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「あれ? なにこれ」

「うん?」


 涼月に出会った次の日のこと、朝は柚希と合流して一緒に学校に行くのは変わらなかった。そんな時、下駄箱で柚希が何かに気づいたのか動きを止めるのだった。


「なんだそれ」

「分かんない……手紙でもなさそうだし」


 柚希の上履きの上に置かれていたのは一つの封筒だった。ラブレターのような手紙とも違うみたいだし、俺も柚希もこれが何か分からず首を傾げる。


「……?」


 ふと、背後から視線を感じて振り向いたが誰も居なかった。

 誰かに見られていたような気がしたんだが……思えば昨日涼月と別れた時に似たような感覚だったな。取り敢えず何が入っているのか確かめるために柚希が封を切って中身を取り出した。


「写真だね」

「みたいだな……って」


 取り出された一枚の写真、そこには身を寄せ合う俺と涼月が映っていた。

 背景の街並みと若干の薄暗さ、間違いないこれは昨日のモノだ。なんとも綺麗に撮れているのも驚きだが、それが柚希の下駄箱に置かれていたのも……まあこれはそういうことなんだろうな。


「涼月さんだ。昨日会ってたの?」

「あぁ。面倒なのに絡まれてて声を掛けた後なんだよ」

「そうなんだ。ふふ、やっぱりカズは優しいね。涼月さんを助けたんでしょ?」

「結果的にはそうなるけど……その、誤解を与えてもおかしくない写真だなこれは」


 何だろうなこの感覚……坂崎さんが抱き着いてきてその場面を柚希に見られた時と同じような感じがする。でも柚希の様子はいつもと変わらないし、俺としても悪いことをしたわけではないので誤魔化す必要もない。


「うんうん。それでいいんだよ♪」


 そう言って柚希は俺の腕を取るように抱き着いた。

 下駄箱ということで色んな目が集まるが、それでも柚希に気にした様子はなくそのまま教室まで引っ張られた。


「何も慌てる必要なんてないからそれでいいの。私はカズを信じてるし、カズは絶対にあたしを裏切らないって知ってるもん」

「……あぁ。そうだな」


 本当にこの子は優しい子だ。

 まあ俺も柚希のことを分かっているからこそ慌てないのも理由の一つだ。そのまま教室に入った俺たち二人をクラスメイトが見つめてくるが、それが俺と柚希だと分かった瞬間苦笑して各々の時間に戻るのだった。


「みんなにとってもう普通になったよね。このままキスくらいなら何も思われないんじゃない?」

「それはちょっとハードルが高いぜ柚希さん」

「分かってるよぉ。でも、後夜祭の時は押し倒したところ見られてるし?」


 あれは暗かったからノーカンでいいんじゃないかな。


「それにしてもこんな写真一枚であたしとカズに何かあると思ったのかな? どこの誰か知らないけど無駄だって分かってほしいんだけど」


 写真をもう一度見つめながら柚希はそう言った。

 この写真の意図としては少しでも疑心を植え付けるのが目的か。それで俺と柚希が別れるようなことになればいい……本当にそうかどうかは分からないけど、概ねこういった目的があったんじゃないかって思う。そうでないとこの写真を柚希の下駄箱にわざわざ置く理由がないからな。


「涼月さんは買い物に来てたの?」

「竜神丸の餌を買いにね」

「あ、竜神丸! また会いたいなぁ竜神丸!」


 あまり竜神丸って連呼するとどこかで涼月がくしゃみでもしていそうだ。

 あの時は柚希とランニングしたばかりだったからあまり涼月と話してなかったけど確かに機会があれば俺もまた竜神丸に会いたいかな。なあ涼月、俺も竜神丸に会いたいぞ竜神丸に!!


