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「なんか懐かしい感じがするね」

「そうだなぁ……」


 隣に座る柚希に俺はしみじみと答えた。

 冬休みを終えて新学期が始まり、今俺と柚希は図書室で委員会の仕事をしているわけだが……なんだかとても懐かしい感じがするから不思議だ。


 相変わらず二人でカウンターに座って時折やってくる人の相手をするだけだが、何というかこの仕事はいつまで経っても変わらないしのんびり出来る。


「こう言っちゃなんだけど楽な仕事だよね」

「まあな。つっても委員会なんてどこもそんなもんだ」


 柚希が言ったように楽なのは楽だが、僅かであっても放課後に拘束されることを嫌がる人は一定数居るはずだ。そういう人たちはそもそも図書委員はおろか、委員会に進んで入ることもしないだろう。


「ちょっと本を仕舞ってくるよ」

「おっけ~」


 返却された本を持って俺は本棚に向かった。

 図書委員になってもうすぐ一年が経過するわけだが、どこにどんなジャンルの本があるのかもほとんど覚えてしまった。


「……?」


 ふと、本を棚に戻していると一人の男子が柚希に声を掛けているのを見つけた。彼はさっきまで本を読んでいたはずだが……どうやら俺が離れたのを見て柚希に近寄ったらしい。


「……ほんと、柚希ってモテるよなぁ」


 少し前なら……いや、今でもああいうのを見るのは嫌だ。けれど、あんな場面を見てしまうと改めて柚希が凄くモテることを思い出す。

 初めて彼女を見た時よりも、仲良くなった頃よりも、そして付き合い始めた当初に比べても柚希は大人の魅力を兼ね備えた女性へと変化しているようにも見えた。


「……戻るか……いや、その必要はないか」


 柚希が困っているなら、そう思ったがどうやらあの彼は全く相手にされていないらしい。ここからの距離では何を話しているか分からないが、柚希が分かりやすく睨みつけると彼は逃げるように図書室から去って行った。


「最初から話しかけんなよな」


 俺の彼女にちょっかいを出すなという気持ちもあれば、柚希にあんな風にあしらわれたことに清々しさも感じた。柚希は俺以外にも笑顔を見せるけれど、所謂特別な笑顔というのは俺にだけ見せてくれる……それが俺に心の余裕を持たせているに違いない。


「さてと、これはここで後はあっちと……」


 一旦柚希から視線を外して本の収納を再開した。

 そうして本を仕舞っていると、いつも居る後輩の女の子の姿が目に入った。彼女が机に広げているのはノートだけで……本を読んでいるわけじゃないのか。しばらく何かを考えるように腕を組んで目を閉じた。


「……なんか気になるな」


 すまん後輩、少しだけ失礼なことを許してくれ。

 本を仕舞うフリを装い、俺は後輩の後ろに立ってチラッとノートを見た。すると、そこに書かれていたのは俺の度肝を抜くものだった。


「っ!?」


 思いっきり驚いたが顔に出ただけで済んだ。文字が小さいので見づらかったけどある程度は見ることが出来た。


「……………」


 ひっそりと見た俺が悪いのだがまあ……これは事故ってことにしておこう。

 とはいえ、さっきチラッと見た内容が中々頭から離れない。それは柚希の元に戻っても相変わらずだった。


「何かあったの?」

「いや……」


 当然柚希が気になるくらいには顔に出ているらしい。

 チラッとここから見えるあの後輩の女の子、彼女は真剣な面持ちでノートとにらめっこをしながら文字を書いている。


「……カズぅ、なんであの子を見てるの?」

「え?」


 っと、悲しそうな声が聞こえたと思ったら柚希が涙目で俺を見ていた。俺はしまったと思い謝ろうとしたが、彼女がこの程度のことを気にするわけがない。その証拠に焦る俺を見て柚希はクスッと笑ったのだ。


「あはは、ごめんね。大丈夫だよ、カズにそういう気がないの分かってるから」


 その通りだよ。

 その意味も込めて、俺は手を伸ばして柚希の頭を撫でた。


「あ……ふふん♪」


 あ、その笑顔最高だ。

 いつ触ってもサラサラな髪の毛で気持ちが良い……風呂上りに結構時間を掛けて髪を乾かしてケアをしているのも良く見る光景だ。柚希は何気ない表情で髪を梳かしているけど、本当に女性って大変だなって思うよ。


「綺麗な髪だ」

「えへへ、いつも手入れ頑張ってるから」

「……だな。大変そうだとは思うけどほら、泊まりに来た時とかよく見るじゃん。俺さ、柚希がああやって髪の手入れをするところか見るの好きだよ」

「え? そうなの?」


 自分でも分からないけど、女性が髪を梳く仕草って良くない? こう思うのって俺だけだろうか。


「でもそっか。ああいう時ってね、結構時間掛かるから出来るだけ早く済ませてカズに退屈させないようにって思ってたの」

「そうなのか? それこそ気にしなくていいんだぞ?」

「そうだね。でもカズも物好きだなぁ♪」

「柚希だから好きなんだと思うよ。他の人だったら絶対退屈だって」

「他の女の人のそんな姿を見ることはありませ~ん! 一生ないもんね!」


 それは柚希がずっと傍に居るから……だろ? そう問いかけると柚希は頷いて俺に抱き着いてきた。俺はつい柚希を何気なしに受け止めたけど、何やら視線を感じてそちらに目を向けると……うん、後輩がジッと俺たちを見ていた。


「……!?」

「……………」

「? ……あ、見られちゃったね♪」


 柚希は別に見られても気にしないって感じだけど……あの子はそういうのじゃないと思うんだよな。ニコニコと俺の胸元で笑う柚希と見つめながら、俺はさっき見た物をもう一度思い出した。


『夕暮れに照らされる図書室で、恋の熱に身を焦がす男女の営み』


 ……あの後輩が書いていたのは自作の官能小説だ。

 何回も言うがチラッと見ただけで全貌を見たわけではない。しかし……喘ぎ声の羅列に関しては見えたのでほぼ間違いないと思う。


「あ、そろそろ時間だね」

「だな」


 俺と柚希が立ち上がると、後輩も時間が来たことに気付いて荷物を纏め始めた。俺が少しとはいえその秘伝ノートを見たとも知らず……いや、俺の方が圧倒的に悪いんだけど……う~ん。


「そこの人~? 早くしないと閉めちゃうぞ~?」

「あ、待ってください~!」


 パタパタと足音を立てて彼女は外に出た。

 そして、帰る間際にもう一度こちらに振り返り口を開いた。


「本当にいつもいつもありがとうございます先輩方!」

「うん……うん? 何がありがとうなの?」

「色々です! ではっ!」


 サッと後輩は走り去った。

 ……完全に確定だなこれは。複雑な顔をする俺の横で、柚希は何故お礼を言われたのか分からずに首を傾げている。


「柚希、あの子はまあ……いや、やめておくよ」

「え? なんで気になるって!」

「……………」

「むむむっ、これはイチャイチャ攻撃で聞き出すしかないね♪」


 ちょっと柚希さんそんな手をワキワキさせないでくれって!

 それから抱き着いてきた柚希だが……何とか秘密は守ったぞ後輩!

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