11.アウステイゲン騎士団員

 その日、朝から風は機嫌がよかった。ティリスに体を動かす方が得意と伝えたところ、手の空いた団員が風の稽古に付き合ってくれることになったのだ。ティリスは別に無理に戦えるようにならなくても……と呟いていたがそこをなんとか! と半ば強引に押し通した。

 結衣菜がいない間はとにかく暇だ。本来なら生活するためにご飯を作ったり洗濯をしたり全てしなければいけないのだろうけど、客人という扱いで滞在している風達がそういうことをする必要はなかった。

 図書館通いをしている悠ならともかく、一度覗いてみたきり本かぁ〜、と姿を現さなくなった風には時間が有り余っていた。その間、城の中を散歩したり騎士団員や学生たちと話をするのが常だったのだ。その退屈な時間が、楽しい時間にかわる。

 今日はまずいろんな武器を触って、どれが向いているか考えるところから始めようという話だった。意気揚々とティリスに指定された場所へと向かった風は魔法の演練場との違いに驚く。

 金属のぶつかり合う音が響き渡る演練場。そこは風が通っていた学校で放課後に活動する運動部のような匂いがする。魔法も体力を使うというが見たところ汗をかくというよりは疲労の蓄積といった方が正しいようで、訓練をしている人たちも線の細い人たちが多かった。しかしこちらは見るからに屈強な人ばかりだ。

 キョロキョロしている風を見つけて手を挙げたのはティリスだ。彼女の長く美しい髪は紫水晶のように輝いていて、城のどこにいてもとても目立つ。根元だけ綺麗な青なのは不思議だが、この世界にはそう言う人もいるのだろう。

「ティリスさん、おはよー! 今日も綺麗ですね!」

「ふふ、おはよう。今日も元気ね。最近はよく眠れてる?」

「うん、ぐっすり! それで、今日はどんなことするんですか!」

 目をキラキラ輝かせた風の期待値は大きい。心配するまでもない少女を見てティリスは柔らかく微笑んだ。

「そうね、私はこの後別の仕事があるからここには長くはいられないのだけど、引き継ぎを……あ、来たわ」

「おーすっおはよう! お! お前がティリスの言ってた嬢ちゃんか? ちっこいなぁ!」

「へっ……て、わぁぁ! なに!」

 いきなり後ろから風の頭をわしゃわしゃと撫でたのは赤い髪の大男だ。風より一回りも二回りも大きいその男は風の反応を見ておかしそうに笑っている。

 彼の手を退けたのは背の高い長髪の男で、気の良さそうな笑顔を浮かべて赤髪を嗜める。

「ヴァス、この子はティリスの客人だ。いくらなんでも雑すぎる。失礼したねフウ。私はヴァリア、こっちの煩いのはグスターヴァスだ」

「大丈夫、びっくりしただけ! よろしくねヴァスさん、ヴァリアさん!」

「よろしく! すまねえな、有名人に会うってなると楽しくてな! 殿下と喧嘩したってもっぱらの噂だぞ」

「げ、結衣菜ちゃんにあんまり目立つなって言われてるのに……」

 嫌な目立ち方をしている、と青い顔をした風に対してヴァリアは飄々としていて、ヴァスはまた笑っている。仲が良さそうな二人だ。

「はは、あれだけ大勢の前で注目を浴びればそりゃ噂も広がる。さて、実は後二人来る予定なんだが……」

「もう来ているぞ」

 背後からの声にヴァスは飛び上がり、ティリスが笑う。その視線の先には二人の女性が立っていた。

「ユーフォルビア、早かったのね。カースティも」

「ああ、討伐対象が普通の魔物だったから想定より早く終わった」

「わ、二人ってお前らかよお」

「何か文句でもあるのか」

 ユーフォルビアと呼ばれた彼女はヴァスを睨みつける。背が高いのもあるが燃え盛る炎のように鮮やかな紅色をした髪も相まって彼女のその迫力は凄まじい。

 カースティの方は冷ややかな視線だ。彼女の空色の瞳を見て風は綺麗……と呟いたがそれを聞いているものはいなかった。

「そうよ、得物の話をするなら私たちが適任でしょ。どうせこの後の任務も一緒だし」

「いや、そうだけどよお……」

「なんだ、まだ何か言いたいことでもあるのか」

 詰め寄るユーフォルビアにヴァスはたじたじだ。ヴァリアも何か言おうとした時、ティリスの凛とした声が響いた。

「それじゃあ、揃ったようだし始めましょうか。準備はいい?」

 ティリスはおもむろに剣を引き抜くと周りの皆を見た。かちあう視線。

 その瞬間、一斉に皆が武器を抜いた。何が起こったのかわからない風は不意に自分が宙に浮いていることに気づいて叫び声を上げる。彼女を担ぎ上げたグスターヴァスは近くにいた学生に風を押しつけると、まだ目を白黒させている彼女を見て笑った。

