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「今和人君と柚希たちは楽しんでるんでしょうね」

「だなぁ……温泉旅行か」


 和人と柚希たちが温泉旅行を楽しんでいるのと同じくらいの時、凛の部屋に空が訪れていた。いつもは基本的に空の家に凛が赴くことが多いため、結構こうやって空が訪れているのは珍しい光景だ。


「……ふふ」

「どうした?」

「何でもありません♪」


 漫画を読み耽る空を眺めて凛は笑みを零す。

 いつも空が見ているような漫画ではなく、女の子が読むような少女漫画だが空からすれば新鮮らしく結構夢中になっていた。特に会話はないものの、そんな空の姿を眺めるのも凛は好きだった。


「ねえ空君」

「なんだ?」


 問いかければ顔を向けてくれる。彼の瞳に映る自分の姿、それはどうしようもないほどに満面の笑みを浮かべた女の子だった。


「私たちもいつか、こんな風に旅行に行きたいですね」


 空と二人っきり、それこそ恋人になってから初めての旅行だ。和人や柚希たちのように家族旅行でも全然悪くはないけれど、やっぱり空と二人っきりというのを凛は望んでいる。


「……ま、二人っきりなのもいいよな」

「っ!?」


 そして、そんな凛の横顔を見て空も呟いた。

 凛は物凄い勢いで空の方へ顔を向けた。空は少し頬を赤くし、少女漫画を顔の前で広げて表情を見られないようにガードする。凛は感動に体を震わせるように、お構いなしと言った具合に空へと飛びこんだ。


「空君!!」

「のわっ!?」


 胸に飛び込んできた凛を受け止めた空はそのまま背中を打ちつけた。とはいってもそこまで強いものではなかったが、流石に空も凛に文句の一つも言いたくなる。


「お前なぁ……!」

「えへ……えへへ……最近空君が甘々なんですよぉ。もう、どれだけ私のことが大好きなんですかぁ?」

「……ダメだこりゃ」


 完全に自分の世界に凛はトリップしていた。

 空の胸元に顔を押し付け、すんすんと匂いを嗅ぎながらその感触を楽しんでいるその様子は清楚からは程遠い。空と付き合うことになったとはいえいまだ人気の高い凛だからこそ、こんな彼女の姿を見たら大勢の人が度肝を抜かれること必見だ。


「……まあ、俺しか見ることはないけどな」


 こんな顔の凛を見れるのは自分だけ、そう空は呟いた。

 もちろん、凛との距離はかなり近いため今の呟きはしっかりと聞き取られていた。


「そうですよぉ! 私の恥ずかしい姿は空君しか見れませんもんね!!」

「ちょっ!?」


 ぶちゅ~っと空は熱烈なキスを凛にされた。

 何でも言おう、凛は和人が思っていたように清楚が先に来る女の子だ。しかし、最近は空と二人っきりになると基本的なこんな感じになる。清楚をかなぐり捨て、空だけに愛情を表現する子になってしまう。


「ねえ空君、今家には私たちだけなんですよ?」

「……えっと……だから?」

「言わせるんですかぁ? 私に言わせるんですか酷いですねぇ……ふふ、でもいいですよ教えてあげますぅ」


 ちょっとウザいな、そんなことを考えた空だったが凛に押し切られる形でその後の時間を過ごすことになった。凛と二人っきりの時間は幸せだがちょっと大変、それを最近はよく味わう空だった。







「っ!?」


 ふと、昨日と同じで外をブラブラしている時だった。

 柚希が何かを感じ取ったように東の空を見上げた。髪の毛がピンと逆立つような錯覚が見えたのは俺が疲れているのかもしれないが、それくらい物凄い勢いだった。


「何か……何かとても面白い気配を感じたよカズ!」

「……どういうこと?」

「どういうことなのお姉ちゃん……」


 柚希がいきなり変なことを言いだした。

 とはいえ俺はそれを変なことと思ったけれど、実を言うと俺も今頭の中に何故か空と凛さんが浮かんだのはどうしてだろうか。乃愛ちゃんだけが首を傾げている。


「今なんか頭に空と凛さんが浮かんだんだけど」

「お兄さん!? ……あれ、おかしいななんか私も浮かんできた!」


 おや、どうやら乃愛ちゃんもらしい。

 これは果たして偶然なのかそうでないのか、いや絶対確実にあの二人に何かが起こっていると俺は予測する。


「……って気にしても仕方ないか」


 ここに二人は居ないし、わざわざ連絡を取ることもないだろう。

 俺たちは俺たちで今は旅行を楽しまないと。


「ほらカズ、あっちに行こうよ」

「あ、待ってよ二人とも!」


 柚希に手を取られて引っ張られるが、そんな俺の空いた手を乃愛ちゃんが掴むようにして追いついてくる。昨日も思ったけれど、今の俺たちはどんな風に他人に見えているのだろうか……柚希はともかく、乃愛ちゃんと兄妹のように思われているのだとしたら凄く嬉しいかな。


