おこちゃま!」
このまま放っておけば永遠に続くであろう口論を前に、結衣菜は頭痛を覚えたが、とある考えを思いつく。
出会った時からずっといがみ合っている二人。逆にそれを利用してみたらどうだろう。
「殿下、風、一旦落ち着いてください。外を歩く人たちが驚いていましたよ」
結衣菜の声に気づいた二人が一斉にこちらを振り向く。
「だって王子が!」
「このちんちくりんが!」
似たような文句を並べた二人にうんざりしながらも、結衣菜が王子に向かって深々と頭を下げる。
「正式に決定しましたのでご報告いたします。明日から、私が王子の魔法訓練の指導を担当することになりました。よろしくお願いします」
「……っはぁ⁉︎ お前が担当⁉︎」
「え、結衣菜ちゃんこんなおこちゃまに魔法教えることになったの⁉︎ やめといたほうがいいよ!」
驚愕する二人をよそに、悠が不安そうな視線を投げかける。
「ティリスからの依頼で、正式に雇われることになったの。……ということで、風と悠の二人も一緒に訓練を受けてもらいます」
『ええ! 嘘でしょ⁉︎』
見事に同じ言葉を同時に発した双子を見て結衣菜は苦笑した。
「私についてきたってだけでここでなにもしないのも退屈でしょ? 二人とも魔法を使ったことがないんだし、いい機会だよ」
「ちょ、ちょっと待て。お前が担当なのはまだしも、なんでこんなガキと一緒に俺が訓練を受けなきゃいけないんだ」
明らかに嫌がっている王子を風が意地の悪そうな視線で見つめ、そしてははーん、と手を叩く。
「おこちゃま王子、もしかして魔法全然使えないんでしょ! だからやったことないあたしたちと一緒に受けて、それがバレちゃうのが嫌なんだ!」
「はぁ、そんなわけないだろ? お前みたいな平民と一緒にやるのがおかしいってだけだ」
「ふーん、ほんとにー? あたしは魔法使ってみたいし、やろうとおもうけど。あ、あたしがやってるときにまたサボるようなおこちゃま王子はすぐ追い越しちゃうかもねー!」
焚きつけた風の言葉に顔を真っ赤にして王子は口を開く。
「っ……わ、分かったよ! やればいいんだろやれば!」
結衣菜は自分の考えがうまくいったことに内心喜びながら、表には出さないように落ち着いて口を開いた。
「よかった。では明日、昼過ぎに演習場でお待ちしています」
また深々とお辞儀をした彼女をみて王子は部屋を出ていき、結衣菜が大きなため息をついた。
「はー、緊張したー!」
そう言ってベッドに腰掛けた結衣菜に双子たちが駆け寄ってくる。
「結衣菜ちゃん、本当にあの王子と一緒に魔法の訓練をするの?」
「うん。ティリスに甘えっぱなしってのも嫌だから、仕事をもらえるようにお願いしたの。それに二人もなにもできないよりは少しは魔法使えたほうがいいし。ね?」
「あたしは楽しそうだし賛成だけどね! あのお子ちゃま王子と一緒なのは面倒だけど」
「ほんと少しは自重しろよ。本当いつここを追い出されてもおかしくないよ」
ため息をついた悠に結衣菜は苦笑する。
「あっはは……でもさっきは風のおかげで助かったよ。とりあえずは訓練に参加してくれそう」
「あー、確かに結衣菜ちゃんが普通に言ってもちゃんとこなさそうだもんね」
「えっなになに? あたしもしかして役に立っちゃった?」
嬉しそうにする風を見て悠と結衣菜の大きなため息が部屋の中に響いた。
「意外と骨が折れるなぁ……」
何個目かの魔宝石がついた杖に魔力を込め終わった結衣菜は、水分をとって大きな伸びをする。
この仕事には魔力を込めなければいけない数の規定があるが、代わりにそれをやって仕舞えばあとは自由で、規定を超えた作業の分は追加報酬が支払われるという非常に良心的なものだ。
ディクライットは領内の闇の魔物を倒すことに全力で取り組んでいるらしく、その対応の仕方はディクライットの王の手腕を伺わせる。
ディクライット側としては規定分以上に仕事をしてもらえれば闇の魔物への対応が早まって助かるし、稼ぎたい労働者は沢山仕事をして帰れば良いのだからお互いにとって良い関係である。
その日の規定数をこなしたことを確認した結衣菜は業務を報告するために席を立つと、自分の後ろの席にまだ幼い少年が座っているのを見とめた。
くるくるの巻毛に薄い水色の瞳のその少年は難しい顔をして一生懸命に魔法を込めている。
こんな小さい子も働いてるんだ……本当に人手ないんだな……。
結衣菜はディクライットの成人年齢は幾つだっただろうかと考えながら、監督をしている男の元へと向かう。
「お、君がティリスの言っていたユイナさんか」
監督をしていた男は名前を告げた結衣菜を見てはにかんだが、微笑みかけられた彼女は小さな悲鳴を上げて男を見返した。
「も、もしかしてこれは思ってたより目立っているのでは……」
「あはは、ティリスはそんなに君のこと話してないよ。私も友人が働くからよろしくねとしか言われてないさ。ま、とにかくだ。私は魔法剣部隊隊長のヴァリア。よろしく」
爽やかに微笑む彼と握手をして結衣菜はよろしくお願いしますと頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくていいよ。ティリスの友人だ」
ディクライットの隊長達は人当たりが多い人間が多いようだ。結衣菜は昨夜のレリエを思い出して微笑む。
「して今日の規定分は……うん大丈夫。結構早かったようだけど最初からそんなに頑張って大丈夫?」
「あはは……加減が分からなくてくたびれました。明日からは調整……できるかな」
「少しずつ慣れていけばいいさ。では午後の仕事も頑張って」
慣れた仕草でウインクをしたヴァリアに午後のことも伝わってるじゃん……と思いながら苦笑いを返し、結衣菜は昼飯を済ませに双子たちへの元へと向かって行ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます