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「みんなはこれからどうするの?」
「どうするって流石に夜遅いからなぁ」
「でもちょっと勿体ないよね」
「なら出店で何か買って食おうぜ?」
初詣ということで周りは賑わっており俺たちは全員集まった。だが忘れてはならないのが今は正真正銘夜中ということである。それでもこうして高校生が大勢集まればすぐに別れるのも勿体ないということで、俺たちは近くの出店で何か食べ物を買って食べることにした。
「カズは何食べるの?」
「たこ焼きとか……あ、イカ焼きもあるなぁ」
「美味しそうだよねぇ」
柚希や母さんの作ってくれる料理も最高だが、時にはこんな出店で買うものも美味しいというものだ。
初詣で人が多く来ることも見越してかテントを張ってその下にテーブルと椅子が並んでいた。俺たちはそこに座り、各々が買ったものを食べることにした。
「はいカズ、あ~ん♪」
「あむ……あふっ!?」
「あ、熱かった!?」
柚希からあ~んされたのはたこ焼きだが、思ったよりも熱かった。口の中を火傷するほどではなかったが、ちょっと慌てるくらいには熱かった。柚希から飲み物をもらって事なきを終えると、彼女は目尻を下げて謝った。
「……ごめんねカズ」
「いや、そこまで謝ることはないよ。普段向けられる柚希の想いよりは冷たいもんだって」
「……もうカズったら」
……今のセリフ、めっちゃクサかったな今度からは言わずにおこう。
「新年早々ありがとうございます」
「ありがとうございます~♪」
蓮と雅さんが面白そうにこんなことを言いやがるからだ!
俺はサッと視線を逸らしたが、柚希に関しては全く気にしてないようにニコニコと俺に笑みを向けていた。そんな風にみんなと楽しく過ごしていると、どこか凛さんが浮かない顔をしているのに気が付いた。
「……凛さん?」
……ま、一旦は空に任せればいいか。
俺は柚希たちに声を掛けてトイレに向かった。そうしてスッキリして出てくるとちょうど凛さんもトイレだったのか歩いてきていた。
「あ、和人君」
「……なんか浮かない顔してるね?」
やっぱり気になったのでつい聞いてみた。
すると凛さんはまさか気付かれると思わなかったのか驚いた様子だったが、すぐに苦笑して口を開いた。
「ふふ、流石ですね和人君は。まあはい、浮かない顔をしていたのは理由がありますけど大したことじゃないんですよ? 単に少し嫌な夢を見てしまって、それを今みんなで過ごしている時に思い出しただけなんです」
「そうなのか?」
「はい。別に嘘は付いてないですし抱え込んでもないですよ? 私がそんな空君みたいなことすると思いますか?」
「思わないな」
「でしょう?」
……うん、どうやら本当に心配はなさそうだな。
笑顔を浮かべた凛さんに安心しつつ、俺は柚希たちの元に戻るのだった。
「……ふふ、そうですか。浮かない顔していましたか私は」
去っていった和人の背中を見つめながら凛はそう呟いた。
浮かない顔をしていたのは確かだし、嫌な夢を見てしまったことも嘘ではない。すぐに忘れると思っていたが、みんなで楽しく過ごしていると鮮明に夢のことを思い出してしまっただけに過ぎない。
「まるで全てが噛み合わない世界を見ている気分でした」
凛が見た世界、それは本当に何もかもが噛み合っていない世界だった。
『あれ、柚希は和人君と一緒じゃないんですか?』
『和人……って誰よ』
柚希が和人と全く親しくない世界で、その時点で凛はこれが夢だと認識することが出来た。口を開けば和人のことばかり話す柚希が彼のことを知らないと口にするなんて絶対にあり得ないからだ。
そして、その世界の違いはそれだけじゃなかった。
『んだよ。もう話しかけんなって言っただろ?』
空の様子がとにかく余所余所しかった。
今となっては凛は空と恋人になっており、和人と柚希ほどではないがかなり仲良く過ごせている。そんな日々を幻想だと思わせるような素っ気ない空の様子に、これが夢だとしてもやっぱり凛は辛かった。
「……ふふ、思えば全部和人君と出会ってからですよね」
凛はそう言って過去を思い返した。
最初は当然和人のことは知らなかったし、空と仲良くしている男子生徒という認識しかなかった。それでも先輩に言い寄られていた柚希を助け、そこから柚希が和人に夢中になり、そんな二人のやり取りを見るのが楽しみになって……そして、そんな二人の様子に空と凛も触発される形になった。
「まあ、和人君は何もしてないって言うんでしょうけど」
そう言って凛は苦笑した。
それからしばらくしてみんなの元に戻った凛はとても楽しい光景を目にすることになる。
「ほらお姉ちゃん、私にもあ~んして!」
「なんであたしがアンタにしなきゃなんないのよ!」
「そうだぞ乃愛。と言うことで柚希、俺にそれくれよ」
「死ねよ」
「……前から思うけどさ、柚希ってなんで俺への当たり強いの?」
「あはは、蓮君のキャラじゃないそれ」
「雅!?」
本当に賑やかな姿だった。
笑顔が絶えない光景、ずっと見ているのがとても幸せであれる光景だ。そしてそんな光景も和人も楽しそうにしながら、やっぱり父親みたいな優しい視線を彼らに向けていた。
「……? お帰り凛、ほら」
「あ……はい」
凛が帰ってきたことに気付いた空が傍に来いよという意味を込めて手招きする。そんな仕草すら昔では考えられなかったなと凛は本当に嬉しくなった。その嬉しさを全身で表すように、空に近づいて思いっきり抱き着いた。
「空君好きです大好きです」
「お、おういきなりどうした?」
まだ少しだけ気の利かない部分はあるが、それでも凛は空が大好きだ。あの夢は所詮夢、だからこそ凛は気にすることはもうなくなった。
「ねえカズぅ、あたしはそれが欲しいなぁ?」
「いいよ。ほら」
「あ~ん♪」
和人に思いっきり甘える柚希の可愛らしい姿、それを見て凛は普段絶対に言わないであろう言葉を口ずさんだ。
「バカップルですねぇ」
それは何気ない一言だったが、言われたカップルの和人と柚希だけでなく他の面子までがジッと凛に視線を向けてきた。
「な、なんですか……」
いきなり視線を一斉に向けられればビックリするのは当然だ。
問いかけた凛に対し、みんなを代表するように柚希が答えるのだった。
「アンタ、今の自分の姿を客観的に見てそう言えるなら大物よ?」
「……あ」
なるほどと、凛は納得した。
つまりそれは、自分と空の姿もバカップルと思われていることになる。
「えへ……えへへ♪」
恥ずかしそうにしながらも、その笑みは本当に幸せそうだった。
もう大丈夫だと、誰もが思える凛と空の姿……そして、誰も欠けることのなかった幸せの空間がそこにはある。それだけは確かだった。
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