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「それじゃあ行ってくるよ母さん」
「行ってらっしゃい」
柚希が来てくれて大掃除をした日の夜、俺は母さんに声を掛けて家を出た。柚希はあれから一旦帰ったが、約束通りこれから初詣の為に合流する予定だ。
「……さっぶ!」
冬だし雪も降ってるからそりゃ寒いに決まっていた。
柚希が編んでくれたマフラー、そして乃愛ちゃんが編んでくれた手袋を付けているがそれでもやっぱり寒い。心はもちろん温かいけどね?
そこまでは深くない積もった雪の上を歩きながら、俺は真っ直ぐに柚希の家に向かった。彼女の家が見えてきた段階で俺は苦笑してしまった。玄関の前で白い吐息が零す彼女が待っていたからだ。
「……あ、カズ!」
「お待たせ柚希」
俺を見つけて嬉しそうに駆け寄って来た柚希だが、そこでつるっと滑りそうになり体勢を崩した。俺はすぐに危ないと思って彼女の元に駆けたが、まあ柚希が転げるということはつまり俺も転げるということだ。
「あ……」
「あ……」
お互いに短く声を漏らし、まず俺が柚希の下に滑ってその上に柚希は落ちてきた。
「……っ」
「ごめんカズ! 大丈夫!? どこか打ってない!?」
涙目になった柚希が俺の体の至る所を触りながら慌てていた。ちょっと腰が痛いくらいだけどそれ以外は特にどこも悪くなさそうなので、俺は柚希を落ち着けるように笑みを浮かべるのだった。
「大丈夫だよ。柚希の方は?」
「あ、あたしは全然……それよりもカズだよ!」
「だから大丈夫だって。ほれ」
立ち上がって親指を立てると、ようやく柚希は安心したようにホッとしていた。
凍みてるのもあって滑ることは予想できたけど、ああやって嬉しそうに駆け寄ってくる姿を見れたなら俺としてはそれだけで良い。危ないことには変わりはないので注意は必要だけど、そんな口酸っぱく言うつもりはない。
「嬉しいけど慌てずにな?」
「うん……本当にごめんね」
一言そう言ってもらったらこの話題は終わり!
さて、それじゃあ最寄りの神社に向かうことにしよう。もしかしたら他の面子にも出会うかもしれないが、その時はその時だ。
「……えへへ」
「どうした?」
「ううん、これからカズと一緒に新しい年を迎えられることに幸せを感じるの。正真正銘一年の初めを大好きな人と迎えられるのって凄く嬉しいし」
「……そうだな。それは俺もだ」
「でしょ?」
満面の笑みを浮かべた柚希はいつものように俺の腕を抱いた。そのまま俺たちはゆっくりと神社に向かうのだが、やっぱりこうして目的地が近づくに連れてある程度人の数が増えてきた。
「結構居るんだね」
「みたいだな。去年も空と来た時はこんな感じだったけど」
「……そっか。空に先越されてたんだっけ」
悔しそうにする柚希の頭をポンポンと撫でておいた。
去年の今頃は柚希とある程度話をする仲だったがそれだけだ。休日に会うほどに親しくはなかったし、それもあっていつものように空と初詣に繰り出した。
「でもさぁ、本当にカズと空って仲良いよねぇ」
「だな。俺にとっちゃ一番の親友ってやつだ」
あ、これも何度も柚希には話してるか。
柚希にとっては空は大事な幼馴染、だからこそ俺がそんな風に思っているのが嬉しいのか笑っていた。
「ま、ちょっと悔しさはあるけどね? 去年の今頃だとあれだなぁ、来たるバレンタインに向けての作戦を練ってる時かも」
「気が早くない?」
「それくらい気になってたの!」
……その時の俺よ、こんなに想われていたのに呑気に独り身を謳歌してたなんて勿体ねえぜ。
「……ふぅ。それにしてもバレンタインか懐かしいな」
「そうだね。田中君が俺も欲しいって言ってきたことも覚えてるよ」
「あったなぁ……」
柚希が俺に手作りのチョコを作ってくれて、それを渡してすぐに田中も欲しいって話しかけてきたんだよな。思えばあの時からあいつに良く思われてなかったんだろうな俺は。
「あたしが本命チョコを作るのはカズだけだもん♪ 今年も受け取ってね?」
「もちろんだ。むしろちょうだい」
「うんあげるぅ♪」
あ、今の言い方めっちゃ可愛い……ってそうだ。
「なあ柚希」
「どうしたのぉ?」
