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「あ~あ、それにしても今日は楽しかったね♪」

「そうだな……まあ蓮と雅さんには悪いことをしたけど」


 渡辺さんから二人が悪巧みをしていることを聞き、柚希の発案で二人を困らせる芝居をしたわけだが……まさか雅さんが泣くとは思わなかった。まあ凛さんと乃愛ちゃんも同じくらい驚いていたけど、そんなに俺と柚希が喧嘩をすると珍しいというか異常なことなのかな。


「なあ柚希、以前も聞いたことあるかもしれないけどさ」

「うん」

「俺たちってマジ喧嘩する時ってどんな時かな」

「……う~ん」


 柚希は胸を下から支えるようにして腕を組んだ。

 全く関係ない話を少しするのだが、普通に胸の前で腕を組むのが男からすれば普通のことだけど、柚希みたいに胸が大きいとその胸を支えるようにして腕を組む姿はとてもいいなぁって思います……はい戯言です。


「そうだなぁ……って、カズ?」

「……おっと」


 ジッと見すぎていたようだ。

 視線を逸らすと当然のように柚希の方から笑い声が聞こえた。視線を向けると、柚希は自分の胸を触りながらこんなことを口にした。


「カズの視線を独占しちゃうから困るねぇおっぱいちゃん♪」

「……………」


 かなり斬新なやり取りを自らの胸にしていらっしゃった。

 柚希は胸を触りながらニコッと笑みを浮かべ、ドンとぶつかる勢いで俺の方に身を寄せてきた。


「今の段階だとカズに本気で怒ることはないかなぁ。だってさっきみたいにカズからエッチな目で見られても逆に嬉しいって思うくらいなんだよ? こんなにもカズにゾッコンなのに怒ることが考えられないもん」

「……そっか」

「うん。でもそうだね……そういうことが考えられないからこそ、本気でカズに強い言葉を言われちゃったら……凄く悲しいかも」


 それは逆も然り、だな。

 いつも傍に居る柚希は本当に可愛くて優しくて、そんな子だからこそ本気で怒られたりすると当然だけど嫌だな。まあそうなる場合って絶対に俺が悪いんだろうけど、そうならないためにも柚希を怒らせることはしたくない。


「……なんつうか、怒らせるってことは悲しませることと同じだって思うんだよ」

「うん」

「柚希を悲しませることはしたくない、だからこそ怒らせることもしたくないって感じかな。もうさ、柚希にはずっと笑っててほしいそれだけだ」

「……えへへ、それとっても簡単な方法があるよ」


 それは一体何なのか、柚希はこう言葉を続けた。


「カズがずっとあたしの傍に居ること、どんなことがあってもお互いを信じること、それだけでずっとあたしは笑顔で居られるよ。もちろん、あたしもそうしてカズのことを笑顔で居させてあげる♪」


 ……ここがどこか人気のない場所だとしたら、俺は柚希への熱い想いをこれでもかと叫びたい、それこそ喉が枯れるくらいに叫びたい。


「なあ柚希、これからどうしたい?」

「カズの家に行っていい? イチャイチャしよ?」


 このイチャイチャしようという言葉に抗える人が居るなら見てみたい。

 俺は柚希の言葉に頷き、彼女と共に俺の家へ。正月休みということで母さんも家でゆっくりしており、リビングでお笑い番組を見て大笑いしていた。


「あら、和人お帰り。柚希ちゃんはいらっしゃい」

「はい! お邪魔します♪」


 ソファの上で尻を掻きながらという親父スタイルなのに柚希は笑顔で何も言わなかった。意外と慣れてる……もしかして藍華さん!? ってそんなわけないか、一番あり得ないことを考えてしまって俺は苦笑した。


 部屋に入ると柚希は大きく息を吸い、そして吐いた。


「やっぱりカズの部屋に来たらこうやって空気を吸わないとね!」

「変な臭いとかしないよな?」

「しないよぉ! 凄く良い香り……あたしの好きな匂いが充満してる」


 柚希はそのまま俺のベッドに向かい、ポンとジャンプするようにベッドにダイブした。そのまま俺の普段使っている枕に思いっきり顔を押し付け、すぅはぁと香りを嗅いでいた。


「……流石に変態すぎる行動かな?」

「……いいんじゃない?」

「……だよね。それなら良いや」


 良いんだ……まあこんな柚希を見ていて俺も嫌じゃないからなぁ。

 ……ていうかあれだ。こんな姿を見せられてもやっぱり嫌って感情はなくて、ここまで俺に夢中になっていることに嬉しくなる。本当に普段からこんななのに俺と柚希が喧嘩することが果たしてあるんだろうか、なんてことをまた考えてしまった。


「ねえカズぅ」

「どうした?」

「……あたし、このベッドの上の住人になりたい。一生をカズの香りに包まれて生きていたいよぉ」


 本気でそう思っていると言わんばかりの声に俺は苦笑した。ベッドに近づいて腰を下ろし、俺は柚希の頭を撫でた。頭を撫でた後は頬に指を当て、ムニムニとその柔らかい頬の感触を楽しむ。


「香りに包まれるってことなら傍に居ればいつでも大丈夫だろ。それなら俺が柚希のベッドの上の住人に――」

「……そうなるとお互いに離れちゃうね。ならこれはダメ、あたしはカズの傍に居ることにするもん」


 ベッドから起き上がった柚希は俺の隣に腰を下ろした。

 腕を抱くように身を寄せてそのままジッとして動かなくなった。肩に頭を置くようにする彼女の姿に、柚希はこの体勢が本当に好きだなと改めて思う。


「今って冬だよね?」

「冬だなぁ」


 外を見れば僅かに雪が降ってるし、今は間違いなく冬だ。


「暖房とか利いているのは分かってるけどそれだけじゃない暑さを感じる気がするんだよね。カズと一緒に居ると体が熱くなってくるよ」

「俺もちょっとそんな感じかな」

「うん。あたしとカズはどこまでも一緒だね♪」


 顔を近づけてきた柚希に応えるように俺はキスをした。

 ……本当に暑いな。俺は暖房を弱めにして調節する。柚希も上着を脱いで集まった熱を発散しているようだった。


「……冬も俺たちには勝てないか」

「そうだね。こんなにも暑いんだもん、冬なんて大したことないね♪」


 何と戦っているのか分からないが、俺たちの過ごし方はそんなもんだ。

 そんな風に寒いはずの正月は柚希と育む温もりを超えた暑さと共に過ぎていく。それは一緒に夕飯を食べている途中で母さんがあまりの暑さに仰ぐほど……だったらしいが、当然俺と柚希はお互いに苦笑するしかなかった。

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