「……ねえカズ」


 竜神丸について話しをしていると、ふと柚希が顔を伏せた。どうしたんだと思って耳を傾けると、顔を上げた彼女は少し苦笑して言葉を続けた。


「あたしさ、さっきの写真を見ても全然不安とかなかった。でも、少し嫉妬したのは嘘じゃないよ。だからさっきずっとカズの腕を抱きしめてた……ごめんね」

「あ、そういうことだったのか」


 だから柚希はずっと……俺は手を伸ばして柚希の頭を撫でた。


「謝る必要は一切ないよ。俺もちょっと油断してた部分もあるし……よし!」

「え?」


 撫でている手をそのままに、俺はもう片方の腕も伸ばして柚希を抱きしめた。


「昨日は放課後一緒に居られなかったしこれくらいはいいだろ?」

「……ふふ、うん♪」


 うん、今日も柚希がとても可愛い。


「カズぅ……声に出てるよぉ♪」

「うそ!?」


 ……どうやら声に出ていたらしい。

 今の聞こえていた一言で完全に甘えるモードに入った柚希は俺に身を預けるように抱き着いてきた。流石にここまで来ると更に視線が集まるわけで……当然後からやってきた空と凛さんに呆れられるのもいつも通りだった。


「そう言えば和人」

「なんだ?」

「今年の誕生日はどうする? またうちに来るか?」


 そんな空の言葉だったが、遮るように柚希が間に入り込んだ。


「今年からはあたしが居るんだから何勝手に予定立てようとしてるの!?」

「そうですよ空君。友情もいいですが、そこも察してもらわないと」

「……あ、そっか。そうだよな」


 確かに去年は空と二人だったもんなぁ、今年は柚希も居るから誕生日の予定は埋まっていたりする。というか空が残念そうにしてくれたことにちょっと感動した。


「悪いな空」

「いいよ。確かに残念だったけどな」


 本当に凛さんと付き合って自信を付けたのか性格イケメンになったよな空って。そんな空に負けないようにとガルルって威嚇する柚希が可愛い。つうか今日柚希可愛いしか言ってないな俺。


「よしよし」

「ごろごろにゃ~ん♪」


 犬みたいに威嚇したと思ったら今度は猫に早変わりした柚希。耳だけでなく尻尾をブンブン振り回しているような錯覚を見てしまいそうになるほどに嬉しそうな様子に俺も頬が緩む。


「完全に猫みたいだな」

「そうですね。まるで空君とイチャイチャする時の私みたいです」

「……それ自分で言うんだな?」

「あら、そんな私は嫌ですか?」

「嫌じゃないよ」

「ですよね。ふふ♪」


 あの、イチャイチャするのは別のところでしてもろて。


「お前が言うなよ」

「和人君が言わないでください」

「……すみません」


 二人から同時にツッコミを入れられ、俺は素直に謝るのだった。

 ちなみに、その間ずっと柚希は俺の胸元に顔を埋めてクンカクンカしていた。






 少し時間は戻り、下駄箱で写真を見ていた二人を見つめる一人の男子が居た。


「……………」


 彼は以前、柚希にラブレターを出したが無視をされた後輩である。隣に居た和人を睨みつけ、逆に柚希の怒りを買ったあの彼である。

 和人と涼月が一緒に居たのを偶然見つけた彼は、良からぬ気持ちに流されるままに写真を撮って今回のような行動に出た。二人の絆の強さ、普段の二人を知っているならそれが無駄だと分かっているのに彼は行動してしまったのだ。


「……なんであんなに月島先輩は嬉しそうなんだよ」


 彼が思ったのとは正反対の柚希の様子にグッと拳を作る。

 そんな彼の肩にトンと手が置かれた。


「っ!?」


 振り向いた先に居たのは彼にとっては先輩であり和人たちからすれば同級生になる女子だった。彼女はクスッと笑ったが、彼を見つめる瞳はとても冷たいモノだった。


「何をするのかと思って見ていたけど、アンタみたいな奴に月島さんは振り向かないわよ。月島さんは三城君のことを誰よりも愛している……だから諦めなさい」

「っ……」


 足早に去っていった彼の背を見送り、はぁっとため息を吐く。


「私が言えることじゃないけど、本当に所構わずイチャイチャしちゃって……」


 彼女の視線の先では腕を組んで歩く二人の姿……本当に変わらないなと、以前とは全く違う心持ちで二人の背中を見つめていた。


「これであの時鼻血をぶっかけた借りは返せたかしら?」


 クスッと笑って彼女――坂崎は自分のクラスに向かうのだった。

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