「俺さ、今年何回柚希のこと可愛いって思ったかな」
「う~ん……」
何気なしにした質問だが、柚希は自信を持って答えた。
「百万回!」
「……ぷふっ」
「あ~笑ったなぁ!?」
ポカポカと肩を叩いてくる柚希にごめんと謝った。
「いいもん! 今日はもう意地でも離れないから!」
そう言ってギュッと更に強く抱き着いてきた。
本当に今日はもう離れない、そう言わんばかりの力の強さに俺は自然と頬が緩んできた。そうやって俺たちはそのまま神社に向かったのだが、人波が本当に多かった。
「……ところどころクラスの子を見るね」
「だな」
大勢の中にクラスメイトもそうだし、他クラスで見かける人も何人か居た。そんな風にその人波の中を歩いていると、まさかの人物が声を掛けてきた。
「あら、二人ともこんばんは」
「お……坂崎さん」
「やっほー」
声を掛けてきたのは坂崎さんだった。
あれからあまり話すことはなかったが、柚希に関しては結構話すらしい。俺にわざと色仕掛けをしてきたこともあったし柚希とは犬猿の仲みたいなものだったが、そんな二人が今は仲良くしているのも凄く感慨深い。
「相変わらずラブラブね。羨ましいわね柚希?」
「ふ~んだ。カズは
あ、名前も呼び合う仲になったのか。
それから坂崎さんと少し話した後、彼女は待ち合わせがあるからと離れて行った。
「仲良くなったんだな?」
「うん。そりゃ拳でやり合った仲だもん、あんなに血塗れになったしね?」
「あぁ……あれはもう伝説だよ」
体育祭のアレは本当に凄かった。
もうあれから三カ月くらいは経ってるのに鮮明に思い出せるもんな。それだけあの出来事は記憶にしっかりと刻まれている。
「……あ、今何時?」
「えっと……ってもうすぐ日付が変わる!」
柚希の声に慌ててスマホを見ると、もう後三十秒ほどで日付が変わろうとしていたのに気づいた。別にそこまで気にすることでもないが、せっかくだからちゃんとしたいもんな。
「ちょっと離れるか」
「うん」
急いで人波から離れ、俺と柚希は互いにスマホで時間を確認しながらその時を待った。そして……23:59の数字が00:00になった瞬間、俺と柚希は同時に声を上げるのだった。
「明けましておめでとう!」
「明けましておめでとう♪」
こうして新たな年が幕を開けた。
「……えへへ、さっそくやりたかった願いを叶えたよ♪」
「俺もだよ。新年早々幸せだ」
ま、彼女が傍に居る時点で幸せ以外ないんだが。
それから俺と柚希は鐘の前に立って小銭を投げてお参りをし、それからおみくじを買ったのだが……まあこういうこともあるってことだ。
「あ、あたし大吉だよ!」
「……俺は……はい」
「……あ」
大凶、大きくそう書かれていた。
おみくじなんて信じない、そう強がってもこの大凶という文字は新年早々俺のテンションを下げてきた。しかし舐めるなよ神様、俺にはアンタさえも敵わない女神が居るんだからな!
「大凶がなんぼのもんじゃい、柚希が居る時点で大吉だ!」
「……ふふ♪ そうだね。あたしがカズに迫る厄を吹き飛ばしてやるぅ♪」
手で風を起こすようにひらひらと柚希は振った。
よし、今ので大凶の運勢は全て吹き飛んだぞ。というか、本当に彼女が居る時点で大凶なんて気にする必要はない……ちゃんと結んでおくけどさ。
「お、和人に柚希!」
「あ、居たんだ」
「居たんだは酷くないかなぁ?」
蓮と雅さんもやっぱり来ていたのか。
しばらく四人で居ると空と凛さん、乃愛ちゃんと洋介も俺たちに合流した。
夜中ではあるのだが、新年早々に早速俺たちは一緒になった。
去年までは絶対になかった賑やかな年明け……本当にいいもんだなと、俺はじゃれ合うみんなを見つめながらそう思うのだった。
「……なんかさ、和人君って時々お父さんみたいな目してない?」
「分かります。今も凄く微笑ましそうに見つめてきてますし」
「何言って……本当じゃねえか」
「和人は良くあんな風に見てるぞ?」
「そうなのか?」
「ていうか空、アンタ結構カズのこと見てるじゃない」
「張り合うんじゃねえよ……」
【あとがき】
坂崎さん名前出てないよな……それが心配だ。
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