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 撃って良いのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ。

 とある漫画のキャラクターがそう言ったが、それが正に本日二人の男女に降りかかることになった。


 和人や柚希、空たちは正月休みの最中に集まった。いつぞやの再現のように雅の家に集まった彼らだったが、和人からすれば改めて雅の両親と会うことになったわけだが、その緊張した出会いを乗り越えた後のことである。


「これをこうして……」

「もっと入れていいんじゃないか?」

「本当に~? それじゃあ……ふふふ♪」

「にしし♪」


 蓮と雅が怪しい何かをしていた。

 二人の視線の先にあるのは数多くの小さなシュークリームたち、その中に緑色の物体を大量に注入していく。そう、わさび……WASABIである。


「……お二人とも、怒られても知りませんよ?」


 朝比奈家に仕えるお手伝いさんの一人、海に旅行に行った時に付き添ってくれた一人である霧島が呆れたようにそう言った。


「大丈夫だって! 霧島さんも楽しく見守っててくれよ」

「そうだよ霧島さん! これもまた大切な思い出になるんだから♪」

「……左様ですか」


 どうなっても知りませんよ、そんな風に霧島はため息を吐いた。

 さて、そんな風に悪戯に精を出す二人を見つめる霧島の元にお手伝いさんの同僚でもある渡辺が戻って来た。


「ふふ、悪戯をするのは微笑ましいですが……やり返される覚悟もしませんと」

「どういうことです?」

「いえいえ、ちょっと三城様と柚希様にご提案をしたまでです♪」

「??」


 渡辺の言葉に霧島は首を傾げたが……確かにこれは面白いことになりそうだと笑うのだった。蓮と雅がシュークリームが乗った皿を持ってみんなの元に戻ると、全員の視線が集まった。


「うわぁ美味しそう!」

「二人が作ったんですか?」

「手伝ってもらったけどねぇ♪ ほらほら、食べて食べて!」


 さあ、悪戯の洗礼を受けるのは誰になるのか……蓮と雅は自分がそれを食べてしまわないようにと気を付けて食べていく。一応分かるように少し色が変なのが一つあるのだが、それを知っているのは二人しかいないので問題はない。


 パクパクとみんなが食べていき、ついにそれを手にする者が現れた。


「美味しそうね……」


 柚希だった。

 ある意味一番キレそうな子が取ってしまったが、別にいいかと二人は黙って柚希を見つめていた。柚希は一瞬チラッと二人を見たが、特に気にすることもなくそれを口に放り込んだ。


「あむ……? ……っ~~~~~~~!!」

「柚希?」

「どうしたんだ?」


 和人と空がそう聞いた瞬間、柚希の顔が一気に赤くなった。近くに置いてあったティッシュを取ってすぐに食べたものを吐き出すのだった。


「……な、なによこれ!!」


 顔を真っ赤にした柚希に蓮と雅がそれぞれ声を上げた。


「よし掛かったな!」

「……後が怖いけどサプライズ成功!!」


 うん、絶対に後で二人は殺されることが確定だろう。

 周りはみんな呆れたように二人を見ていたが、その中で発された和人の一言が空気を変えることになってしまった。


「わさびでも入ってたか? でもそこまでじゃないだろオーバーすぎじゃない?」

「……はぁ?」


 和人の言葉に柚希が冷たい声を出して視線を向けた。

 おやと、そこでみんなが二人に目を向けた。蓮と雅は目を丸くして柚希を見つめており、柚希は見つめてくるみんなに目を向けることはなく和人しか見ていない。


「その言い方はないんじゃない? あたしの顔見れば分かるよね? すっごく辛いのがさ。カズは食べてないから分からないんだろうけど無責任なこと言わないでよ」

「ゆ、柚希ちゃん……?」

「実際分かんないしさ。ていうかそこまで言う必要なくないか? 普通に辛かったで済ませばいいだろ?」

「和人……?」


 わさび入りのシュークリームを巡ってまさかの喧嘩が勃発した。

 オロオロとする蓮と雅……いや、彼らだけじゃなく他のみんなも同じように慌てたような表情になっていた。唯一空だけは我関せずのように残りのシュークリームを食べていたが。


「ねえ、カズってそこまで優しくなかったっけ? なんかガッカリ、そこは大丈夫かって声を掛けるべきでしょ」

「これくらいのことで何ムキになってんだよ。ていうか――」

「これくらい!? ふざけないでよ!」

「別にふざけてないって!」


 ついに柚希が和人の胸倉に手を掛けようとしたが、和人はその手を振り払うように立ち上がった。


「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いてください!」

「お姉ちゃん! 落ち着いて!」

「……俺は無力だ」


 止めようとする凛と乃愛、洋介はそれだけで言って目を閉じていた。

 これはどえらいことになってしまったと蓮と雅は思った。柚希に怒られることは覚悟していたが、まさか自分たちの軽はずみな悪戯で二人が喧嘩するとは思わなかったからだ。しかもかなりヒートアップしており、いつも仲良くしている二人の面影はどこにもなかった。


「な、なぁ二人とも……その辺りでさ」

「いいや、ここは退けない」

「和人!」

「柚希ちゃん私たちが悪かったから! ね?」

「うるさいわよ! 今日は我慢できない!」

「……っ……やめてよぉ!」


 考えれる限り最悪の光景に、ついに雅が泣いてしまった。

 雅を泣かせたことに怒るはずの蓮も、流石に今回ばかりは黙って雅を抱きしめることしか出来ない。どうやってこの最悪の状況を打破すればいいか、それを考えている時だった。


「……なあ柚希、流石にもういいんじゃないか?」

「えぇ? もっとイジメても良いと思うけどなぁ?」

「……は?」

「……ふぇ?」


 さっきまで滲ませていた怒りを引っ込め、申し訳なさそうにする和人とニヤニヤと笑みを浮かべる柚希の姿に……一歩遅れてようやく、のみんなが二人が演技をしていたことに気付くのだった。


「……お前らなぁ!!」

「取り返しの付かないことをしたと思ったんだからね!?」

「いやしてるのよ。反省しなさいよアンタたち」

「……あい」

「はい……」


 大人しく柚希に土下座した二人だった。


「……全くもう、私まで冷や汗掻きましたよ本当に」

「……本当だよもう!!」


 凛と乃愛の呟きに洋介もうんうんと頷いていた。

 しかし、空に関してはずっとマイペースにシュークリームを食べ続けていたがどうして他のみんな同様に焦らなかったのだろうか。


「空君はどうしてそんなに普通なんです?」

「は? だって和人と柚希がこんなしょうもないことで喧嘩するわけないだろ。つうか柚希が涙を出した時点で和人が心配しないわけがないって少し考えれば分かると思うんだけど」


 和人との付き合いが長いからこそ、そして柚希との付き合いも長いからこその空の言葉だった。いつもはボーっとしているくせに良く周りを見ている、特に親友と幼馴染のことを空は本当に良く理解していた。


「……まあでも、さっき渡辺さんが和人と柚希に耳打ちしてたのはこれだったんだなとは思った」

「うふふ~♪」

「渡辺さん!?」

「えぇ~~!?」


 この日、蓮と雅はしっかりと心に刻んだだろう。

 悪戯をするということは、その逆をされても文句を言えないことに。

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