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『……あ~和人ぉ?』
「……めっちゃ酔ってんな母さん」
年末を迎え、もう少しで新年が訪れようとしていた。
そんな時に会社の忘年会に行っているはずの母さんから電話が掛って来たのだ。もう喋り方から分かるくらいに酒を飲んでしまったらしい。明日あたり二日酔いでしんどい思いをしそうになるのは気の毒だが、それも母さんが悪いんだよなぁ。
「どうしたの?」
『実はちょっと足元がフラついてて……迎えとか来てくれないかなぁって』
そんなことだろうと思ったよ。
確か街中にある有名なカニ料理の店で忘年会をしているはずだ。母さんがそれとなく俺に今日出掛ける際に教えてくれたので知っていた。……ま、普通ならそのまま一人で帰れるとは思うけど酒が入って少し息子を恋しく思ってくれたのかもしれない。
「分かったよ。すぐに行くから待ってて」
『ありがとぉ♪』
すぐに着替えて上着も着込み、寒さに強い姿で俺は外に出た。
冷たい風が吹き抜け、雪も降っており気温もかなり低い。今はまだ雪が柔らかいけど確実に明日の朝は凍みて滑りそうだ。
「……?」
傘を広げていざ向かおうとしたところで柚希から電話が掛ってきた。
「もしもし?」
『もしもしカズ? 今大丈夫だったかな?』
大丈夫だよ、とは言えなかったこれが。
俺は今から母さんを迎えに街に出掛けることを伝えると、まさかの柚希も一緒に行くと言ってきた。流石に悪いとは言ったのだが、もう完全に俺に付いてくる気満々で準備するから断るの禁止と念を押されたほどだ。
「ったく、ありがとな」
『ううん♪ それじゃあ後でね!』
……ふぅ。
本当にここまで寄り添ってくれる子はそうそういないぞ? だから絶対に柚希を手放すんじゃねえぞと俺は自分に問いかけた。
それから柚希の家に向かうと、彼女はちょうど家から出てくるところだった。
「やっほ♪」
「おう」
温かな格好に身を包んだ柚希と並んで俺たちは歩き出した。
「ふふ、こうしてカズがあたしの作ったマフラーをしてるの見ると嬉しいね」
「本当に温かいよこれ。何度も言うけどありがとう」
「どういたしまして♪」
柚希の笑顔に心が温かくなるのは当然だった。
さて、そうして柚希と合流して街に向かう。そこまで離れているわけではないので疲れたりすることはないが、それでもこの寒さだけはやっぱりちょっと慣れない部分はあった。
「寒いねぇ」
「寒いなぁ」
寒い、確かに寒い……でも心は本当に温かかった。
柚希と共に他愛無い話をしながら歩いていると、やっぱりこの時期だからこそ街中は明るく賑やかだ。既に酔っぱらってしまっていて足元が覚束ないおっさんを数多く見たが、滑って頭を打たないことを祈るばかりである。
「ここ?」
「そうそう。結構有名な店らしいよ」
カニ料理って結構高級なイメージがあるしな。
母さんにメッセージを送って待っていると、入り口から三人の女性が出てきた。当然一人は母さんで、もう二人は会社の同僚になるのだろう。
「母さん!」
「あぁ和人ぉ!! お母さんよぉ!!」
……うん、さっきよりまた飲んだなこれは。
フラフラとしながらこちらに歩いてくる姿は危なっかしく、俺はすぐに傍に向かって母さんの体を支えた。薄い香水の香りはまあ良いとして、こうして引っ付くと本当に酒臭い。
「あはは、結構飲みましたね雪菜さん」
「柚希ちゃんも来てくれたの? ごめんなさいねぇ本当に」
「いえいえ、あたしが来たくて来たんですよ」
柚希がそう言うと母さんは俺から離れて彼女に抱き着いた。柚希は困ったように苦笑しながらもしっかりと母さんを受け止めていた。
「これが私の自慢の息子とその彼女なのよぉ!!」
