3.束の間の休養

「ここがユイナ様たちのお部屋になります。私は近くに待機しておりますので、何かわからないことなどありましたら遠慮なくお申し付けください」

 深々とお辞儀をして下がった使用人を見て、風は感嘆の声を漏らしながらその扉を開ける。

 中は四つのベッドが並んだこじんまりとした部屋で、城に仕える使用人などが住み込みで働くためのものだ。

 そこに、似つかわしくない後ろ姿があった。

「うわ、誰⁉︎」

 風の声に振り向いたその人は先ほどティリスの部屋に入ってきた男で、彼は三人を見とめると顔をしかめる。

「誰はこっちの台詞だ。お前たち、なんでこんなとこにいるんだ」

「それこそこっちの台詞! ここはあたしたちの部屋。なんであんたがこんなとこにいんのよ!」

「はぁ? 俺はこの国の第一王子だ。俺が俺の城のどこで何をしようと自由だ」

「あれ、そんなこと言っちゃっていーの? ティリスさんに怒られてたみたいだけど」

 お互い明らかに喧嘩腰の二人を見て、悠はまた蒼くなり結衣菜は大きなため息をついた。

「風、落ち着いて。アルバート王子、ご紹介が遅れまして申し訳ありません。私達はここにしばらく滞在させてもらうことになった旅人です。ティリスの古い友人で、私は結衣菜、この子は悠、その子は悠の双子の妹で風といいます」

 結衣菜の説明が終わると王子はふふんと鼻を鳴らし、風の横をすり抜けて扉の前に立った。

「このうるさいガキもちゃんとしつけておけ」

 そんな捨て台詞を追いかけるように反論しようとした風の言葉は彼が勢いよく閉じた扉の音でかき消される。

「なにあいつ! ほんとむかつく!」

 そう言ってベッドに勢いよく座った風に、悠が荷物を下ろしながら声をかける。

「あんなこと言って王子様を怒らせたりしたらどうするんだよ。突然斬られたりするかもしんないだろ」

「剣持ってたりしなかったよ?」

「そういう問題じゃなくてなぁ……」

 悠の心配はもっともだ。短気で横暴なあの王子の姿を見れば、誰だって突然の危ない行動も予測できる。

「風。見かけで武器を持っていないとは限らないし、この世界の人々は魔法だって使える。いくら腹立たしいことをされてもああいう態度を取ったら危険なことはいくらだって起きるんだよ」

「うーん。でも、あたし王子様っていえばもっと素敵な人ばっかりなんだろうなって思ってたから、ほんと残念。あんなのが王様になったらと思うと怖くない?」

「それは僕たちが考えることじゃないでしょ。それよりも、僕らの今後について話そうよ。まず、風は異世界から来たってことをむやみに話さないって約束して」

 悠の提案に風の頭の上に見えないクエスチョンマークが浮かぶ。

「約束? なんで?」

「もう僕も流石に信じてるけどさ、僕らみたいに他の世界から来た人って多分そんなにいないと思うんだよ。元の世界でティリスさんみたいな人が突然目の前に現れたらどう思う?」

「え、お友達になりたいと思う!」

 純粋無垢な風の回答にほぼ同時に生まれたはずの双子の兄は頭を抱える。危機感のない解答。悠の苦悩はもっともだ。

「風、異世界から来る人がティリスみたいにいい人とは限らないでしょ? それに、彼女だってあの青い髪で私たちの住むところに急に現れたら、物珍しさで騒ぎになっちゃったり、武器を持っているからって逮捕されちゃったりするかもしれないでしょ?」

「わー確かに。ティリスさん綺麗だしナンパ男に絡まれたりしそう」

「まぁそのティリスがって言う例えはもう忘れて欲しいんだけど……とにかく、こっちの世界でもそういうことは起きたりするかもしれないの」

「なるほど、だから他の人には話さないでってことかー。わかった! ドロボーみたいでちょっとワクワクしちゃうね!」

 呑気にはしゃぐ風をみて悠はまた大きなため息をついたが、結衣菜はとにかくこれでやたらと周りに異世界から来たと吹聴することはなさそうだと胸を撫で下ろす。

「それじゃあ、まずは現状を整理しよっか。二人とも、持ち物はどんな感じ?」

「僕はスマホと文庫本、あとはお母さんから預かったお小遣いを入れる財布だけ」

 悠はスマートなサコッシュを開いてそれらを取り出すとベッドの上に広げて見せた。

「あたしはねー、スマホとリップしか持ってきてない!」

「私はお財布とスマホ、あとは途中で買ったペットボトルの飲み物とハンカチとティッシュ……う、わ……」

 中身を言いながら取り出していた結衣菜はその中からすこし大きめの封筒をもってうなだれた。

「私、これ今日の帰りに編集部に出してくるつもりだった原稿だ……人生で初めて締め切り破ることになっちゃう……」

 元の世界で結衣菜は児童向けに本を出している子供向けの文学作家だった。昔この世界を訪れた経験から子供向けファンタジーの小説を書いていたのだ。

 現代では珍しくアナログ原稿のほうが性に合っているという彼女は「こんなことならさっさとデジタル化しておけばよかった」とベッドに突っ伏した。

 たまたま今日近くを通るから顔出しついでに直接だしに行ったほうが郵送するより早い、と思ったのがよくなかったのだ。これでは締め切りに間に合わなかったから逃亡した作家になってしまう。

「あはは、元の世界に戻ったらこの世界のことを書いて編集さんに謝りにいこ」

 絞りだされた風の励ましの言葉に結衣菜はもうしょうがないかと諦めて立ち上がった。

「よし、じゃあとりあえずスマホは電源を落として、いざというときに使えるようにしておこう。充電器もあるけど、ここでは持ち物も軽々しく見せないように。私がまとめておくね」

 結衣菜の提案に双子は頷き彼女の鞄に各々の私物を入れると、同じような動きでベッドに寝転んだ。

「あたし今日はもう疲れちゃった。ちょっとだけ寝たいな」

「僕も。いつ帰れるのかわかんないなら少しだけゆっくりしてもいいよね」

 結衣菜が返事をする前に安らかな寝息が聞こえてくる。

 全く似ているのか似ていないのかよくわからない双子だ。

 そんな二人を見て結衣菜は微笑む。

 窓の外を見ると陽はとっくに落ちていて、雪がうっすらと城の庭を飾っている。

「さて、私はやれることを探さなきゃ」

 結衣菜はそうして独り言つと使用人が置いていったこの世界の普段着に着替え、部屋を出て行ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る