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「俺の誕生日かぁ……」


 十一月も終わりが近づき、もうすぐ俺の誕生日がやってくる。

 思えば去年は母さんと一緒に空も祝ってくれたんだよな。本当に何度も思うのが去年までの俺って空とばっかり過ごしていたなって感じがする。


『男に祝ってもらうのはあれかもしれねえけど、友人の誕生日くらいはな』


 本当にその思いやりをその頃から凛さんにも発揮していれば二人がくっつくのはもっと早かっただろうに。


「……………」


 今日は珍しく一人で下校している。

 柚希は途中まで一緒だったけど、乃愛ちゃんと合流してすぐに帰ってしまった。大切な用事があると言っていたけど、その用事が何なのか察してしまうがその時を楽しみに待つとしよう。


 こうして久しぶりに隣に柚希が居ないとなるとちょっと寂しい。いつも彼女が傍に居てくれて雰囲気も温かく、抱き着いてくれるので物理的にも温かった。


「……ったく、どんだけ好きなんだっつうの」


 柚希のことがどうしようもないほどに好きなのは今に始まったことではない。

 今更そんなことを考えても仕方ないだろうと、そう苦笑した俺は街中をブラブラと歩く。そんな中、俺は気になる背中を見つけるのだった。


「……あれは」


 うちの学校のモノではない制服に身を包んだ女子の後ろ姿があった。ただちょっと困っているようで少しチャラい男性に捕まっている。あれはナンパか、或いは何か勧誘かは分からないけど碌なモノではなさそうだ。

 女子の様子から困っているのは丸分かりなのに、周りを歩く大人たちは誰もがそれを無視して歩いていく……俺はそこに向かって歩き出した。


「あの、本当に困りますから……」

「いいじゃんよ。君みたいなのがうちに欲しいんだって!」

「だから遠慮します……!」

「おいおい、こんなに時間取らせて断るのはなしじゃない?」

「あなたがしつこいだけじゃないですか!!」


 うん、これはかなりめんどくさいタイプの大人に捕まったみたいだ。

 俺は問答をする二人に近づき声を掛けた。


「おっす涼月、悪い待たせたな」

「え?」

「あん?」


 そう、絡まれている女子は涼月だった。

 以前柚希とランニングをした時に知り合った同中の女子で、竜神丸って名前の犬を散歩していた子だ。


「三城君!」


 待ち合わせは一切してないけど、こういう時はこれくらいの嘘は付かないとだ。

 一瞬の隙を突くように涼月は男から離れ、俺の元に駆け寄ってきた。俺の背に隠れた涼月から俺に視線を向けた男は分かりやすい舌打ちをして背を向けた。

 その男の背中が完全に見えなくなったところで俺は涼月に声を掛ける。


「もう行ったぞ?」

「う、うん……ありがとう三城君」


 少し体の力が抜けたのか涼月はその場に尻もちを付いてしまった。


「大丈夫か? ほら」

「ごめんね……ちょっと怖かったから」


 まああの絡まれ方だしそうだろうな。

 俺の手を掴んだ涼月は立ち上がり、安心したのか笑顔を浮かべてくれた。


「まさかこんなところで会うとは思わなかったけど」

「私もだよ。ちょっと買い物の帰りだったのにさ……」


 涼月が持っている買い物袋には犬の餌が入っていた。


「竜神丸のか?」

「うん……って覚えてたの?」

「そりゃ覚えやすい名前だし」

「……うぅ~」


 いやいや、竜神丸って名前はそうそう忘れることは無理だと思うけどな。

 また変なのに絡まれるのも嫌なので、俺は途中まで涼月を送っていくことにした。普段全く会うことがないので久しぶりに会うと話が弾む。かつての同級生だとよくある光景だろう。


「今日は彼女さんは?」

「あ~……ほら、そろそろ俺誕生日だからさ」

「あ、そういう」


 やっぱり簡単に察せられるらしい。

 意外と恋バナが好きなのか柚希について結構質問された。どうも俺の答えが恥ずかしかったのか涼月の方が顔を赤くしていたけど、それは聞いてきた方が悪いんだと俺は開き直る。


「三城君ってこんなに彼女さん思いだったんだね……なんか意外」

「意外ってなんだよ」

「悪い意味じゃないんだよ? ただ、やっぱり中学の頃から変わったんだなって」


 それもこれも全部高校で知り合ったみんなのおかげだろうけど。

 そんな風に話ながら歩いていたのが悪かったのか、涼月が足を引っ掛けてしまい体勢を崩した。俺はすぐに腕を伸ばして涼月が転げないように支えた。


「ご、ごめん本当に……私ってドジだなぁ」

「中学の頃よりドジになった?」

「酷いよ三城君!!」


 いやだって……ねえ?

