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 その日、雪菜は思い出した。

 酒を飲めば飲むほど、気分は高揚するが同時に後になって途轍もない反動が訪れることを。その時は気にしていなくても、その時が実際に訪れた瞬間に何故と後悔してしまう。人とはかくも愚かな存在、その苦しみを知っているというのに酒を飲むのだから。


「……あぁ……あ~!!」


 酒は飲んでも飲まれるな、彼女にはこんな言葉を贈ろう。まあ、そう言わなくてもちゃんと理解はしているだろうが。愛する息子が見守る中、何度目になるか分からないトイレへと向かう。便器に顔を向けそして……。


 彼女は今日限り、便器の親友となった。





「……はぁ」


 俺はトイレに消えた母さんに対して大きくため息を吐いた。

 昨日柚希と一緒に母さんを迎えに行ったわけだが、まああれだけ酒を飲んでいたらそうなるよねって感じである。


「雪菜さん大丈夫かなぁ?」

「大丈夫でしょ。あれだけ声が出れば」

『おええええっ!!』


 こっちまで響くもんな苦しみの叫び声が。

 正直、こんな母親の姿を柚希に見せたくはなかったが……嫌な顔をせずに苦笑してくれるだけ助かるよマジで。


 さて、母さんのことは一先ず置いておいて掃除の続きをしてしまおう。


「本当に悪いな柚希」

「もうカズ! それは言わない約束でしょ?」


 昨日話したように柚希は今日朝早くからこっちに来て掃除を手伝ってくれていた。母さんが戦力外通告みたいなものなのでありがたい限りだが……いや、柚希がこう言ってくれたのだからこれ以上はやめておこう。


「ご、ごめんなさいね二人とも……私がこんな……うぷっ!?」


 チラッと顔を見せたがすぐにまたトイレに母さんは戻った。

 その背中を見送った俺と柚希は互いに顔を見合わせ、仕方ないなと苦笑した。それからも母さんは参加してくれたが、あまりにも顔色が悪かったので無理やりにでも休ませた。


「ねえカズ、これはどこに置けばいい?」

「そこのテーブルに置いといて。あ、それはそっちでいいよ」

「了解~♪」


 なんつうか、こうやって一年の終わりを柚希も一緒に迎えるのは新鮮だ。柚希の家の方も掃除とかあるだろうに……ってそうだよ。柚希の家も同じじゃないか。


「あ、うちは大丈夫だよ? 自分の部屋と簡単なところは終わらせたし、お父さんとお母さんも行っておいでって言うくらいだし」

「……そっか」

「うんうん♪ だから心配ご無用だよ♪」


 ニコッと微笑んだその表情を見て俺は分かったと気にすることをやめた。

 今度あっちに行った時に乃愛ちゃんも含めてお礼を言わないとな。そして、ある程度時間が経った時満足できるほどに家の中は綺麗になった。


「ふぅ、終わったぁ!」

「あぁ……ほんと助かったよ」


 途中から母さんも何とか復活して流れもスムーズだった。といっても母さんはすぐに眠ってしまったので、俺たちはその後すぐに部屋に戻った。色々と疲れたので昼は出前でも頼もうかと考えつつ、柚希と二人でイチャイチャタイムだ。


「カ~ズ♪」

「よしよし、あぁ落ち着くなぁ」


 一日一回はこうして柚希を抱きしめて彼女の温もりを感じないと……って、そこまで考えて一旦踏み止まった。


「なあ柚希」

「なあに?」

「もっとイチャイチャしたいんだけど」

「しようよ」

「分かった。ベッドに行こう」

「うん♪」


 俺は柚希の手を引いてベッドに誘った。

 そのまま二人で横になり、俺は柚希の体を思いっきり抱きしめた。ベッドに行こうって言ったが別にエッチをするわけではない。こうして抱きしめているだけで今は良いのだから。


「ねえカズ、頭撫でて?」

「ういうい」

「背中も擦って?」

「お~けい」

「チューして?」

「おうよ」


 受動的に柚希の言葉に従うのだった。

 彼女の頭を撫でるとサラサラな髪の感触が気持ちいいし、背中を撫でてあげると温かさもそうだし彼女の存在をこれでもかと感じられる。そしてキスをすれば心の内側がほんわかしてくる……あぁ幸せだなとても。


「……好き、好きだよカズ」

「俺もだよ」


 至近距離で見つめ合ってまた笑い合った。

 一応昼を済ませば柚希は帰ることになっているが、夜には初詣のために二人で出掛ける予定を立てている。年の終わりと年の初め、それを柚希と一緒に迎えられることは本当に幸せだ。


「でもいいのか? 夜に出掛けるの」

「全然いいよ。乃愛も洋介と出掛けるし、他のみんなも同じじゃないかな」

「そうなんだ……ならいいか」

「うん♪」


 満足そうに柚希が頷いた。

 さてさて、初詣ということで神社に向かうのだが……それを考えたのか柚希はこんなことを言い出した。


「安産祈願のお守りとか買おうかなぁ」

「安産祈願……うん!?」


 安産祈願……アンザンキガン……安産祈願!?

 いや、言葉の意味は分かっているのだが当然驚くのは当たり前だった。流石に早すぎるのでは、そう思っていた俺だが柚希を目尻を下げて言葉を続けた。


「あたしとの子ども……嫌なの?」

「……………」


 今、俺の中で何かが砕けた。

 当然今の言葉は柚希の冗談でもあるのだろうが、愛する人からそう言われたことに俺の中の何かが砕けたのだ。俺の様子を見て柚希はごめんごめんと苦笑したが、俺はたまらず柚希を抱きしめた。


「今はあれだけど、将来は絶対に約束する!」

「あはは♪ うん! カズとの愛の結晶だもんね♪」


 ……まあ今だからこそこういうことは言えるんだと思う。大人になって考えが変わるかもしれないが、それでもこういう大切なことは精一杯考えていきたい。それが大事なことだと思うし、みんなで幸せになるために必要なことだと思うからだ。


 将来について少しだけ語り合っていると、柚希が突然立ち上がってビシッと俺を指を向けてこう言い放った。


「カズ!」

「お、おう……」

「あたしは来年、もっともっとカズのことを好きになります。もっともっと、カズに愛される女の子になります。それがあたしの目標、もちろん他のことも頑張るつもりだけど、それだけは絶対に譲れない。だから覚悟してねカズ、来年はもっとあたしに夢中になるよ♪」


 ニコッと笑った柚希……ったく、ここまで言われたら俺も黙っているわけにはいかないな。

 俺も柚希と目線を合わせるように立ち上がった。


「柚希!」

「はい!」

「俺も来年、もっともっと柚希を好きになる。柚希にもっと愛される男になりたいと思う。ま、ほとんど柚希が言ったとおりだけど……だからこそ、柚希も覚悟してくれ。俺はもっと、柚希が素敵と思える男の子になるから」


 傍から見ると何を言ってんだって感じだが、それでも俺たちは互いに笑い合って再び強く抱きしめ合った。


「ねえカズ?」

「なんだ?」

「来年は何だこのバカップルはよって言われるくらいにラブラブしようね♪」

「そうだな……って、もう言われてるような気もするけど」

「もっとだよもっと♪」


 柚希の言葉に俺は苦笑しながら頷いた。


 ……まあでも最後に一つだけ言いたいことがある。


 自分の好きな人にここまで言われていつも俺は泣きそうなくらいに感動してしまうのだが、涙を流さない方法って何かないかな?





【あとがき】


何故か3000文字超えて投稿したはずが1600文字まで削れてて……それで一旦取り下げました。なんでかなぁ原因不明です……。

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