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 夕飯の時間、俺たち子供組は運ばれてきた豪華な料理を楽しんでいた。それは母さんたちも同じだけど、二人はビールを片手に楽しそうに話をしていた。


「あの時は雪菜ちゃんが率先してやってね」

「あ~あったわね。んでその後に藍華ちゃんが手伝ってくれたのよ~!」


 昔の話に花を咲かせて大変楽しそうだ。

 キャッキャと忙しなく話が止まらない二人、俺が言うのもなんだけど藍華さんももちろん母さんもとても若く見える。大学生二人が騒いでいるといっても違和感はなかった。


「お母さん、あまり飲み過ぎないでよ?」

「母さんもだぞ?」

「分かってるわ~♪」

「もちのロンよ~!」


 ……本当に大丈夫かなこの二人。

 とてつもなく安心出来ない姿に俺と柚希は揃って溜息を吐く。まあでもちゃんと線引きはしてくれるだろうし、あまり羽目を外しすぎることはないと思う。


「気にしても仕方ないよ二人とも。それより、せっかくのご馳走なんだからたくさん食べないと!!」


 乃愛ちゃんはさっきからパクパクと料理を口に運ぶ手が止まらない。次から次へと胃の中に収めていく乃愛ちゃんを見て、俺はかつて柚希が乃愛ちゃんが大食いだと言ったことを思い出した。


「アンタ太っても知らないわよ?」

「いいもんいいもん、太らないし……おっぱいだって大きくならないし!」


 いやそれは関係ないのでは……。

 魚だけでなくしゃぶしゃぶもあるので乃愛ちゃんは肉に熱を通しながら柚希の胸をロックオンする。旅館で用意された浴衣に身を包む柚希の姿……なるほど、確かにこれは視線を集めるよなって苦笑した。


「……けっ、別にいいもんね。女は中身で勝負なんだから!!」


 うん、その通りだ。

 外見だけの魅力ってのは確かにあるけれど、その人の中身をよく知ることで好きにもなるし嫌いにもなる。柚希の場合は中身だけでなく、外見も美少女だから全部を好きになったわけだけど……って、毎回そうなんだが柚希のことを考えると一に好き二に好き三に好きって感じだな俺は。


「出来ることなら半分くらいあげたいわよ」

「本当に!?」

「……あ、やっぱダメかも。カズがあたしのおっぱい大好きだから」

「ごふっ!?」


 柚希がふと口にした言葉に俺は大きく反応してしまった。

 いやあまあ確かにそれは勿体ないのではって瞬間的に思いはしたけども! そこは分かってても言ってほしくなかったかな柚希さん!


「ね? 嫌でしょ?」

「はい」


 ……やっぱり俺も男だった。

 そもそもの話、夏祭りの時も思ったけど浴衣っていうのは派手ではないのに妙な色気を醸し出すものだなと本当に思う。いつものツーサイドアップではなくそのままストレートに流している長い髪もそうだし、柔らかい質感のせいか体のラインがそこそこ見えるから……うん、ちょっとエッチだなと思った。


「……いかんいかん」


 ご飯時にいやらしいことを想像するんじゃない。そうは考えてもさっきの温泉のこととかもあって中々桃色の記憶は消えてくれなかった。


『ふふ、あたしが慰めてあげる』


 柚希が胸を押し付けるように正面から抱き着いた時、そりゃそうなるよねっていうことになってしまうのは当然だった。その時の柚希の表情と声、その全てが今になって再び脳裏に蘇った。


「お兄さん顔赤くない?」

「……ちょっと暑いのかもね」


 乃愛ちゃんが気づいたようにそう言ってきたが、俺は誤魔化すように冷えたお茶を喉に通した。そこまで暑いかなと首を傾げる乃愛ちゃんとは反対に、柚希は俺が何を想像したのか分かったのか顔を寄せてきた。


「その……ね? あたしも同じだから大丈夫だよ。気を抜けばさっきのことを思い出しちゃってさ。えへへ、これは寝る前にお互い頑張らないとだね♪」


 くぅ……彼女が大変エッチで困ります……困るは嘘だけど。

 それから気を取り直して豪華な食事を心の底から楽しむことにした。相変わらずバクバクと平らげていく乃愛ちゃんの胃袋に驚きつつ、俺たちは俺たちでゆっくりと楽しんでいた。


「このウナギも美味しいよ。はいどうぞ」

「あ~ん」

「あ~ん♪」


 柚希にウナギをもらい口に含む……うん、タレが効いててめっちゃ美味い。

 こんな風に柚希にあ~んをしてもらっていると当然母さんたちが目を向けてくるわけだ。お酒のせいで顔が赤い二人だが、どうしようもないくらいに酔っているわけではないらしい。


