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「しっかし和人と二人で出かけるのは初めてか?」

「だな」


 俺の隣でそう言ったのは洋介だった。

 もうすぐ冬休みを迎えるということで学校に向かう日もあと僅かだ。クリスマスも数日後に控えており柚希との約束もあってとても楽しみである。さて、そんなとある日の放課後、今日は母さんに買い物を頼まれたこともあって一人だ。買い物のために街をブラブラしていると洋介を見かけたというわけだ。


「出かけるというか偶然会ったようなもんだけど」

「まあいいじゃねえか」


 洋介と出かけたわけではなく、単純に街で偶然出会ったので一緒に居るだけだ。とはいえ先ほど洋介が言ったように、こうして二人で外を歩くのは初めてか? 単に覚えてないだけかもしれないけど。


「お互いに買い物を頼まれるのも大変だな?」

「確かにな。でも普段は母さんに夕飯とか作ってもらってるから文句を言うつもりはないよ」


 母親にご飯を作ってもらう、それは本当に無償の愛というやつだ。

 洋介も同じ考えだったのかそうだなと頷いていた。洋介は少し前に食堂の料理全て食べるチャレンジとかしていたみたいだけど今は弁当に戻ったらしいし、お互いにちゃんと感謝しないとな。


「……なあ和人」

「なんだ?」


 お互いに買い物を終え、これで別れようかといった時だった。何やら深刻そうな顔をして洋介が俺を呼び止めたのだ。流石にそんな顔をされればどうしたのかと気になるのは当然だった。


「話を聞こうか」

「悪いな……」


 いいってことよ。

 というか以前に蓮にも相談されたけど、何かとこうやってみんなに頼られることが増えてきた気がする。それだけ俺も彼らと近しい存在になれたと思えるのだから逆に嬉しくなる。


 一応夕方ということもあってあまり遅くも出来ないが、途中で缶ジュースを二本買って近くのベンチに腰を下ろした。


「それで? どうしたんだよ」

「……あぁ」


 妙に歯切れの悪い様子にやはり結構な悩みがあるらしい。

 洋介は俺が渡したジュースの缶を見つめながら、ゆっくりと話してくれた。


「最近さ、俺って乃愛にちゃんと彼氏として接してられるか気になってるんだ」

「……ふ~ん?」


 何か悩みがあるのは当たっていたみたいだ。


「どうしてそう思ったんだ?」

「……乃愛と付き合いだしてから特に何も変わらないんだよ。今まで通り何も変わらなくて、こんな俺で乃愛は良いのかなって思ったんだ」


 ……なるほど、それが洋介の悩みなのか。

 とはいえ流石に俺も二人のやり取りをそこまで把握しているわけじゃない。乃愛ちゃんと話をすることは多いのだが洋介に対する不満は一切聞かない。逆に俺と柚希を相手に惚気話をすることがそれなりにあるくらいだ。


「……和人と柚希みたいなのが恋人としての姿なら……俺はって思ったんだよ」

「なあ洋介、それがまず間違ってるんだと思う」

「え?」


 瞬時に俺は洋介にそう言った。

 目を丸くして見つめてくる洋介に対し、俺は決して目を逸らさずに言葉を続けた。


「俺と柚希の姿をそう言ってくれるのは嬉しいけど、正直なことを言えば俺と柚希って結構特殊な例だと思うぞ?」


 自分で言うのもなんだが、俺と柚希の距離の縮まり方は結構急だった。グイグイ来る柚希に押されるように俺は意識したし、それでも更に柚希が俺を想ってくれたから彼女に惹かれて好きになった。


 俺と洋介では色々と培った時間も違うし、一緒に居た年月すらも違う。乃愛ちゃんにも柚希を彷彿とさせる部分を感じることはあるが、それでも柚希と乃愛ちゃんは全く違うタイプだと断言できる。


「誰かを参考にするのは良いかもしれない。でも自分は決して他人になれないのと同じで他人も自分にはなれない。だから迷うくらいがちょうどいいと思うけどな。そもそもの話、乃愛ちゃんはそんな洋介なんだから好きなんだと思うよ」

「……そんなもんか?」

「そんなもんだ。むしろ俺と柚希みたいにしようとしたら乃愛ちゃんはたぶん喜ぶとは思うけど、洋介からしたら絶対無理することになるんじゃないか? そもそも洋介はそういうキャラじゃないだろ」