「……むぅ」

「柚希?」


 っと、ふと柚希が立ち止まった。

 どうしたのかと思っていると、ギュッと人目も憚らずに抱き着いて来た。


「……なんか、カズが乃愛のことを考えていた気がする」

「え? お兄さんが?」


 まあ確かに乃愛ちゃんのことを考えてはいたけど……あ、更に腕の力が強くなった。胸に顔を埋めて動かなくなった柚希に苦笑し、彼女の頭を撫でながら俺は正直に話した。


「確かに考えてはいたけど、乃愛ちゃんの兄みたいに思われてるなら嬉しいかなってそう思ったんだよ」

「あはは、私はとっくにお兄さんって思ってるけどね!」


 隣で笑った乃愛ちゃんの笑顔を見た柚希は俺の顔を見上げた。すると今度は弱々しくなったような表情になり俺と乃愛ちゃんを困惑させるのだった。今度はどうしたんだと慌てる俺、オロオロする乃愛ちゃんという構図が出来上がった。


「……ごめんなさい……あたし、めっちゃめんどくさい女だぁ」


 ……なるほど、そういうことか。

 勘が鋭い分気になってしまったのかな。柚希からすれば乃愛ちゃんは大切な妹でそれは何があっても変わらない。けれど、やっぱり僅かでも嫉妬してしまう気持ちは誤魔化せないのかもな。


「乃愛みたいなのに取られるなんて地球が真っ二つになるくらいあり得ないのにあたしったら気にしちゃって……」

「ねえお姉ちゃん、お姉ちゃんって実は私のこと嫌い?」

「え? どうしてよ。アンタのことは大好きよ?」

「……くぅうううう!! 嬉しくてどうでも良くなってしまう私の弱さ!! にやけるな私ぃぃぃいいいいい!!」


 何だろうか、やっぱり二人が揃うとカオスな状況になりやすい気がする。


 それにしても、やっぱり二人みたいな美少女が居ると多くの目を集めてしまう。そして傍に居る俺を見て邪魔者を見るかのように舌打ちをされるのも慣れた。だから何だって感じだしな、柚希の傍に居ることを決めるのは俺の意思だ。他の誰かに何を思われたところで関係ないのだから。


「二人とも、あそこの喫茶店に行かないか?」

「いいよ♪」

「行こう♪」


 ちょっと小腹が空いたからこその提案だった。

 喫茶店に向かう際に一人のイケメンが近づいて来た。まさかとは思ったがやっぱりナンパらしく、地元を離れてやっぱりこういう輩はどこにでも居るんだなとちょっと呆れてしまった。


「可愛い子たちだね。俺と――」

「消えてください」

「臭いので近寄らないでください」


 上からナンパ男、柚希、乃愛ちゃんの順番だった。

 柚希はともかく、乃愛ちゃんの言葉は破壊力抜群で男は固まっていた。やっぱり月島家の女性は強いんだなと改めて実感しつつ、柚希の肩を抱きながら乃愛ちゃんの手を握って喫茶店に急ぐのだった。


「そう言えばお兄さん、そろそろ誕生日なんだよね?」

「うん」

「誕生日パーティをしよう! ね? お姉ちゃん!」

「……それは……えっと」

「嫌なの?」

「そうじゃなくて……みんなが集まると出来ないじゃない」

「何が?」


 柚希に手招きされ、乃愛ちゃんは耳を近づけた。何を話しているのか聞こえないが乃愛ちゃんの顔が段々と赤くなっていくことだけは分かった。


「そ、それは流石に……いやでも、ある意味お姉ちゃんらしいっていうか、もうそれくらいで驚いちゃダメな気もする」

「??」


 えっと……柚希は何を言ったのだろう、それが気になってしまう俺だった。





「おっぱいとか大切な所にチョコを塗ってあたしを食べてってしたいのよ……」

「……切実な言い方なのに言ってることはド変態だよお姉ちゃん」

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