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「……いい湯だなぁ」


 あれ、なんかデジャブな気がしないでもない。

 旅行二日目の無事に過ぎ、昨日に続いて俺は温泉を堪能している。二日目となる今日は日曜日になるわけだけど、明日の月曜日は休みなのでこうして今日もここに泊まれるってわけだ。


「……あ~」


 俺の視線の先では同じく旅行に訪れたであろう色んな年齢の人たちが居る。今日は昨日みたいに柚希と混浴に向かうことはせず、あっちはあっちで女子だけで楽しんでいることだろう。


「康生さんが居ればなぁ」


 そうすればこうして一人でなくて済むのに……なんてことを考えても仕方ない。康生さんにもそうだし空たちにも明日はお土産を買って帰らないとなぁ。ふぅっと大きく息を吐き、少し熱いかなと思うお湯の中で時間が過ぎていく。


「……?」

「……あ」


 そんな風にゆっくり温泉を堪能していると二人の同い年くらいの男子が俺を見ていた。俺としては当然知り合いではないが見覚えはあった。確かロビーで俺や柚希を見ていた男子だ。

 何か用でもあるのだろうか、そんなことを考えているとサッと視線を逸らされた。俺としては特に何も思うことはない、ただ……柚希みたいな美人と一緒に居て嫉妬でもされたのかな、なんて思ってしまうのは少し嫌な奴かもしれない。


「はは、まあ柚希は本当に美人だし素敵な子だしな」


 たぶんだけど、俺が客観的に自分という存在を見たとしても羨ましいなとは思うかもしれない。それは俺が……というよりも、やっぱり柚希が如何に素敵な人かを理解しているからだ。


「って柚希のことしか考えてねえじゃん俺」


 今柚希はあっちで楽しんでいるだろうか、早く上がってあの子の傍に居たい。そんなことを考えながら、俺は一人温泉を楽しむのだった。




 和人が一人そう思っていたのと同じように、柚希もそれは同じだった。


「カズ……一人で寂しくないかなぁ」


 男湯の方向を見つめて柚希はそう呟いた。

 流石に小さな子供ではないので寂しいと嘆いているわけではないが、柚希が居ないからこそ寂しいとは和人も考えている。


「……はぁ」


 昨日みたいに混浴でイチャイチャ出来ることを望んでいないと言えば噓になる。ただ妹の乃愛もそうだし、雪菜や藍華との時間も大切にしたかったのだ。


「ふふ、柚希ちゃんったら和人のことを考えているの?」

「あ、はい……」


 隣に居た雪菜に指摘され、そんなに分かりやすいかなと柚希は苦笑した。

 傍には藍華も居るし、いい歳して泳げるかななんて言ってる猿……コホン、乃愛も居るが柚希の視線は雪菜に吸い寄せられた。


「雪菜さん……本当に綺麗ですね」

「そう? ありがとう」


 高校生という枠組みに収まらない美貌とスタイルを誇る柚希だが、そんな柚希から見ても雪菜からは大人の魅力が溢れていた。


 セミロングの黒髪を頭の上に結い上げており、水に濡れたうなじがドキドキしてしまうほどの色気を放っている。紅潮した頬、柚希の言葉に余裕を見せながら礼を言う姿も大人という感じがした。そしてスタイルも抜群で、流石に柚希や藍華のように胸は大きくないがそれでも程よい大きさのモデル体型だ。


「私から見ても雪菜ちゃんは美人だもの。こんな綺麗なお母さんが居て和人君もドキドキしていたんじゃないかしら」

「……確かに」


 雪菜の見た目はお世辞無しで大学生にも見えるほど若々しい、それは見た目だけでなく放つ雰囲気もそうだった。おそらく、ぱっと見ただけでは既にアラフォーだと言われても誰も信じないと思ってしまうほどだ。


「流石に和人はそんなことはないわね。あの子は昔からお母さんを守るって言ってくれたかっこいい自慢の息子なんだから♪」

「あらぁ♪」


 この歳になってもナンパなどに遭わないわけではなく、月に何度かは男から声を掛けられることもあった。己が愛しているのは亡き夫のみ、そして和人の母であるからこそそのどれの誘いにも乗ることはなかったし、一片たりとも惹かれはしなかった。


 そんな……そんな女である雪菜が息子のことだけは頬を緩ませて口にする。その様子からどれだけ和人のことを愛し慈しんでいるかが良く分かる。藍華がほうっと息を吐くのと同じで、柚希ですらドキッとしてしまうほどに美しい笑みだった。


「柚希ちゃんも思うでしょ? 和人はかっこいいって」

「もちろんです! 世界一かっこよくて大好きな彼氏ですから!」

「あらあらまあまあ♪」


 和人がかっこいい? 当然に決まってるだろと言わんばかりの勢いだ。

 雪菜も藍華もそんな柚希の姿を微笑ましく見つめている。雪菜からすれば和人は凄く良い子を見つけたなという気持ちだし、藍華からすれば柚希は素晴らしい男の子を射止めたなという気持ちだ。


 和人のことを考えているのかニコニコとする柚希に雪菜は問いかけた。


「さっき柚希ちゃんは私のことを綺麗って言ったけど、柚希ちゃんも本当に綺麗な子だわ。こんな子が同級生に居たら太刀打ち出来ないって思うほどだもの」


 それは決してお返しの意味を込めたお世辞ではなく本心だ。

 雪菜の言葉を聞いた柚希は目を丸くしたものの、すぐに照れたように笑って口を開いた。


「それはきっとカズが傍に居るからですよ」

「え?」


 どうして和人の存在が出てくるのか、その理由を柚希はすぐに話してくれた。


「カズの傍に居るとあたしはどこまでも可愛く綺麗になれるんです。なんていうのかなぁ、カズの視線を独占したいって思うからそう在りたいって思うし、カズみたいな素敵な人に愛されてるからそうなれると思うんですよあたしは」


 柚希自身何を言っているのかは分かっていない、それでも和人に対する並々ならない想いを抱いていることは分かる。和人がこれを聞いていたら間違いなく照れてしまうか、嬉しさを感じて柚希を抱きしめるかのどちらかだろう。


「……………」

「……………」

「……あれ?」


 ポカンと見つめる母親二人に柚希は首を傾げた。

 何か変なことを言ったかな、そう少し不安になったが決してそうではない。


「……ねえ、柚希ちゃんって凄いのね。こっちがドキドキしたもの」

「ふふ、和人君のことを考えると魅力が溢れちゃうのね柚希は。まあでも、これは将来安泰かしら?」

「そうね。今から結婚式の予定とか立てても無駄にならないんじゃない?」

「ならないでしょうねきっと!」


 何やら盛り上がり出した二人を柚希が眺めていると背中から乃愛が抱き着いてきた。


「お姉ちゃんは凄いねぇ。どんだけお兄さんのことが好きなの?」

「えっと……あたし何か変なこと言った?」

「言ってないよ? 全然言ってないから安心して。お姉ちゃんはずっとそのままで居てよね!」

「う、うん……?」


 あぁ本当に可愛いお姉ちゃんだなと、乃愛が思ったのも無理はなかった。

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