「……確かに」


 俺たちだっていきなり洋介が乃愛ちゃんに迫りだしたりしたら……いや恋人としては正しいことなのかもしれないけどちょっと違うなって思うし。まあ結局はその人たちのペースでしかないんだよな。


「ごめんな。特にアドバイスになったわけでもないし、逆に無理をするなってことしか伝えられなくて」

「いや、全然いいさ。そうだな……結局は俺と乃愛のペースでしかないんだよな」


 こんな感じで申し訳ない。

 確かに洋介に比べれば一応恋愛における先輩にはなるのかもしれない。でも結局はそんなもんだ。一人じゃ全く分からないし、柚希が傍に居ることで彼女との恋愛が俺の中で成立するのだから。


「まあでも、ここだと思ったら攻めてみてもいいと思うけどね。こればかりは俺は洋介じゃないから分からないけど」

「そうだな。全く持ってその通りだ」


 洋介は笑って頷いていた。

 まあ何だかんだ、洋介と乃愛ちゃんはとてもいいコンビだと思ってる。洋介が色々と鈍感な部分はあるけど、それも全部洋介の良さとして受け入れている乃愛ちゃんだからこそ洋介自身も好きになったんだと思うし。


「ま、頑張れよ……じゃないな。お互いに彼女を大切にしていこうぜ」

「おうよ……って柚希?」

「……うん?」


 柚希? 洋介が柚希の名前を呼んで俺は振り返った。


「……あぁもう洋介の馬鹿たれ!!」

「いきなり罵倒!?」


 どうして柚希がここに居るんだろう。

 驚く俺の傍に駆け寄ってきた柚希はギュッと抱き着いてきた。ただ彼女も俺たちと同じように買い物袋を手に持っており、どうやら買い物に来てたみたいだ。


「柚希も買い物だったのか?」

「うん。家に帰ったところで色々と足りないことに気づいちゃってさ。こんなことならあたしもカズと一緒に来れば良かったよ。けどこうして出会えたのは運命だね♪」

「……はは、確かにな」


 抱き着いてきた柚希の頭を撫でると嬉しそうに微笑んでくれた。そんな俺と柚希を見て洋介はどこか納得したように呟いた。


「……ま、確かに和人と柚希だからこそって感じだな」

「? どういうこと?」

「何でもないさ。それじゃあ和人、またな」

「おう」


 洋介は買い物袋を取って俺たちに背中を向けて歩いて行った。

 その背中を見送った柚希が俺に視線を戻し、何があったのか気になっている目をしていたので俺は洋介とした話を伝えた。


「ふ~ん、あの洋介がそんなことを考えてたのね。凄く意外」

「そこまでか」

「だってあの洋介だよ? 人格入れ替わったんじゃないかって思っちゃうくらい」


 どうやらそこまでらしい。

 俺も似たようなことを考えはしたので否定できないが、それでも柚希からすればそんな悩みを洋介が抱いたのは嬉しかったらしい。


「洋介が乃愛のことを真剣に考えてる証だね。うんうん、あたしは凄く嬉しいよ。でもやっぱりあたしと乃愛は似てるんだねぇ」

「何が?」

「一生懸命に考えてくれる彼氏が居ることが♪」


 ……ったく、本当にどんな時でも嬉しい言葉を柚希は伝えてくれるなぁ。


「なあ柚希、少し一緒に居たいから家まで送るよ」

「本当に?」

「そう言うのを期待してただろ?」

「うん♪ カズなら絶対そう言ってくれると思った!」


 言いますとも、俺はどんな時だって柚希と一緒に居たいからな。

 それから俺と柚希は空いた手を繋いで歩き出した。……あぁでも、洋介にこれだけは伝えておけば良かったかな。


「……? どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「あ~! 何か言いかけたでしょ教えて~!」


 隣に好きな人が居る。

 取り敢えずそれだけで良くね? ってことを。


「ほらほら、教えてよカズ~♪」

「本当に何でもないんだよ。柚希が可愛いなって思っただけ」

「それはいつも思ってくれてるでしょ? あたしだってカズのこと素敵だっていつも思ってるもん。だからほら、教えないとキスまでしちゃうぞ~?」


 ……本当にこのパワフルさが柚希なんだよなぁ。

 結局、それからしばらくそんなやり取りが続くことになるのだった。

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