「……やめてくれって母さん!」
母さんの大きな声についつい俺も声を荒げてしまった。同僚の二人もある程度酒が入ってるのか、機嫌が良さそうに母さんの声に笑って俺と柚希をマジマジと見つめて口を開いた。
「この子が三城さんのお子さんなのね」
「可愛い顔してるじゃない。どう、お姉さんと一緒に――」
「何がお姉さんよババアのくせに」
「なんですって!?」
……やっぱり母さんの同僚も賑やかな人たちだな。
それからすぐには帰らず、その場で少しだけ雑談をしていたその時だった。これまた酔っぱらった男性が近くにやって来た。
「まだまだ飲むぞぉみんな……お? すんごい別嬪さんじゃないかぁ」
そう言って男性が柚希に腕を伸ばした。
完全に酔っぱらっているのでただ気が大きくなっているだけだろうが、流石に彼氏としてそれは許されない。俺はその伸びた手を止めようとしたその時、同僚の一人の女性が思いっきり男性に腹パンを決めた。
「ぐふっ!?」
そして男性はお腹を押さえてその場に蹲った。
「……えっと?」
「あぁ大丈夫よ。これは気にしないでいいの。柚希ちゃんだっけ? こんなに可愛い子に酒臭いおっさんの手は触れさせられないわ」
……なんか、今度は逆にこの男性の方が気の毒に思えてきたな。
「それじゃあ三城さん、また年明けにね」
「えぇ良いお年を~♪」
そんなこんなで、俺たちはようやくその場から離れるのだった。
柚希から母さんを受け取り、母さんは俺にベッタリと引っ付く形で歩いている。持ってきていた傘は柚希に持ってもらっており……本当にごめんな?
「……今凄く酔っててフワフワしてるんだけど、明日になって和人だけでなく柚希ちゃんにも迷惑を掛けたことに落ち込みそうだわ」
「あはは、本当に良いんですよ? あたし、雪菜さんのこと大好きですからこうやって会えただけで嬉しいんです♪」
「柚希そんなことを言うと――」
母さんが突撃するぞ、そう言おうとしたが遅かった。
「柚希ちゃああああん!!」
「わわっ!?」
母さんは感動した様子で柚希に抱き着いた。コートの上から柚希の豊かな胸に顔を埋める母さんの姿に何故か俺の方が恥ずかしくなってくる。
「よしよし♪」
「ママぁ!!」
……もうやだ今日の母さん。
お酒は人をダメにするというが……うん、それは正しく真実かもしれない。それからずっと家に着くまで、母さんは柚希に甘えてばかりで、柚希もまたそんな母さんの相手をするのが楽しいのかずっと笑顔だった。
「明日の大掃除は母さんダウンだなこりゃ」
「かな? あたしが来てもいいよ?」
「いや流石にそこまでさせるのはマズいし」
「そうかなぁ? 将来結婚したらこういうことも二人でやるし、その予行練習みたいなものじゃない?」
「全くもう二人ったらラブラブなんだからぁ♪」
取り合えず母さん、アンタは早く水を飲んで一旦落ち着け?
「……分かってるわよぉ!」
「帰ってきたら足滑らせて頭打つとかやめてくれよ!」
「しないわよぉ! 和人ったら心配性……あ」
母さんは玄関の前で足を滑らせて尻もちをついた。
「……あ、あはは……てへぺろ♪」
「……………」
「柚希ちゃん、和人が私をゴミを見るような目で見てくるんだけど……」
「ほんと、見てて飽きないなぁ二人とも大好き♪」
柚希の大好きに免じて許そう母さん、ほら早く家に入りな。
今ので少し酔いが醒めたのか、母さんはしっかりとした足取りで家の中に入っていくのだった。
「全く……」
「お疲れ様カズ」
ただ母さんを迎えに行っただけなのに疲れた……でも、隣に居る柚希の存在に疲れが吹き飛ぶあたり俺も単純だなって思うよ本当に。
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