2.再会と邂逅

 城は結衣菜が知っているものとほとんど変わりはなかった。ただ一つ違いを挙げるとしたら、騎士団の制服を着ているものの中にちらほらと鎧を纏っているものが混ざっていることだ。

 騎士団の制服よりはよっぽど実戦で使えそうなそれを見て、結衣菜は物々しい雰囲気を感じ取っていた。

「すっご……剣はエインさんも使ってたよね? あんなガチャガチャしたの着るの?」

「必要になれば着ることもありますよ。あんまり動きにくいのは好きじゃないですが」

 先ほどからずっとキョロキョロしていて、さらに感嘆の声を漏らす風に周りの女官の目線が向く。

 この世界では鎧は普通なのか、だとしたらそれを知らない風はどう思われているだろうか、どうやってフォローするべきかと悠が思案しているうちに先頭を歩いていたアメリアが足を止める。

「さ、ここよ」

 少し奥まった場所にあるその部屋の扉をノックをした彼女に誰? と透き通った声が返る。

「アメリアよ。ティリスにお客さん。きっと驚くわ」

 誰だと思ったのか、少し間があってどうぞという声が返る。それに答えるようにアメリアが扉を開いた。


 そこに立っていたのは騎士団の制服にマントをつけた女性で、腰には剣を下げている。一目見た瞬間、はっと息を呑むほど美しい彼女は目を丸くしてこちらを見ていた。

 結衣菜がその人に声をかけようと口を開けた瞬間、柔らかな温もりが彼女を包み込む。

 呆けていたのも束の間、結衣菜は自分が抱きしめられていることに気付いた。

「ティリス……」

「ユイナ、本当にユイナなのね! もう会えないと思っていたから……」

 ティリスと呼ばれたその女性は確かめるように結衣菜の頬に手をやった。

 至近距離で見る彼女は立ち姿よりももっと麗しい。長い睫毛の下の瞳は引き込まれるように美しい碧で、まるで宝石のようだ。

「もう、子供じゃないんだから……。ティリス、久しぶりだね。会いたかったよ」

 恥ずかしそうに彼女の手を取った結衣菜が微笑むと、ティリスの顔が見る見るうちに赤く染まっていく。

「そ、そうよね、もう何年も経っているんだもの。私、あんまり嬉しくって、つい……!」

 恥ずかしそうに居住まいを正したティリスが、凛とした声で言った。

「それじゃあ、あなた達の事情を聞きましょうか」




 ティリスは結衣菜達三人を部屋に入れると、エインとアメリアを下がらせた。

 彼らを椅子に座らせると大方の話を聞き、また難しいことになったわねと肩を落とす。

 三人にも出した紅茶の器を皿の上に戻すと、彼女は口を開いた。

「またあなたたちの戻る方法を探す手伝いをしたいところなのだけれど、実は今、ディクライットはあまり安定した状況じゃないの。数年前ほどからちらほらと"闇の魔物"というのが現れて……」

「闇の魔物?」

 不穏な言葉だ。この世界には先ほどのポルシャンのように魔物という生き物が存在するが、それ自体が人間を見つけると襲ってくるものが多く、絶命すると黒い煙になって死体は残らないという正体不明の生き物なのだ。それに"闇の"という言葉がつくのは、紛れもなく何か良くないことの現れだろう。

「ええ。普通の魔物よりも凶暴で、人間に強い反応を示して襲ってくる魔物なの。見た目が黒くて邪悪だから闇の魔物と呼ばれているそうよ。最初は旅人や行商などがたまに襲われる程度だったのだけれど、最近は直接小さな村や集落が襲われるというのが多発していて、襲われた場所の住民たちの行方がわからなかったり、騎士団としても調査に重きを置いている状態なの」

「なるほど、大変だね。……じゃあティリスには頼めないか。どうしようかな」

「もちろん、私も団長業務の合間に情報収集をしてみるわ。エインになら話しても大丈夫だから、ここに滞在するなら彼を頼ってみて。物の手配はしてあげるから」

「えっ、ちょっと待って。ティリス、騎士団長になったの!」

 素っ頓狂な声をあげたのは結衣菜だ。彼女が知るティリスは、部下はいれども現場で動くような仕事を請け負っていたのだ。

「ええ、何年か前。前任の団長からの推薦を受けて。アメリアたち、話してなかったのね」

 そんな国の要人とこんな気軽に話してもいいものなのだろうか、この国もあまり落ち着かない状況と聞いた結衣菜は少しの迷いを頭に巡らせた。

「ねえ、あたしよくわかんないんだけど、騎士団長さんって強い人がなるものでしょ? 闇の魔物ってティリスさんでも簡単に倒せないの?」

「風、失礼だろ」

「いいのよ。残念ながら、現状確認されている闇の魔物には有効な手段というのは見つかっていないの。だから私一人でどうにかできる問題ではなくて……まあ、闇の魔物についてはこのくらいにして、あなたたちも移動するなら気を付けて動いてね」