 彼は無骨なデザインの大きな斧を振り上げると先程集まった団員たちに向かって振り下ろす。風はまた悲鳴を上げたが、その斧を受けたのはティリスの細い剣だった。剣を斜めにすると金属音と共にヴァスの斧が流れていく。

「防御魔法を張っておくように」

 近くの学生にそういったのはヴァリアだが、ヴァスの一振りから始まった混戦には彼も含まれていた。勢いよく距離を詰めようとしているのはユーフォルビアで、二振りの剣を器用に使い分け、下からヴァリアを斬り上げようとした。

 彼の槍がその動きを封じると、ユーフォルビアはすかさず横から斬りかかる。察知した彼は長い槍を回すように動かし、その剣先を凪いで鋭い突きを繰り出すが、素早く振られた剣に弾かれた。

 後方で弓を構えているのはカースティだ。彼女が放った矢はティリスの剣によって弾かれ、それに気づいたヴァスがなんと持っていた斧を投擲した。驚きながらカースティがそれを避ける。地面に落ちた斧が金属の音を上げる。

「めちゃくちゃなんだけど! 次は外さないから!」

 再び矢をつがえるカースティの非難の声にヴァスは笑い、もう一振り担いでいた大剣を構えた。その隙にティリスはカースティへと距離を詰めた。横からの一閃に、カースティは持っていた矢で受け止める。どうやらそれは金属製らしく、軽い音が鳴った。

 攻撃を流されたティリスは続けて上から剣を振り下ろすが、その足元をヴァスの大剣が横切った。飛び退いた彼女はそのまま近くにいたヴァリアの槍、持ち手に飛び乗る。バランスを崩したヴァリアが槍を離す前にティリスは離脱し、その場所をミアーの剣が空を切った。

「ティリス!」

「ふふ、せっかくだしみんなでやらないと楽しくないでしょう?」

 楽しそうな彼女の声に呼応するように、ティリスの剣は流れるように動く。戦闘を対話の一つとして認識するように、まるで言葉を紡ぐような流れは止まることを知らない。

 かくして、その応酬は苛烈さを増していった。しかしそれに比例するように表情は明るくなってゆく。彼らにとってそれはきっと戯れのようなものなのだろうと思いながら、風はずっと開けっ放しになっていた自分の口に気づいて慌てて手で覆い隠した。

「フウ」

 不意に声をかけたのはティリスだった。いつ抜け出したのか風の隣に立った彼女は先ほどまであんなに苛烈に剣を振っていたのにも関わらず、涼しい顔をしている。首に汗が一筋流れていたが、それすらも美しく見えて、風は感嘆のため息をついた。

「あら、つまらなかった?」

 そのため息をどう解釈したのか、ティリスは首を傾げる。慌てて首をブンブン振って否定した風を見て、ティリスは微笑んだ。

「よかった。それで、気になる得物はあったかしら?」

「うーん、なんかみんな凄すぎて、よくわかんないんだよね〜。あの斧とかおっきい剣? はかっこいいと思うけど」

「そうね。ヴァスの持ってるのはどちらも力が必要なのよね。あの二つは隙ができるのが弱点なのだけど、代わりに武器の重さと力で押し切ることもできる長所があるの、だから」

「なるほどお、か弱い女の子の私には難しいかぁ〜」

「ふふ、でも大剣はともかく、斧にも種類があるから、小さいものだったら扱えるかも。私のおすすめは剣か弓だけど、どうかしら?」

「剣! ティリスさんすごくかっこよかった! あ〜でも弓もいいな〜。私ね、弓道部だったの!」

「キュウドウブ? 弓はやったことがあるの? すごいわね、私弓は苦手で、一度も的に当たったことがないのよ」

「え、そうなの? ティリスさんなんでもできるんだと思ってた!」

「そんなことないわ。みんな得手不得手があるもの。それじゃ、なんとなく興味があるのも聞けたところで!」

 そういうとティリスは未だ交戦を続けている彼らの真上に炎の魔法を飛ばした。拡散してキラキラと散るそれを見て彼らは武器を収めたのだった。

「ちぇ〜もう終わりかよ〜。せっかくみんな集まったのにな」

「またすぐ集まれるわ。それじゃあ後はお願いできるかしら? フウは弓を扱ったことがあるみたい」

 その言葉に頷いて集まってきた団員たちに戸惑っている風に手を上げて挨拶すると、ティリスは演練場を去っていった。

「それじゃあとりあえず触ってみないとな! 俺たちもこの後任務だから、さっさとやるぞ!」

「わかった! よろしくお願いします!」

 そうして、風の武具訓練も無事開始されたのであった。

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