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「ふふ、まさかこうやって和人君と出会えるなんてね♪」

「いえいえ、俺も驚きましたよ」


 冬休みってのは夏休みに比べても短い、だからこそその少ない休みを満喫するのもまた学生の本分だ。今日は柚希と一緒ではなく、特に予定も立てずに街中で一人でブラブラしていた時だった。


 同じように一人で商店街に買い物に来ていた藍華さんとバッタリ出会ったのだ。俺にとって藍華さんは他人ではなく、大事な彼女の母親ということもあって当然出会ってそのままというわけにはいかなかった。


『あら、和人君もお買い物?』

『あぁいえ、俺はただブラブラしてるだけですよ』


 そんな出会いから始まり、自然と話をしてる内に藍華さんと一緒に買い物をすることになったのだ。思えば藍華さんと二人でこうして出掛けているのは初めてか、ちょっと新鮮な気持ちだった。


「よし、こんなところかしらね」

「藍華さん、買い物袋持ちますよ」


 藍華さんよりも早く買ったものが詰め込まれた袋を手に取った。

 思った通りそれなりに重かったが問題はない。俺はそのまま藍華さんと一緒に店を出て歩き出した。


「……う~ん、娘の彼氏にこんなことをさせるなんてちょっと罪悪感が」

「そんなの気にしなくていいですって。柚希と同じで藍華さんも俺にとっては大事な人なんですから」


 何度も言うが藍華さんは柚希の母親であり、俺にとって本当に大切な存在だ。もちろん康生さんもそうだし、乃愛ちゃんだってそうだ。柚希の家族である月島家のみんなは本当に大切な……うん?


「藍華さん?」

「……和人君」


 どうしてか頬を赤くした藍華さんが可愛らしくキッと視線を鋭くした。いきなりどうしたのかと思っていると、顔をグッと近づけて藍華さんはこんなことを言った。


「もう! 和人君には柚希が居るんだからね!? 何こんなおばさんをドキドキさせてるのよおバカ!!」

「……えっと」


 それ一体……俺はそこまで考えてハッとした。

 さっき俺は藍華さんに対して大事な人と口にした。もしかして……これかこれが原因なのか!? いいやでも大事な人ってのは間違ってなくて、藍華さんは柚希のお母さんだから間違ってないんだけど!?


「あぁあの大事な人って言うのはそのちがくて」

「……違うの?」

「……ぐおおおおおおっ!!」


 そんな悲しそうな顔をしないでくださいってば!

 どうすればいいんだと悩む俺、だがすぐにクスクスと笑い声が聞こえたので顔を上げた。すると藍華さんが口元に手を当てて笑っているではないか、俺はその時点で揶揄われたことを悟り顔を赤くした。


「ふふ、ごめんね和人君。雪菜に聞いていた通り、本当に揶揄うと可愛いんだから」

「……母さんめ」


 これは帰ったらお話しないといけないな。

 でも、さっきの違うのかと言った悲しそうな顔は正直心に来た。それこそ柚希を悲しませたような錯覚を感じたほどだ。流石は親子、なんて破壊力だ。


「そうだわ。お礼に何かご馳走させてちょうだい」

「え?」


 そう言って藍華さんが指を向けたのは喫茶店だった。

 ……そうだな、特にこれから用はないからお誘いに乗ることにしよう。その提案に頷くと藍華さんは微笑み、彼女に連れられる形でその喫茶店に入った。


「何でもいいわよ」

「あ、それじゃあ――」


 無難に紅茶を頼んだ。藍華さんはコーヒーを頼み、俺の分と自分の分のケーキも頼んでくれた。


「ありがとうございます」

「いいのよ。こうして和人君と二人で過ごすのも初めてだし……ね?」

「……………」

「あらあら、顔が赤くなったわよ?」


 そりゃなりますって。

 これは別にドキドキしているというわけではないが……いやドキドキしてるのか。本当に人の心の揺さぶり方というか、仕草が柚希にそっくりなんだよな。康生さん、確かにこの人にロックオンされたら逃げられませんね。


「ねえ和人君」

「はい」

「柚希は何も心配を掛けてない? 迷惑とか掛けてないかしら」

「あはは、全然ですよ。何というか、本当に俺には勿体ないくらい……あぁいえ、これは言わない約束でした」


 途中まで言いかけてハッとするように言葉を止めた。

 確かに柚希は俺にとって勿体ないくらいの素敵な女の子だ。でもそんな風に自分を低く言うのは自分自身にも、そして柚希にも失礼だ。


「ふふ、そうね。むしろ私からすれば柚希には勿体ないくらいに和人君が素敵な男の子だと思うけど」

「……それはないと思いますが」


 だって俺ってこんなんだし……あぁもう、だからこの考えはダメだって!

 別に口に出したつもりはないのに藍華さんは俺の心の内が分かるかのようで、クスクスと口元に手を当てて笑っていた。


「それにしても、柚希も乃愛も恋人が出来て……本当に去年は色んな意味で多くのことが良い方向に動いた年だったわ。母親としては少し寂しい部分もあるけれど、二人が幸せそうにしているのを見ると本当に幸せでね」


 コーヒーの入ったカップを眺めながら藍華さんはそう言った。

 親の立場としてはやはり、娘たちが離れていきそうに見えて寂しいのかもしれないな。今はまだ一緒に住んでいるけど将来はどうなるか分からない、子供の巣立ちって本当にどんな感覚なんだろう。


「でもね? そこに和人君や洋介君が居ると思うと安心できるの。まだ気が早いとは思うけど、柚希のことをお願いします和人君」

「……はい。しっかりと柚希のことを守っていきます」


 藍華さんに直々に言われてしまってはな……なあ柚希、本当に君のお母さんは優しくて良い人だよ。いや、こんな風に優しさと安心感を齎してくれるのが母親って存在なんだろう。子供のことを愛し、慈しみ……母さんもそうだしな。


 それから俺と藍華さんは色んな話で盛り上がった後、喫茶店を出た……のだがまさかの出会いが待っていた。


「……お母さん?」

「……ママ?」

「え?」

「あら?」


 ちょうど二人が、柚希と乃愛ちゃんが目の前に居たのだ。柚希と会う約束はしてなかったし乃愛ちゃんも洋介とは今日会わなかったのか。姉妹で出掛けているのを見るに本当に仲の良さが窺えたが……何か嫌な予感がするのは気のせいか?


「二人は買い物なの?」

「う、うん……カズとお母さんは?」

「あぁ俺は――」

「決まってるじゃない! デートよ♪」


 藍華さん!?

 買い物袋を手にしている俺を見て色々と察してくれるとは思うが、それを忘れさせるほどの衝撃的行動に藍華さんは出た。いつも柚希がしてくるように、俺の腕を抱きしめるように藍華さんが身を寄せてきたのだ。


 柚希に受け継がれ乃愛ちゃんに受け継がれなかったその柔らかさを存分に押し当てるように。


「お母さん!?」

「……何か嫌な電波を受信した気がする」


 おっと何でもないぞ乃愛ちゃんそのままで良いからそのままで!

 それから藍華さんの行動が原因で柚希も加わるわけだが……柚希と藍華さんの二人に取り合いをされながら歩くのは生きた心地がしなかった。


「お母さん離れてよぉ!!」

「嫌よ~。ねえ和人君、離れてほしい?」

「……………」


 こういう時、俺はどう言えば良いんですかね。なあ神様?


 ……………


 神様は俺に何も答えてくれない。

 それは当然のことだった。

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