「怖いなあ……」

 悠が少し表情を曇らせ、出された紅茶を口に運ぶ。

「あ、そうだ。もしまた世界を巡るとしても、テーラには近づかない方がいいわ。今、あの国はどんな情勢になっているのか分からないの。数年前に開通した二国間の山を越える街道も今は一方的に閉鎖されていて、アズルフ王ともしばらく連絡が取れていない状況なの」

 アズルフはかつて結衣菜が旅の途中で出会ったテーラ国の王子の即位後の名前だ。即位前はアレンという名前だったが、心優しく誇り高かった彼が理由もなしに隣国との国交を断絶するなどは結衣菜には想像ができなかった。

「そうなの……アズルフ、どうしちゃったのかな」

「伝書が返ってこない限りはどうしようもないわ。ニクセリーヌからまわるのにも今は闇の魔物で危ないし。事が落ち着くまではディクライットにいた方が安全ね」

「やっぱり、この世界って危ないんだ。僕もあんまり他の場所には行きたくない。このディクライットって国は安全なんでしょ?」

「悠、そんなこと言ったらいつまでも帰る方法なんて見つからないよ? ずっと帰れなくなってもいいの?」

「それは……」

「結衣菜ちゃん、ディクライットの中で他に当てとかってあるの? 知り合いとか」

「うーん、いないことはないけど……」


 と、突然結衣菜の言葉の続きを遮るように勢いよく部屋の扉が開いた。

「ティリス! 俺の演習の量を増やしてどういうつもりなん……誰だこいつら」

 入ってくるなりの大声、そして結衣菜達を睨みつけた男は一目見て身分の高いものだと分かる出で立ちだ。艶やかな長い髪には美しい髪飾りがつけられ、マント留めもそれと似たものがつけられている。しかし、彼の表情はその姿には似つかわしくないものに見えた。

「殿下、扉は大事にしてください。彼らは私の古い友で、客人です。どうぞお気になさらず」

 殿下と呼ばれた彼をみて悠は背筋を凍らせる。何かわかっていない風は何かを言おうとしていたが、先にティリスが続けた。

「演習についてはこの前ご説明した通り、陛下のご意向です」

「それはお前が陛下に言ってくれればいいじゃないか、俺は……」

「殿下。陛下は殿下の成長を願っておいでです。それがいずれこの国のためにもなると。その考えを同じとする私からは陛下に演習を減らす進言をすることはありません」

 断言したティリスの言葉は暗に文句があるなら王に直接言えと言っているようなものだ。その意を解したのか横暴な男は舌打ちをして部屋を飛び出す。

 また勢いよく閉まった扉を見て、風は眉間にシワを寄せた。

「あの人何? 急に入ってきてティリスさんのことをお前とか言って、ありえないんだけど」

 明らかに怒気を孕むその言葉に悠は青ざめる。

「ば、馬鹿、風……」

「フウ、あの方はね、アルバート様って言って、この国の第一王子であらせられるわ」

「ダイイチ、オウジ……王子様⁉︎ あんなのが⁉︎」

 勢いよく立ち上がった風は周りの驚いた顔を見回すと恥ずかしそうに俯いた。

「風、今は私たちにできることをやろう。そうだ、ティリス。何処か安全な宿をお願いできないかな。三人で今後のことについて詳しく話したいんだ」

 頷いたティリスは顔に手をやって考え込み、そしてハッと思いついたように手を合わせた。

「あ、宿ではなくて城の空室ならあるわ。一つで良ければしばらく滞在してもらって大丈夫よ。使用人用の部屋だから少し狭くて申し訳ないのだけれど……生憎客室は来客で埋まってしまっていて」

「ありがとう! 泊まれるだけありがたいよ」

「決まりね、案内させるわ」

 そうして、一行は騎士団長の執務室を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る