「昔は男の子が苦手だった柚希が和人君に尽くしているのを見ると感慨深いわね」

「つい数ヶ月前まで彼女が居なかった和人がこんな風に愛されているのを見るのも感慨深いわ」


 母さんたちは俺と柚希のやり取りを酒の肴にするかのごとく語り合う。


「でもこんな風に愛してくれる人というのは貴重よ和人。柚希ちゃんを泣かしたりしたら承知しないからね?」

「柚希もよ? こんなに素敵な男の子が恋人なのに浮気とかしたら家から叩き出すから覚悟しなさい?」

「しないよ!」

「しないわよ!!」


 この母親たちは本当に……。

 思わず凄い勢いで噛みついた俺と柚希だったが、ケラケラと笑う二人の様子に何を言ってもダメだと溜息を吐いた。


「ねえカズ、あたしたちこれからもこうやって苦労しそうだね」

「それな。特に酒を飲んだ日には覚悟しないと」


 毎回こうやって揶揄われるのも嫌だけど逃れられない運命なのかもしれん。

 それから夕飯を食べ終え、母親二人はまだ酒をちびちびと飲みながら話し続けていた。俺と柚希は部屋に戻ったが、当然のように乃愛ちゃんも引っ付いて来た。


「……えっと、勢いで来たけど本当に良かったかな?」


 どうやら俺たちを気遣ってくれたらしく、遊ぶぞと言って部屋に突っ込んできた乃愛ちゃんだけどここに来て不安になったらしい。


「気にしないでいいから。私たちもまだ寝ないし、ほらおいで」

「……お姉ちゃん!!」


 不安がる乃愛ちゃんに向かって腕を広げた柚希、乃愛ちゃんは嬉しそうに柚希の胸に飛び込んだ。寝る時は部屋に戻るらしいけど、こういったせっかくの機会なんだし一緒に過ごすことに文句なんてない。


 俺は仲睦まじい姉妹仲を写真に収めるため、二人にスマホを向けた。


「二人とも、はいチーズ」


 咄嗟のことなのに二人はピースサインを浮かべてくれた。

 綺麗に撮れた二人の写真、そこに満足していると乃愛ちゃんがパタパタと走ってきた。


「お兄さんも一緒に撮ろうよ。自撮り棒もあるんだから」

「お、おぉ」


 乃愛ちゃんから自撮り棒を借りてスマホを取り付けた。

 どんな風に撮るのだろうか、そう思っているとまず柚希が左からギュッと抱き着いてくるのだった。それに続くように乃愛ちゃんも抱き着いてきた。


「それじゃあ笑って……はい!」


 乃愛ちゃんの言葉に従うように、俺ははいと言われたタイミングで撮った。

 映った写真を確認すると柚希と乃愛ちゃんが笑顔なのは当然だが、俺に関してはちょっと表情が硬かった。


「お兄さんちょっと表情が硬い!!」

「ふふ、可愛いなぁ」


 乃愛ちゃんはともかく、柚希は頬に手を当てて写真を眺めていた。俺のことに関することだと柚希も大概緩くなるよな……って今更か。

 もう一度撮ろうと乃愛ちゃんに言われ、俺たちは改めてさっきと同じように身を寄せ合った。それじゃあ撮るぞ、そんな時に左頬からチュっとリップ音が聞こえた。


 撮れた写真には笑顔の乃愛ちゃん、驚く俺の顔……そして、俺の頬にキスをしながら横目でスマホを見つめる柚希の顔だった。


「お、お姉ちゃんのこの表情色っぽいんだけど……」

「……だな」

「そうかな? 普通じゃない?」


 いや、この流し目は色気がヤバい。

 こうして傍に居るのならともかく、写真から伝わってくるほどの色気は相当だと思うけどな。

 それからしばらく三人でポーカーなどのカードゲームで遊び、乃愛ちゃんが母さんたちの部屋に戻ったところで柚希が抱き着いて来た。


「今日は楽しかったね……凄く……凄く楽しかった」

「本当にな。本当に楽しかった」


 体に回された彼女の手に握りしめながら俺はそう呟いた。

 本来なら康生さんも居るはずの旅行だからこそちょっと残念ではあったが、それでもやっぱりとても楽しい時間だった。抱き着いてくる柚希に向き直り、敷かれていた布団の上に彼女を寝かせ覆い被さる。


「……ちゅ……ぅん……えへへ」

「約束だしな」

「うん。今日もたくさん愛してね♪」


 まだまだ、夜は長い。


 ……あぁそうそう、これは余談でどうでもいい問いかけだ。

 柚希みたいに胸の大きな女性が浴衣などを着た時、少し覗く谷間がエッチなのは言うに語らずだけど……そのちょうど胸の下に巻かれる帯もエッチだと思うんだ。胸を持ち上げるように強調するような感じで……って俺は何を言ってるんだ。


「何を考えてるの? あたし以外のことを考えてるならお仕置きとして搾り取るからね!」


 ……ある意味、明日は遅くまで寝ることになるかもしれないと俺は思うのだった。

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