 顔を真っ赤にしてそんなことはないと否定する涼月の様子に笑っていると、気のせいかパシャっと音が聞こえた気がした。


「?」

「どうしたの?」

「……いや」


 気のせいか。

 体勢を立て直した涼月の体から腕を離し、一旦彼女から離れた。それから再び途中まで歩き涼月とは別れることになった。


「今日はありがとう三城君。それじゃあね」

「おう、気を付けろよ。竜神丸にもよろしく」

「も、もう! ……分かった」


 竜神丸……小学校くらいの頃なら大声で叫びたいって思わせる不思議な何かがあるな。


「……柚希……あ」


 ふと気を抜けば柚希のことを口にしてしまう。

 これはある意味重傷だなと自分に苦笑し、俺は帰り道を歩くのだった。





 和人が涼月と再会していた頃、柚希は自室に籠っていた。


「……うんうん。中々良い感じ」


 和人と一緒に帰らず、すぐに自宅に帰って何をしているのか……それは和人の誕生日プレゼントの制作である。

 どんなものでも和人は喜んでくれると思っているが、今年が和人の誕生日を祝う初めての年になる。同時に初めて和人の彼女として祝う年でもあるのだ。


『何が喜んでくれるかなぁ……う~ん』


 色々と考えたのだが、最終的に手編みのマフラーに落ち着いた。

 空たちの誕生日を祝う時はもっと簡単なものを用意していたが、大好きな和人のこととなると少し手の凝ったものをプレゼントしたかった。


 家事全般が得意なのもあって、それはこういった編み物も例外ではなかった。時間は掛かるし疲れることでも、和人が喜んでくれるなら頑張れる。というよりも、全く疲れることはなく常に柚希は編み物をしている時間を楽しんでいた。


「ふふ♪ ちょっと長めに編んでるのは二人で一緒に……きゃっ♪」


 一つのマフラーで二人を繋げる、そんな小さなことでも柚希は憧れていた。高校生の中でも大人びて見える柚希だが、その時のことを想像して悶える姿は大変可愛らしかった。


「お姉ちゃん、妄想しすぎて手元が狂わないようにね?」

「分かってるわよ」


 傍に居た乃愛の指摘に柚希は瞬時に表情を変えた……でも、やっぱり再び想像して悶えてしまう。とにかくイチャイチャしたい、柚希の頭にあるのは本当にそれだけのようだ。


「……全くこのお姉ちゃんは」


 呆れたように見つめても、やっぱり姉の姿は可愛いなと乃愛は思う。そんな彼女の手にも洋介を想いながら編んでいるマフラーがあった。洋介の場合はクリスマスプレゼントになるわけだが……こっちはちょっと不格好なものだった。


「……お姉ちゃんみたいに上手く出来ないよぉ」

「ふふ、大丈夫よ乃愛。ちゃんと教えてあげるから頑張りましょう」

「お姉ちゃん……うん!」


 たとえ下手でも頑張ってみせる、そんな頑張り屋な乃愛を見つめる柚希はやっぱりお姉ちゃんの顔をしていた。優しい優しい姉の顔、どこまで行っても柚希にとって乃愛は大切な妹だった。





「ところでお姉ちゃん」

「なに?」

「なんであんなに大量のチョコを買ったの?」

「そ、それは……ねえ? 食べるため?」

「食べてもらうための間違いじゃないの?」

「そうとも……いうかなぁ?」


 乃愛は少し頭を抱えた……でも。


「……よう君は喜ぶのかな?」


 今の呟きを柚希は聞き逃さない。

 乃愛を巻き込むことが決定した。

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