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 今年のバレンタインも目前だ。

 どんなチョコを柚希からもらえるのか、それを最近はずっと考えているようなものだった。


「どんなチョコもらえんのかな」

「お前さっきからそればっかじゃん……」


 隣で歩いている空が呆れたように俺を見てきた。

 いやいや、こんなの気になるに決まってるだろうが。彼女からの贈り物なら何でも嬉しくなるのは当然だけど、やっぱり年に一回しかないバレンタインなのだから期待してしまうのも仕方ないんだ。


「お前だって今年は特別な気持ちで凛さんからもらうだろ? そこんとこどうなんだよおら」

「おらつくなって……まあでも、そうだな。楽しみだよ」

「だよなぁ」


 男二人、今年は新たな気持ちで彼女からの贈り物を待っているということだ。

 今日は女子たち全員で揃ってチョコ作りということで傍に居らず、ちょうど用がなかった空と二人で放課後を過ごしていたのだ。


「そういや去年のことまだ覚えてるわ。田中が絡んだやつ」

「あぁ……」


 ちょうど一年になるがこの時期が来ると思い出してしまう出来事だ。

 そこまで大事になったわけではなく、柚希が何食わぬ顔で撃退したわけだが……まあ今年はもうあんなことはないだろうなとは思ってる。


「あの時の柚希凄かったもんな。田中が傍に居るのに和人の方しか見てなかったし。表情も田中には無表情そのものでお前には綺麗な笑顔だった」

「……めっちゃ見てんじゃん」


 チョコを受け取った柚希の嬉しそうな顔、それは俺も鮮明に覚えている。あんなの忘れろってのが無理な話だ。少なくとも今はあの頃より柚希とは更に親密な関係になり、お互いに求め合う仲になったのだから尚更だ。


「……はぁ」

「? どうした?」


 そう言えば今日、どこか空の様子がおかしかったことに気付いた。

 時間としては昼休みが終わった段階からか、凛さんと教室に戻って来た時からどこかおかしいとは思っていた。


「何かあったのか?」

「分かるか?」

「あぁ。つうか分かりやすすぎるって」

「……そうか。まあなんつうか、聞いてもらえるか?」

「もちろん。聞かせてくれ」


 お前の親友だからな。

 空は少し考えて話してくれたが、それは俺にとっても予想外というかマジかっていう話だった。


「凛さんを生徒会長に……か」

「あぁ。成績優秀なのもあるし、先生方の評価も厚い。それで凛に白羽の矢が立ったわけだ。まあそれだけじゃなくて本人の人柄も当然ある」

「ふ~ん」


 凛さんを生徒会長に……か。

 他にも候補は居るようだが、その内の一人が凛さんらしい。俺の中の凛さんはとにかく空のことを大好きな女の子だ。柚希を通して彼女と親しくなり、凛さんの抱える空への想いはこれでもかと知ったのだから。


「でも凛さんが受けるか? 生徒会長になると放課後とか色々とやることもあるだろうしお前との時間が取れなくなるだろ? 部活動はやってないしちょうどいいのかもしれないけどさ」

「当然そう言ってくれたよ。でもなぁ……俺としてはそこまで頼りにされる凛はやっぱり誇りっていうかさ」


 空は感慨深そうにそう言った。

 まあそれは俺も同じように思う。生徒会長になった凛さんっていうのは見てみたいし、色んな意味で俺たちの学校に吹く新しい風みたいな気はするのだ。

 劇的な変化はなかったとしても、俺にとっても凛さんはとても頼りになる友人には変わりない。そんな彼女がもしも生徒会長になるのだとしたら、色々な面でサポートはしたいと思っている。


「ならお前も副会長になれば? それなら一緒に居られるじゃん」

「……実はそれも提案された」

「へぇ?」


 ちなみにうちの高校は生徒会長は投票によって選ばれるが、それ以外の役員は生徒会長がお願いする形でも可となっている。凛さんの隣に立つのが副会長の空ってのも全然ありだと俺は思ってるけどな。


「まあ俺は応援するぜ? 空と凛さんが納得する形で答えを出せばいいと思う」

「……そうだよな。分かった」


 まあでも、空が副会長として手伝いたいなんてことを口にしたら凛さんは考える間もなく頷きそうだ。実際にそういった立場になったとしても私物化はせず、空も凛さんも二人揃ってどこまでも真面目に取り組む姿が……なんていうのかな、簡単に想像できるくらいだ。


「これからどうする?」

「カラオケでも行こうぜ」

「了解」


 それから夕方の遅い時間まで、俺は空と二人でカラオケを楽しんだ。やっぱり男友達とカラオケってのも楽しくて良い時間だと思えるが、お互いにパートナーが居ないのは少し寂しいらしい。


「和人と柚希を見ててなんであんなにお互いを求めるんだろうなって正直思っちゃいたんだよ。でもそういうことかぁ、こういう気持ちになるんだな」

「なんだよやっと気づいたのか?」


 うりうりと空の肩を小突いた。


「まあでも、この寂しさも悪くないだろ? 俺たちには大好きな人が、大切な人が居るっていう証なんだから」

「……はは、分かっちまうのがなんか悔しいなぁ」


 何が悔しいんだ馬鹿野郎。

 俺はついスマホを手に取って柚希に電話を掛けた。しばらく音楽が流れた後に柚希は出てくれた。


『もしもし、どうしたの?』

「いや、特に用はないんだけど……声が聴きたくなってさ」

『むふふ~♪ いいよぉ? いくらでも声を聴かせてあげる。何を言ってほしいのかなぁ?』


 電話の向こうの柚希はご満悦だと言わんばかりにそんな提案をしてきた。

 柚希に言ってほしい言葉ってのはもう言い尽くされたような気がしないでもない。それでもこうやって声を聴けるだけでも寂しさは紛れてくる。


「バカップルだなぁ」

「お前が言うんじゃねえよ」

『あ、空も居るの? 何々、二人でデートとか妬いちゃうなぁ?』


 空とデートはちょっと気持ち悪いからやめてくれ、俺と空は互いに苦笑した。


「空と色々話しててさ。それで柚希のことを考えて寂しくなったんだよ。本当にどんだけ柚希のことが好きなんだよって思ってる」

『あはは♪ あたしも一緒だけどねそれは。カズ、愛してるよ♪』

「俺もだよ」

『……ふへ』

『お姉ちゃんが気持ち悪い顔してる!!』

『気持ち悪い言うな!!』


 電話の向こうで何かを投げるような音の後に乃愛ちゃんの悲鳴が聞こえた気がしたが大丈夫か?


「柚希?」

『大丈夫だよ。言論統制ってのは大事だからね!』


 ……流石暴君、乃愛ちゃんは犠牲になったのだ。

 しかし、やっぱりこうして会えないとしても彼女の声を聴くことが出来ればそれだけで心が温かくなる。俺は空に微笑ましく見つめられながら、それからしばらく柚希との通話を楽しんだ。


 そして、ついに柚希と付き合ってから初めてのバレンタインデーがやってきた。

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