3.再会

 爽やかな平野の風が頬を撫でる。

 戦いをただ茫然と眺めてへたり込んだ悠に風が駆け寄る。

「悠、大丈夫?」

「腰抜けちゃった……は、はは……」

 そういった悠は目が笑っていない。よっぽど怖かったのだろう。

「悠ったら、途中からずっとあたしにしがみついて離れなかったんだよ。痛いのなんの」

「う、うるさいうるさい! しょうがないじゃん!」

 そう言った反動でまたへたりこみそうになる彼を風が笑いながら支え、双子の調子を確認した結衣菜はほっと胸をなでおろす。

 助けてくれた二人がゆっくりとこちらに向かって来る。

 よく見ると彼らが連れていたのは馬ではなかったが、結衣菜はその生き物に見覚えがあった。

 以前の旅の時にも結衣菜たちを助けてくれた生き物だ。スペディという種類のそれは見た目はほぼ馬だが耳の部分が馬のそれとは違い、長いたてがみのようなもので覆われている。

 これから会おうとしていたティリスが連れていたスイフトという名前のその生き物はとても人懐こくて優しい性格だった。

 そして、助けてくれた青年のほうにも、彼女は見覚えがあった。

 桜色の髪に混じり気のない青い瞳。

 屈託のない笑顔はだいぶ大人びてはいるが、彼を結衣菜は知っている。

「エインくん!」

 名前を呼ばれると彼はアメリアと顔を見合わせ、そして駆けてきた。

「大丈夫でしたか! なんで僕の名前を……って、もしかしてユイナさん⁉︎」

 元々丸みを帯びた目をさらにまんまるくして彼は驚愕の表情を見せる。

「やっぱりエインくんだった! よかった! 私達、ディクライットの城下町に向かう途中だったんだけど、さっきの魔物に遭っちゃって……」

「な、なんでユイナさんがこんなところにいるんですか⁉︎ 元の世界に戻れたって聞いてたのに……」

「あはは、それがちょっと事情があってね……」

 心配そうなエインになんと説明したものか、そう思案しているうちにエインの分の手綱を預けられたアメリアという女性が追いつく。

「なになに、ジェダンからの亡命者かと思ったらエインの知り合いー? 見慣れない服ね?」

 すこし不穏な響きの言葉を綴った彼女はエインの後ろから彼らのことをまじまじと見つめる。歳は結衣菜と同じか少し上くらいか、とっても愛らしい顔の彼女は目が合うとにこりと笑顔を見せた。

「私は斎藤結衣菜。ずいぶん昔にエインくん達にお世話になったことがあるの。こっちは甥っ子と姪っ子の悠、風」

 簡単に紹介をした結衣菜に、彼女は何か思いついた様子で突然両手を取って言った。

「もしかしてあなた、ティリスと一緒に旅してた子? そうよね! 私、ずっとあなたとお話ししてみたいと思っていたの! 会えて嬉しいわ! ユウくんとフウちゃんも、よろしくね!」

 勢いに押され何も言えなくなっている結衣菜を見てエインが口を開く。

「アメリア、ユイナさんが困ってます」

「あら、ごめんなさい、つい興奮しちゃって……そうとなったら早くティリスに報告しなきゃ! あ、私はアメリア・デンツァって言うの。この先のディクライット王国のお城で働いているアウステイゲン騎士団の一員よ。言うなればエインの同僚ね、先輩でもあるけれど! よろしくね、ユイナ」

 また手を差し出したアメリアに結衣菜も微笑んだ。

「こちらこそよろしく、アメリア」

「よーしじゃあエイン、ユウくんとフウちゃんはスペディたちに乗せて、ユイナは……」

「あー、えっと……私は大丈夫。悠が特に参ってるから、乗せてあげてくれると助かるよ」

「そう、スペディは二人乗りが得意じゃないから助かるわ」

 後ろから悠の文句のような声が聞こえた気がしたが、ひとまず双子はアメリアに任せることにした結衣菜はエインと並んでディクライットの街門に向かって歩き出した。

 旧知の存在にキラキラと目を輝かせたエインが口を開く。

「ところで、さっきの炎の魔法、見事でしたね!」

「うっ、エインくん笑顔が眩しい……。あれのせいで魔物大きくなっちゃったんだけどね、はは……」

 苦笑する結衣菜に「これ見てください」とエインが手のひらの上に先程の魔物のような形を生み出す。

「この魔物はポルシャンと言って、魔力を食べちゃうんです。だからああやって大きい魔法を当てると巨大化してしまうんですよ」

「へー、なるほど、だからかぁ。棒で叩いたら増えちゃったし、倒しにくい魔物だね」

「あはは、ポルシャンにやっちゃいけないこと全部やっちゃってますね。彼ら、雷の魔力だけは食べれないみたいで、その魔法をぶつければイチコロなんですけどね」

 手の上のそれに小さな電撃のようなものをぶつけると彼はそれを消して見せた。

「すごいすごい! あのままだったら危なかったよ。どうして魔物がいるって分かったの?」

「僕たち今日は街門の見張りだったんですけど、遠くに大きな炎が見えたから誰か戦ってるなと思って。怪我がなくてよかったです!」

「ありがとう。でもエイン君が……」

「あ、これですか? こんなのへっちゃらですよ! ほら」

 エインが腕を上げると、破けた服の中には綺麗な素肌が見えていた。

「すごい、もう治ってる……」

「もう、私がいなかったら全然へっちゃらじゃなかったんだから!」

 後ろからそう声をかけたのはアメリアで、エインは罰が悪そうに笑う。

 二人の仲のよさそうな掛け合いに結衣菜が微笑むと、街に入る門が近づいてきていた。

「あともう少しだね。早くティリスに会いたいな」

「ティリスさんもそう思ってるはずです! さぁいきましょう!」

 元気に先導するエインに皆ついていく。

 こんな頼もしい騎士団の人たちと一緒なら、きっと悠と風も大丈夫。

 再び降り立った異世界で、結衣菜はそんな楽天的な考えで頭を満たしてディクライットの街の門をくぐったのだった。

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