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新学期初日とはいえ、何か特別なことがあったわけではない。
和人も柚希も空たちを含めたクラスメイトたちと会えなかった分の話をしたりして楽しんでいた。そして放課後になり、和人と柚希はいつものように二人で下校していた。
「それじゃあ柚希、今日はちょっと用事があってさ」
「分かってるよ。また明日ね!」
「おう!」
家の用事があるということで、和人は柚希を送り届けてからすぐに帰ってしまった。実を言えばもう少し一緒に居たかったが、そんな我儘を言って和人を困らせたくはなかった。
「……暇になっちゃったなぁ」
既に家に入ってしまったが、柚希は雪が止んだ外をジッと見てうんと頷いた。
「ふふ、冬の景色を見ながら散歩でもしよっと」
朝はそれなりに雪が積もっていたが、昼ぐらいから日差しが強く差し込んだこともあって雪は溶けていたのだ。柚希は再び上着を羽織って外に出た。
「……はぁ」
息を吐くと白い靄が出るほどに寒い、それでも柚希は歩き出した。そして何を思ったのか、柚希が向かった先は近所の公園だった。そこは柚希にとって和人と恋人の時間が始まった場所、思い出の詰まった場所でもあった。
「あそこのベンチでカズを押し倒してキスをして……それで蓮と雅に見られたんだっけなぁ。ふふ、今となっては凄く懐かしい」
あの時のことは鮮明に思い出せる。
和人に想いを伝えられ、我慢できなくなって押し倒したのだ。夢中になってキスをして二人の世界に入り込んでいた時、蓮と雅が現れてちょっと残念に思った瞬間だ。
「小さい子は元気だねぇ」
視線の先では小学生低学年くらいの子供が集まって雪合戦をしていた。足を滑らせて転げた子を見た時はつい駆け寄りそうになったが、良い感じに雪がクッションになって傷が出来たりはしてないらしい。
「あたしたちにもあんな瞬間があったんだよね」
かつては柚希たちも当然あんな時代があった。
学校が終わったら一目散に集合し、何をして遊ぶかを決めて騒ぎ出す。今と違い男の子みたいだった柚希はそれはもう駆けずり回った。
「……懐かしいなぁ。そこにカズは居なかったけど」
唯一昔の記憶で残念な部分があるとするなら、そこに和人が居なかったことだ。
昔から彼が居てくれたならどれだけ楽しくて幸せだったか、そうは思うがおそらく彼氏彼女の関係にはなれなかったかもしれない。高校で出会い、あんな出来事があったからこそ和人と結ばれることが出来たのだと柚希は改めて考えた。
さて、そんな風に思い出の詰まった公園をそれとなく眺めているが元気な犬の鳴き声が聞こえてきた。まさかと思って柚希がそちらに目を向けると、制服姿の女子が犬を連れて歩いてきていた。
「あ、涼月さん?」
そう、歩いてきていたのは涼月美和だった。
彼女は柚希の存在に気付いて目を丸くしたが、片手を上げて笑みを浮かべた。
「涼月さ~ん!」
特に絡みはなく、和人を通じて出会ったわけだがこうして反応してもらえば柚希としてもとても嬉しいものだ。
「こんにちは月島さん。久しぶりだね?」
「うん久しぶり! 竜神丸も久しぶりね!」
「わんっ!」
犬用の可愛らしい服を着た竜神丸が柚希に飛びついた。
はっはっと構ってほしいオーラを醸し出すその様子に、柚希は可愛いなと満面の笑みを浮かべて受け止めた。
「あはは、くすぐったいよぉ」
ペロペロと頬を舐めてくる竜神丸に柚希はくすぐったそうにしながらも決して離さなかった。
「ちょっと竜神丸!」
「あ、大丈夫だよ涼月さん。あたしさ、ペットは飼ってないけど犬とか猫が大好きだからさ」
「そう? それならいいけど……でも足の裏とか汚れてるし」
涼月が言ったように、竜神丸の手足の裏は汚れている。そのせいで柚希の服は僅かに泥が付いてしまっているが、やっぱり柚希に気にした様子はない。
「今日は三城君は?」
「家の用事があるんだって。家まで送ってくれたけど、その後に少しあたしは散歩したくなってね」
「なるほどね……ふふ、月島さんの気まぐれに感謝だね。こうやって出会えたから」
「うん! あたしも嬉しかったよ!」
「わんわん!!」
竜神丸も嬉しいと言っているかのように大きく吠えた。
それから少し竜神丸を撫でまわしていた柚希だが、そろそろ涼月に返そうと思って手を離した。すると竜神丸が悲しそうに耳をシュンとさせた。
「くぅ~ん……」
「あはは、ごめんね? もう少し撫でよっか」
再び撫で始めると、機嫌を直したように尻尾をブンブンと振り回した。
「月島さん、あなたが美人だから竜神丸はデレデレしてるんだよ。本当にこの子はもう!」
「そうなの? ほれほれ、こういうことをされると嬉しいのかなぁ?」
柚希は思いっきり竜神丸の頬に自身の頬を当ててスリスリと擦り付ける。更に尻尾の振りが強くなり、柚希のスキンシップにとても喜んでいるのが見て取れた。
「可愛いなぁ……」
「……月島さんの方が可愛いけどね」
竜神丸を構う柚希の優しい表情に涼月は少しドキッとした。ギャルっぽい見た目でありながらも親しみやすさを感じさせる雰囲気、さぞや和人と付き合う前はモテたんだろうなと涼月は予想した。
「竜神丸は贅沢だなぁ……私も撫でまわしちゃお」
涼月も参戦し、二人で雪の上で横になる竜神丸を撫でまわしていた。
そんな中、ふと涼月がこんなことを口にした。
「ねえ月島さん、三城君って凄く優しいでしょ?」
「え? うん、それはもうね。どうしたの?」
「ううん、深い意味はないよ。三城君さ、中学の時に花瓶の水を暇だからって変えたりしてたんだよ。美化委員ってわけでもなかったのに……ああいう小さなことが出来るって優しい証拠だと思うんだよね」
「へぇ……そんなこともしてたんだねカズは」
少しだけ涼月に柚希は嫉妬した。
柚希が知らない中学時代の和人を知っているからだ。まあでも、そんなことに嫉妬するほど小さな女ではないと柚希は苦笑した。
「話をしても優しいのは伝わるから……ふふ、三城君もモテるほうだと思ってたんだけどなぁ」
「それはダメだよ! ……あ」
「ふふ、あはははっ!」
柚希のような美人も恋人のことになれば目の色が変わる。そんな様子が涼月にとってはとても面白かった。
「そこまで笑わなくてもいいじゃん……」
「ごめんね? あ~あ、月島さんともっと早く知り合いたかったな。凄く楽しい」
「そう? でもあたしもそう思うかなぁ……あ、そうだ!」
「どうしたの?」
竜神丸を撫でる手を止めて、柚希は涼月の手を取った。
「これから友達になろうよ♪」
それは突然の提案だったが、涼月にとっては不快なものではなかった。むしろどこかで望んでいたことでもあった。柚希の言葉に涼月が頷くと、せっかくだから名前で呼び合おうということに。
「それじゃあ……美和?」
「うん。柚希?」
「……いいね」
「そうだね」
こうして、二人は友人同士になった。
ただ……二人が友人になった傍らで竜神丸だけが不満そうだった。それはきっと竜神丸を放って二人の世界を作ったからだろう。不満そうな竜神丸の姿に柚希と“美和”は苦笑し、機嫌の悪くなった彼を思いっきり撫で回すのだった。
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