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「へぇ涼月と」

『うん。美和と友達になっちゃった♪』


 少し用事があって放課後は一緒に居られなかったが、まさか柚希が涼月と会っていたとは思わなかった。俺たちの新しい関係が始まった公園で偶然の再会だったらしいけど、彼女にとってとても良い時間だったみたいだ。


『でもなぁ、あたしの知らない過去のカズを知ってるのは少しジェラシーかも』

「まあそれは仕方ないだろ。つっても知られて恥ずかしいこととかないけどさ」

『カズが意外とモテてるかもみたいなこと聞いたよ~?』

「んなアホな」


 俺がモテるってのは流石に盛りすぎだろ涼月さんよ。

 確かにそれなりに話す相手は居たけどその程度だ。そう言う意味でなら良く話をしていたのが涼月になるわけだし。


『でも、そんなカズの魅力に気付いて付き合えたのがあたしだもんね♪』


 その柚希の声には僅かな優越感を俺は感じ取った。本来ならば、柚希のようなとっても可愛くて美人な彼女を持った俺の方が優越感を抱く方だというのに……。まあでもこれが柚希って女の子なんだよな。俺にとって大切で、今の俺を形作ってくれる大切な子なんだ。


「ほんと、俺柚希のことが大好きだわ」

『あたしもだよ。あたしも大好き、だいだいだいだいだいだ~いすき♪』


 あぁ耳が幸せなんじゃ~♪

 ……っと、トリップするのはこの辺にしておこう。それからお互いに尽きることなく大好きだと、相手が喜んでくれるであろう言葉を言い続けていた。すると、柚希がこんなことを言いだすのだった。


『もうなんでカズ今傍に居ないの!? 抱きしめたい! 抱きしめられたい! チューしたい! むがああああああっ!!!』

「お、落ち着け柚希!」


 バタバタとベッドの上で足を強く叩きつける音が聞こえてきた。そんな風に言ってくれるのは嬉しいし、俺を求めてくれるのは彼氏として誇らしいことだけど取り合えず落ち着こうな?


『……むぅ。カズぅ!』

「ぐぅ……今すぐに家を飛び出して会いに行きてえええええ!!」

『そこまで我儘言えないよぉ……カズぅ!!』

「……ちょっとそっち行くわ」

『お、落ち着いてカズ!!』


 普通に上着に手を掛けていた俺だった。

 反射的にそこまで動いたことに自分でも驚きつつ、改めて柚希の言葉の力というか込められる気持ちの強さを思い知った。


『そう言えばさ』

「うん」

『来月はまたバレンタインだねぇ』

「……あぁそっか。もうそんな時期が来るのか」


 バレンタインデー、男子高校生ならソワソワしてしまうイベントの一つだろう。俺にとっても柚希からチョコをもらえる特別な日でもある……って、バレンタインがやってくると去年を思い出すな。


「去年を思い出すよ。柚希がチョコを作ってくれたこと」

『あったねぇ。あの時からあたし攻勢に出てたからさ♪ 雑音はあったけど』

「あ、田中……」


 そう言えば最近田中を目にはするけど柚希のことに関しては絡んでこなくなった。時折柚希を見ているのを目撃すると諦めきれてないのは分かるけど、気に入らないからといって行動するようなことはなかったのだ。


『自分を好きになってくれた人について雑音って言うのは最低かもしれないけど本当にあたしはそう思ってるんだよ。好きって言われるのも、愛してるって言われるのもカズだけでいいもん。だから、こんな最低なあたしを好きになった田中君が全部悪いんだから』


 俺だけかもしれないけど、こんな理由で自分を最低だって言う柚希が本当に愛おしくて仕方ない。そうだな田中が全部悪い、そういうことにしておこう。


「……はは」

『えへへ』


 そうして二人で笑い合った。

 さてと、それじゃあ今日はこの辺りで寝ることにしようか。お互いにどうやらもう眠たいみたいだしな。


「おやすみ柚希」

『おやすみなさいカズ』


 電話を切り、俺はすぐにベッドに横になった。

 柚希との会話のおかげでとても良い気分、だが同時に早く明日になって柚希に会いたい気持ちが溢れて止まらない。すぐに目を閉じると段々と意識が沈んでいく感覚があった。


 そして――。


「おはようカズ♪」

「……おや?」


 次に目を開けたら柚希がニコニコと笑みを浮かべて立っていた。

 なるほど、俺はどうやら夢を見ているらしい。柚希に会いたい気持ちが強すぎて彼女の夢を見たということか……ま、それも別に悪くない。夢なら時間は無限、どれだけイチャイチャしても誰にも咎められないし文句は言われない。


「おいで柚希」

「え? もしかして寝ぼけてる?」

「柚希?」

「……ううん何でもない。それじゃあ失礼しま~す♪」


 鞄を置き、コートを脱いで柚希はベッドの潜り込んできた。俺と違って柚希の体は冷えていたが、そんな彼女を温めたいと思って抱きしめた。


「……えへへ~♪ 幸せぇ」


 蕩けたような表情でスリスリと頬を擦り付けながら愛情表現をしてくる柚希に俺はもう我慢出来なかった。制服の隙間から手を入れて、柚希の柔らかさを堪能する。焦ったような声を出す柚希だが、すぐに何も言わなくなって体を寄せてきた。


「まるで本物みたいだなぁ……」

「本物って何がぁ?」

「いや夢じゃなくて現実……?」


 っと、そこで俺は冷静になった。

 正直、ここまで鮮明な夢があるのかというそもそもの疑問だ。頬を赤くして俺を見つめる柚希から視線を外して時計に目を向けると……普通に朝だった。


「……これ夢じゃないね」

「そうだよカズのばかぁ♪」


 ツンツンと頬を突いてくる柚希を見てサッと手を離した。

 どうやら俺は相当なレベルで寝ぼけていたらしい。柚希と一緒に体を起こすと、彼女は苦笑しながら乱れた服を元に戻した。


「まさか起こしに来た彼氏に朝一から胸を揉まれるなんて思わなかったよ。甘い刺激が気持ち良かったけどさ」

「……マジでごめん」

「謝らないで? ぶっちゃけ喜んでるあたしが居る!」


 ……なら良かったと俺はため息を吐いた。

 つうか昨日すぐに目を閉じたと思ったらこれなんだからそりゃビックリする。単純に俺が寝て起きたら朝になっていただけの話だけど……でもそうか、今日は柚希からこっちに来てくれたんだな。


「昨日の電話でも言ったけど我慢できなかったの。だからあたし、朝早くからこっちに来ちゃいました♪」

「可愛すぎるだろ」

「当然、カズの彼女は可愛いんですぅ!」


 可愛いってもんじゃない鬼可愛い……って何を言ってんだ俺は。


「……まあでも」


 やっぱり朝一に柚希の顔を見れるのは幸せなことだ。

 寒くて布団から出たくなくなりそうな気分もすぐに失せる。それもこれも目の前で笑っている彼女のおかげだ。


「雪菜さん下で待ってるよ?」

「分かったすぐに行く」


 こうしてまた、朝から最高の気分の一日が始まった。

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